自領へ戻って来た安心感
現在危険地帯と化している山脈の狭隘を何とか乗り越えたユウたち4人は今、丘の斜面を降りている。丘から続く平地には検問所があり、いくらかの荷馬車が検査を待っていた。その先にはファーウェストの町が見え、更にその奥に西境の川が南北に流れている。丘の上から見る景色はちょっとした光景だ。
その上から徐々に下りて行くと視線が下がって検問所が大きく見えてきた。近づくまでに荷馬車が1台また1台と検査を終えてファーウェストの町へと向かっている。
4人が検問所にたどり着いた頃には行列がきれいになくなっていた。ユウたちの前を進む荷馬車がすぐに番兵の検査を受ける。4人はその後ろで順番待ちだ。暇潰しに番兵と商売人たちのやり取りを聞いていると、ネモの町からやって来たことに番兵が驚いている。ファーウェストの町側では既にネモの町への通行は禁止されているようなので、あの近辺はすっかり戦場扱いになっているらしい。
意外に暇潰しとしては面白いやり取りを聞いていた4人だったが、いよいよ自分たちの番となる。荷馬車が検問所を通り過ぎている間に番兵が近づいて来た。ユウが前に出る。
「お前たちもネモの町からやって来たのか?」
「そうですよ。途中、丘の上で軍隊が東に向かっていくのを見ましたが」
「前の行商人と同じだな。ぎりぎり間に合ったってわけだ」
「もしかして、例の追放された次男様の挙兵ですか?」
「そうだ。正当な当主が本来の権利を取り戻されるための戦いだ」
当たり前のように言ってくる番兵に対してユウは黙った。自分としては関係のない話なのでそんなことを言われてもと思う一方、かつての知り合いが起こした行動に対して複雑な心境が湧いてくる。
「それで、僕はたちはこのまま通って良いですか?」
「何を言ってるんだ。まだ尋問すらしてないだろう。お前たちは何者だ?」
「冒険者です。僕がリーダーで、他の3人がメンバーです」
「どうしてトレジャー辺境伯領に来たんだ?」
「帰ってきたんですよ。冒険者ギルド所属の荷馬車でレニー市まで行ったんですけれど、片道だけだったので徒歩で帰る途中なんです」
「向こうでは何をしていたんだ?」
「荷馬車の護衛をしていたんですよ。最近そこの山越えって危険でしょう? だからその近辺だけを守る依頼を受けたんです。事実、山賊に襲われましたしね。行き帰りで」
「そういえば、さっきの商売人たちもそんなことを言ってたな。ということは、その担いでる武具は山賊のものか」
「戦利品ですよ。この後売り払うんです」
「臨時収入か。羨ましいねぇ」
首を横に振って番兵が正直な感想を漏らした。その後も尋問は続いたが、ユウが途中でトレジャーの町の商人フランシスの紹介状を見せると見る目が変わる。すぐに上官へと相談し、そのまま通過を許可された。
晴れてファーウェストの町へと向かうことができるようになったユウたちは西へと更に歩く。あと少しだ。
途中、町の郊外に差しかかったときにアテリウスが原っぱへと目を向けながらつぶやく。
「兵隊が寝泊まりしていた天幕がないな」
「本当だね。先日軍隊とすれ違ったから、あれがそうだったんだろう」
その言葉を受けたコミニアヌスが気の抜けた様子で返答していた。ここからは緊迫した状況に遭遇することはないと知っているからこそだ。
もうすぐ夕方になろうという頃になってユウたち4人はファーウェストの町の東門にたどり着く。そうしてすぐに貧民の市場へと向かった。かさばる戦利品を処分するためだ。
市場へと足を踏み入れた4人はその活気ある様子を目の当たりにする。ネモの町の戦いがどのくらい続くかわからないが、トレジャー辺境伯が支援をしているのならばこのファーウェストの町は物資調達の拠点になる。その特需で湧いているのは推測できた。
とある買取店にたどり着くと、ユウとトリスタンの2人が代表して戦利品を売り払う。行きの時に既にその兆候があったことを知っていた2人は強気で交渉し、ささやかながら戦争特需の波に乗れた。武具などの需要は高いのでぼろでも高く売れるのだ。
機嫌が良くなったユウを先頭に一行は繁華街に向かった。そろそろ夕食時になろうかという頃なのでどの酒場も客入りが増えてくる頃だ。その中の1軒にふらりと入る。
テーブル席に座った4人は給仕女に注文を伝えるとテーブルに向き合った。そうして大きく息を吐き出す。
