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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第33章 森で出会った学者

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何となく不穏な街道

 本格的に冷える朝の空に二の刻の鐘の音が鳴った。安宿の大部屋で目覚めたユウとトリスタンは蝋燭(ろうそく)の明かりを頼りに薄暗い中で出発の準備を整える。12月を過ぎると朝方は冷え込む。周囲の寝台には毛布を被ってひたすら耐える者もいた。


 用意ができると背嚢(はいのう)を背負った2人は安宿を出た。向かう先は冒険者ギルド城外支所だ。夜明けと共に出発する予定なので早めに向かう。


 ほとんど真っ暗な中を2人は緩やかな人の流れを頼りに歩いた。そうやって城外支所へと向かう。


「寒くなってきたなぁ。指先と足の先が冷えて仕方ない」


「更に冷え込んだらかじかむんだろうね。嫌だなぁ」


「この点はどこでも変わらないから、アドヴェントの町に帰っても解決しないんだよね」


「南の方に行けば解決するんじゃないのか?」


「でも、この辺りで解決できないと意味ないじゃない」


「あ~あ、何かこう、いい感じの魔法の道具でもないかなぁ」


 路地を歩きながらしゃべって気を紛らわせていたトリスタンが手をこすり合わせた。同じく手を合わせているユウも小さくうなずく。


 城外支所の建物の近くまでやって来た。この辺りになると周囲の多くが冒険者だ。その大半が建物の中に入っていくが、ユウとトリスタンは建物の脇へと回り込む。


 停車場となっている広場には何台かの荷馬車が停まっていた。そのうちの1台に2人は近づく。バーナビーが馬の世話をしているのが目に入った。


 口を開けようとしたユウだったが、ちょうど振り向いたバーナビーに声をかけられる。


「おはよう! 寒いな!」


「そうだね。早く日が出てほしいよ。荷台はもう使っても良いんだよね?」


「ああ構わんぞ。好きにしてくれ」


 バーナビーに確認したユウがトリスタンと共に荷馬車の後方へと回った。背負っていた背嚢(はいのう)を降ろすと荷台へと載せる。


 再び御者台のある前方へと戻った2人は馬の世話を続けるバーナビーの元に寄る。馬は飼い葉をよく食べていた。


 今度はトリスタンがバーナビーに話しかける。


「今朝は予定通り出発できるんだよな」


「できるぞ。ファーウェストの町だったらどうか怪しいが、レニー市の方は大丈夫だ」


「さすがにそこまで切羽詰まっていないわけか」


「とりあえず安心していいぞ。ただ、上の方は大変なことになっているみたいだが」


「上? ああ、王侯貴族という意味か」


「そうだ。王子2人が争って厄介なことになってるらしい。ここの領主も一枚噛んでるそうだ」


「そんなことをやっている余裕なんてないだろうに」


「まぁ、その争いのおかげで領主になれたっていう側面もあるらしいから、無視できないんだろうさ。しがらみってやつだねぇ」


 馬の世話を続けるバーナビーと話しているトリスタンは興味があるのかないのか判然としない態度だった。バーナビーも馬の世話の方に気が向いている。とりあえず厄介な場所は通り抜けたので2人とものんきだ。


 そんな2人が会話をしていると、荷馬車に近づいて来る2人組の男をユウが見つけた。白い肌の男と浅黒い肌の男の組み合わせである。


「ユウ、おはよう! 今日は寒いね!」


「そうだね。まともに受け答えできて嬉しいよ」


「ひどいな! 僕はいつだってまともだよ! これから寝るけれどね!」


「昨日の調査のまとめって本当に一晩で終わらせたの?」


「完全じゃないよ。あれは予備調査だからね。でも、本調査をしたら書き込めるようにしてあるから、下地作りができたってところかな」


「それに関してはありがとう。本当に助かるよ」


「それじゃ、これから寝るよ。おやすみ!」


 一旦立ち止まって話をしていたコミニアヌスはアテリウスを伴って荷馬車の後方へと向かった。今回は珍しくアテリウスの世話にはならないようである。


 やがて出発の頃合いとなったので全員が荷馬車に乗り込んだ。バーナビーが御者台に座り、ユウ、トリスタン、アテリウスが荷台に乗り込む。コミニアヌスはこの肌寒い中、気持ち良さそうに眠っていた。1度くしゃみをしたが。


 周囲が急速に明るくなる中、バーナビーの操る荷馬車が動き出した。一路東へと目指して開拓者の街道へと移る。町の郊外まで進むと周辺の原っぱに商売人たちの荷馬車があちこちに点在していた。すぐ原っぱに荷馬車を移したバーナビーは集団を形成していた荷馬車の集まりのひとつに近づいた。


