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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第33章 森で出会った学者

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辺境の街道の丘越え

 現地調査が終わった翌朝、ユウとトリスタンは安宿で目覚めた。二の刻なのでまだ真っ暗だ。周囲は既に騒がしく、宿を出るための準備を誰もが始めていた。


 2人も同じように出発の準備を整える。肌寒いが今だけはそうも言っていられない。


 用意ができると2人はすぐに宿を出た。まだ日の出の時間よりもかなり早いので夜と変わらない。あちこちを往来する人々と同じようにユウは松明(たいまつ)を点けると掲げた。そうして西へと向かう。


「一番冷える時間だけに寒いね」


「そうだな。これでどれだけ早く並べるかなんだが」


 町の中へと向かう労働者の流れに反して歩くユウとトリスタンが雑談を交わした。北門を通り過ぎ、町の外壁に沿って南へと曲がると倉庫街に入る。西門に到達すると東へと更に曲がった。目指す舟の渡場は少し歩くとたどり着く。人の列はまだ少ない。


 その列にはまだ並ばずに近くで立ち止まったユウが振り返る。


「後はあの2人が来るのを待つだけだね」


「順番待ちの人数が少ない今の間に来てくれるといいんだけれどなぁ」


 行列の方へ顔を向けたままのトリスタンがユウに答えた。少しでも早く検問所を通り抜けるために日の出前から行動を始めたのだ。4人揃ってから列に並ぶため、合流前はその手前で立つことになる。


 1人また1人と渡し場の列に人が並ぶのを2人が眺めていると、コミニアヌスとアテリウスがやって来た。アテリウスが前を歩き、コミニアヌスがあくびをしながらその後ろにつづている。


「おはよう、2人とも。コミニアヌスはちゃんと起きられたんだね」


「俺が起こした。本人の申告によると、一の刻まで調査書を書いていたそうだ」


「まだ半分ほど残っているけれどね。続きはファーウェストの町に着いてから書くよ」


 明らかに眠そうな顔をしているコミニアヌスはしゃべった後にあくびをした。以前はアテリウスに連れられて荷馬車に乗せられていたが、そのときよりはましに見える。後はきちんと歩けるかだが、それは今のところ信用するしかない。


 4人揃ったのでユウたちは列に並んだ。普段よりもかなり早いので順番も前の方である。冷え込みがなかなかきついので皆がユウの持つ松明(たいまつ)の炎に手をかざした。焚き火と違って火勢は強くないので大して温かくないが気持ちの問題である。


 やがて周囲がうっすらと見えるようになってきた。この頃に渡し場へ船頭たちがやって来る。そうして舟を動かす準備を始めた。


 日の出直後になると行列が動き始める。先頭から順番に料金を支払って客が舟に乗り込んでいった。舟が満杯になると1(そう)ずつ対岸へと進んでゆく。


 5(そう)目でユウたちの番が回ってきた。料金を支払って舟に乗り込む。その後はあっさりとしたもので何事もなく対岸へと渡れた。


 近山の川の西側に上陸するといよいよ検問所だ。すでに番兵が待ち構えており、先に渡った荷馬車が検査されている。ここでもしばらく待った。


 他の旅人や行商人に混じって行列に並んでいるとネモの町から三の刻の鐘がかすかに聞こえてくる。特に時間まで考えていなかったユウだが、悪くないように受け止める。


 鐘の音が聞こえてから間もなく、ユウたちの番が回ってきた。番兵の1人が誰何してくる。


「お前たちは何者だ?」


「冒険者です。僕がリーダーで、他の3人がメンバーです」


「どうして西方辺境に行くんだ?」


「行くと言うより帰るんですよ。冒険者ギルド所属の荷馬車でレニー市まで行ったんですけれど、片道だけだったので徒歩で帰る途中なんです」


「王都まで行ったのか。何をしていたんだ?」


「荷馬車の護衛をしていたんですよ。最近そこの山越えって危険でしょう? だからその近辺だけを守る依頼を受けたんです。事実、山賊に襲われましたしね」


 尋問している番兵が微妙な表情を浮かべた。そのまま黙る。判断に迷っているらしい。


 そこへ別の番兵がやって来た。考え込んでいる同僚に話しかける。


「どうしたんだ? 考え込んで」


「こいつらの話を聞いて考えていたんだよ。怪しいような、怪しくないような、何とも言えん連中なんだ」


「こいつら? ああ、前にネモの町へ行った連中じゃないか」


「知っているのか?」


「あのときは荷馬車に乗ってたな。荷馬車の護衛をしてるって御者が言ってたはずだが」


「ということは、嘘は言っていないのか」


 同僚の話を聞いた番兵がユウたちへと顔を向けた。微妙に納得していない様子だが、同僚を否定までせずに再び黙る。


 そのとき、2人の上官がやって来て番兵を怒った。荷馬車の検査に人手が足りないらしい。後からやって来た番兵はすぐに荷馬車へと走って行った。残った1人がユウたち4人に振り向く。