「はぁ、やっと安全圏まで戻れたよ」
「あー疲れた。時間との勝負っていうのは困ったもんだったな」
最初に口を開いたのはユウとトリスタンだった。戦利品を処分して肩が軽くなり、懐が重くなったことで半ば放心状態だ。
それはコミニアヌスとアテリウスも同じだった。こちらもぐったりとしている。
「眠い。眠いよぉ」
「今日は飯を食ったらすぐに寝ろ」
「でも、ネモの町のまとめがまだ半分くらい残っているんだよぉ。あれを片付けないと」
「今すぐやらなくても死ぬわけじゃないんだ。それより体のことを考えろ」
疲れていてもコミニアヌスとアテリウスは何時とも同じ調子で言い合いをしていた。いつもならそれを生暖かく見守っていたユウとトリスタンだが、今はまったく見向きもしていない。
給仕女が料理と酒を運んで来ると4人はもそもそと食べ始めた。いつも以上に会話がなく、手と口を黙々と動かしている。
そうして大体食べ終わった頃にようやく会話が始まった。最初はまぶたが半分閉じているコミニアヌスである。
「あ、駄目だ。今日はもう無理。寝るしかない」
「今はまだ寝るなよ。運ぶのが面倒だからな」
「ユウ、この町と次の町は2日間滞在しない? 初日は実地調査して、2日目はそれをまとめたものを書くんだ」
「僕らは2日目は何もしなくても良いの?」
「構わない。2日目は報酬はないけれど滞在費はこっちで負担するよ。だから休んでいて」
「まぁコミニアヌスがそれで良いのなら」
「よし、それじゃおやすみ」
「まだ寝るなと言っただろう! 無視するな!」
しゃべり終えたコミニアヌスが頭を垂れると寝息をたて始めた。それを見たアテリウスが目を剥いて怒鳴る。しかし、コミニアヌスはまったく反応しない。
大きくため息をつくアテリウスの隣でトリスタンがユウに顔を向ける。
「まだコミニアヌスの調査が残っているが、ここまで来たら後は帰るだけだな」
「そうだね。今回はほとんど戦っていないのにやたらと疲れた気がするよ」
「調査なんて普段しない作業だからな。あれが精神的な疲労の原因だ」
「でも本当に戦争がすぐ後ろにまで迫っているという状況は嫌なものだったね」
「あの圧迫感はきつかったな。人に追われるのとはまた違った息苦しさがあったぞ」
「同じ冒険でもこういうのは嫌だなぁ」
「まぁ、元を正せばコミニアヌスの要望に応えるためだったからな」
「そうだったね。今思い出したよ」
アテリウスに激しく揺らされながらも起きようとしない当人を眺めながらユウとトリスタンは話を続けた。そもそも今回の依頼を引き受ける理由はユウたちにはなかったのだ。それを思うと、何のためにこの苦労をしたのかわからなくなってくる。
どうやっても起きようとしないコミニアヌスにアテリウスはついに諦めたようだ。その体を支えながらユウへと顔を向ける。
「すまないが、宿に行くとき俺とこのバカの荷物を一緒に運んでくれないか?」
「良いよ。でもすごいね。どうやっても起きないんだ」
「時々わざと寝たふりをしているんじゃないかと俺も思うんだが、本当に寝ているんだよな」
「夜の見張り番で交代するときはあっさり起きるのにね」
「やっぱり寝たふりをしているような気がするな」
気持ち良さそうに眠るコミニアヌスをアテリウスは睨んだが、どうにもならなかった。
翌日、ユウたち4人はファーウェストの町の実地調査を行った。すっかり元気になったコミニアヌスが中心になって町の中や外を巡る。
そうして一段落着いた更に翌日にコミニアヌスは実地調査のまとめを書き記した。その後にネモの町の現地調査のまとめも片付ける。一方、他の3人は休暇に入った。トリスタンとアテリウスは遊び、ユウは自伝を書く。ここでもやることは変わらない。
ファーウェストの町でやることを終えると次はトレジャーの町まで戻ってくるが、ここでもまったく同じことが繰り返された。どうせなら最後まで調査したいというコミニアヌスの希望によってだ。報酬と経費を持ち出されると他の3人は否とは言いにくい。
こうして、ユウたち4人は今回立ち寄った町や都市ですべて調査することになった。望んでいたコミニアヌスは大満足し、他の3人は疲れ果てる。
そんな調子で依頼のために大陸西部中央まで出向いた4人はアドヴェントの町へと帰った。