 集団の近くで荷馬車を停めたバーナビーが御者台から降りると集まっている商売人たちに話しかける。しばらく話をするとその場にいた商売人たちの顔に笑みが浮かんだ。


 ここから先は今までのような危険はないが、それでも単独で進むよりはるかに安全だ。少なくとも、夜の見張り番で楽ができるのは確実である。それだけでも違った。


 周囲が急速に明るくなる中、商売人たちは自分の荷馬車へと戻っていく。そして、1台ずつ東を目指して動き始めた。




 大陸一周をしたことのあるユウとトリスタンだが、その中央部分を移動した経験は意外に少なかった。冒険者の仕事が中央には少ないと聞いていたからである。これに関しては少ない経験からもそう感じており、今後も足を向けることはほとんどないと先日まで思っていた。


 しかし、2人は今ほとんど行くことのないはずだった大陸西部中央を荷馬車で進んでいる。中央といってもその外縁部ではあるが、それでも中央であることには違いない。


 現在進んでいる開拓者の街道はなかなか盛況な街道だった。往来する商売人や行商人の数が多いのだ。そして、ネモの町から離れるごとに緊張感は薄れてゆく。それはつまり、戦争の気配から遠ざかっているということだ。


 そうしてネモの町を離れて4日目の昼頃のことだった。所属している荷馬車の集団が原っぱに移って停車する。昼休みだ。夕食の時とは違って作業量は少ない。その分保存食で我慢である。


 ユウは御者台に座って昼食を食べていた。昼からの御者役だからだ。もうすっかり慣れたもので普通に動かす分には問題ない。


 そんなユウの近く、草を食んでいる馬の頭近くでコミニアヌスがレニー市からやって来た行商人と話をしていた。何とはなしにその会話を耳にしながら干し肉を囓る。


「ほう、ネモの町の郊外に兵隊が集まってるんですか。これは、いよいよですかねぇ」


「またトレジャー辺境伯領に攻め込むのかな?」


「勘弁してくれよ! 前にそれで痛い目に遭ったばかりじゃないですか。また徴集されるなんてごめんですよ」


「おや、もしかして前の内戦に参加したの?」


「物資の運搬を命じられたんです。それで何度かファーウェストの町まで行ったんですよ」


「よく無事だったね!」


「まったくです。知り合いはトレジャーの町まで攻め込んだ兵隊について行ったっきり戻って来なかったですからね。1人じゃない。何人もです」


「うわ、それはかわいそうに」


「それに、今はあっちに攻め込んでる暇なんてないはずですよ。王都で王子が争ってるんですから」


「あーそれ聞いたことあるよ! 内戦の敗戦の責任を押し付け合っているんだってね」


「ええその通りです。正直、私らにとっちゃどうでもいいことなんですけどね、貴族様にとっては大切なことらしいですから」


「そういえば、今のネモの町の領主様も関係しているとか?」


「ネモの町の領主様は確か弟王子派だったかな。兄王子派の次男を追放した三男様だったねぇ」


「おお、ひどいことをしていますね! でも、そんなに争っていてレニー市は大丈夫なの?」


「幸い、周りの国も色々と面倒なことを抱えてるから当面は大丈夫なんじゃないかってみんな言ってるね」


 自分の従軍経験の話では感情が表に現われていた商売人だったが、王族の争いの話になると他人事という態度に変わった。その様子をコミニアヌスはじっと見つめている。


「ああでも、王都でも傭兵を集め始めたっていう話は耳にしましたねぇ」


「え? またどこかを攻めるの?」


「いや、王子2人が争ってる今それはないと思いますよ」


「それじゃ何のために雇うの?」


「そこまでは知らないですよ。ただ、王子たちがお互いを牽制するために雇ってるんじゃないかって話も一緒に聞きましたね」


「それ、ひとつ間違ったらまた内戦にならないかな?」


「嫌なこと言わないでくださいよ! はぁ、もう」


 心底嫌そうな顔をした行商人が首を横に振った。もう2度と従軍したくないという様子だ。


 2人の様子を眺めていたユウは黒パンを囓った。それを噛みながら考える。ネモの町のように他の町から襲われる危険はないようだが、王子同士の争いから混乱しそうな気配があった。ネモの町とはまた別の意味で行かない方が良い都市のようだ。しかし、仕事である以上避けられない。


 若干渋い表情になったユウは口の中の黒パンを飲み込む。それから水を飲んでから大きく息を吐き出した。

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