「もういい、早く行け! よし、次のヤツ!」


 上官の顔色を気にしていた番兵はあっさりと許可を出した。そうして次に並んでいた行商人へと近づいていく。


 4人は検問所から少し遠ざかったところで立ち止まった。徒歩の集団を形成する人々の近くだ。今まで全員が黙っていたが、ここでトリスタンが口を開く。


「ふぅ、あっさりと通り抜けられて良かったなぁ」


「後からやって来た番兵に感謝だね。あの人がいなかったらもっと追及されていたよ」


 相棒に答えたユウは苦笑いした。事前に用意していた問答とはいえ、それが通用するかはそのとき次第だ。


 今度は眠そうなコミニアヌスがユウに声をかける。


「でも、これで後はトレジャー辺境伯領へ戻るだけだね。やっと安心して調査できるよ」


「お前はそれ以前に寝ろ。まずはその寝不足を解消してからだ」


 口を開いたユウが返事をしようとする前に、アテリウスが横からコミニアヌスを諭した。確かにその通りなのでユウは何も言えずにそのまま口を閉じる。


 その後は雑談をして暇を潰しつつ荷馬車の集団が先に進むのを待った。




 首尾良く検問所を通過したユウたち4人は一路ファーウェストの町を目指して辺境の街道を西に向かって歩いた。旅人や行商人が集まる徒歩の集団に混ざり、前方を荷馬車の集団が進んでいる。どこの街道でも見かける風景だ。


 近山の川からしばらくは平地が続いていた街道だが、3日目の終わりから丘を登ることになる。大山脈の隘路に入ったのだ。周囲から草原は消えて岩場に変わる。そして、ここからが辺境の街道で最も危険な場所だ。街道の脇には破壊された荷馬車がたまにその姿を曝している。山賊の多発地帯に入ったのだ。


 当然、ユウたちは周囲の警戒を強めた。何か兆候がないか慎重に探る。


 丘に登って2日目、それは突然だった。街道を歩いていると南側の岩陰から山賊たちが襲いかかって来たのである。その大半が荷馬車の集団に、一部は徒歩の集団に向かってきた。


 その様子を見ていたユウはすぐに決断する。仲間を連れて街道の北側へと一旦退避し、そこから街道沿いに西へと進んだ。


 この行動にコミニアヌスが疑問を呈する。


「ユウ、どうしてこんな大回りをするんだい?」


「山賊をできるだけ躱すためだよ。あのまま街道にいたら何人もの山賊を相手にしないといけないでしょ。ここなら荷馬車の護衛を突破するか、徒歩の集団を襲っていて僕たちに気付いた連中だけ相手をすれば良いからね」


「こっちでもやっぱり同じなのか」


「何が?」


「ああいや、何でもないよ」


 振り返ったユウが問いかけるとコミニアヌスが失敗したという顔で首を横に振るのを目にした。話せないことだと知るとそれ以上は問わずに前を向く。


 こうして山賊の襲撃を躱そうとしたユウたちだったが、残念ながらそう簡単にはいかなかった。山賊の何人かはユウたちを追いかけてきたのだ。


 武器を手にしたユウたち4人が迎え撃つとあっさり倒せてしまう。行きもそうだったが農民主体の山賊なので弱いのだ。更に何人かやって来たので同じように討つ。


 山賊の襲撃はその後間もなく終わった。荷馬車を襲った者たちは撃退され、旅人や行商人を襲った者たちは多少の財貨を得て去る。


 ようやく一息ついたユウたちだったが、戦利品を剥ぎ取ったところで街道の西側から何かがやって来ることに気付いた。じっとそれを見ていると、それが傭兵、兵士、騎士などから成る軍隊だということがわかる。


 その集団を眺めていたユウはネモの町を奪還するための軍隊だと思った。4人はぎりぎり難を逃れたのだ。


 多数の者たちが辺境の街道をネモの町に向かって進んでゆく。その中にひときわきらびやかな鎧を着た集団が馬に乗ってやって来た。誰もが兜を脱いでいるため顔が見える。その中に、以前一緒に活動していた人物の姿を2人ばかり見た。どちらもまっすぐ前を見据えていてユウたちには気付かない。


 軍隊はそのまま東へと通り過ぎた。最初に荷馬車の集団が立ち直って動き始める。


 仲間に肩を叩かれたユウも我に返り街道に向かって歩いた。

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