緊張感の増す街道
町の中から二の刻を告げる鐘の音が鳴った。安宿の大部屋で目覚めたユウとトリスタンは蝋燭の明かりを頼りに薄暗い中で出発の準備を整える。11月下旬になると朝方は肌寒い。周囲には両腕をこすりながら宿の裏方へと向かう者もいる。
用意ができると背嚢を背負った2人は安宿を出た。向かう先は冒険者ギルド城外支所だ。夜明けと共に出発する予定なので早めに向かう。
ほとんど真っ暗な中を他人の掲げる松明の明かりを頼りに2人は歩いた。自分たちで点けなくても進めるのは宿屋街から城外支所まで緩やかに人の流れがあるからだ。そうやって目的地に向かう者はほかにもちらほらといる。
「あ~疲れが取れたような取れないような感じがするな」
「昨日は1日中歩き回っていたからね」
「まるで街道を歩き続けたみたいな感じだ。これがアドヴェントの町に帰るまで続くのか」
「2ヵ月以上だったかな」
「律儀に計算するなよ。聞いてもいいことなんてないんだから」
路地を歩きながらしゃべって気を紛らわせていたトリスタンが嫌そうな顔をした。旅が始まったばかりで気の萎える話であることは確かなのでユウも小さくうなずく。
城外支所の建物の近くまでやって来た。この辺りになると周囲の多くが冒険者だ。その大半が建物の中に入っていくが、ユウとトリスタンは建物の脇へと回り込む。
停車場となっている広場には何台かの荷馬車が停まっていた。そのうちの1台に2人は近づく。バーナビーが馬の世話をしているのが目に入った。
まだ気付いていないバーナビーに対してユウが声をかける。
「おはよう、バーナビー。荷物はもう積み込んであるのかな?」
「ユウとトリスタンか。おはよう! 荷物は昨日のうちに載せておいたよ」
「それじゃ、荷台にはいつでも乗れるんだね。あ、荷物を先に置いてくるよ」
荷台の状態を知ったユウがトリスタンと共に荷馬車の後方へと回った。背負っていた背嚢を降ろすと荷台へと載せる。そのときに荷台の様子を目にしたが、前回よりも荷物は増えていた。
再び御者台のある前方へと戻った2人は馬の世話を続けるバーナビーの元に寄る。馬は飼い葉をよく食べていた。
今度はトリスタンがバーナビーに話しかける。
「今朝は予定通り出発するんだよな」
「そのつもりだ。明るくなったら呼びかけるからな。それまでは好きにしていてくれ」
「わかった。そういえば昨日町の中で戦争が起きそうな噂を聞いたんだが、そっちは何か耳にしているか?」
「ネモの町の追い出された方がそろそろ動き出すかもしれないって話なら冒険者ギルドで聞いたな。町の東の郊外に天幕の集まりがあるのは知ってるか?」
「昨日ちらっと見たよ。雑多な集まりみたいだったが」
「それだ。あれを率いてネモの町に攻めるらしい」
「全然数が足りないように思うんだが、その領主の次男坊は本気でネモの町を取り戻せると思っているのか?」
「さぁな。そんなことは本人に聞いてみないとわからん。ただ、トレジャー辺境伯も支援してるという話らしいし、この後もっと数が増えるかもしれんぞ」
馬の世話を続けるバーナビーと話しているトリスタンは興味があるのかないのか判然としない態度だった。バーナビーも馬の世話の方に気が向いている。
そんな2人が会話をしていると、荷馬車に近づいて来る2人組の男をユウが見つけた。白い肌の男と浅黒い肌の男の組み合わせである。
「ユウ、おはよう! 今日も曇っているね!」
「元気に微妙な天気で挨拶をされてもなぁ。さては昨日寝てないんじゃない?」
「当たり! おかげで実地調査のまとめがはかどったよ! これで気兼ねなく出発できるってものさ!」
「アテリウス」
「今すぐ荷台に放り込んで眠らせるから無視してくれ。ほらこっちだ、コミニアヌス」
「おやすみ、ユウ!」
そのまま自分たちを素通りしていく2人組を目で追ったユウはトリスタンとバーナビーに視線を戻した。どちらも呆れてあの2人を見ている。
やがて出発の頃合いとなったので全員が荷馬車に乗り込んだ。バーナビーが御者台に座り、ユウ、トリスタン、アテリウスが荷台に乗り込む。コミニアヌスはこの肌寒い中、気持ち良さそうに眠っていた。
周囲が急速に明るくなる中、バーナビーの操る荷馬車が動き出した。一路東へと目指して辺境の街道へと移る。町の郊外まで進むと周辺の原っぱに商売人たちの荷馬車があちこちに点在していた。そして、その一角に天幕の集まりがある。さすがに昨日の今日で大きな変化はないようだ。
トレジャーの町までは荷馬車1台でやって来たが、ファーウェストの町までも同じように1台で向かうらしく、バーナビーは他の荷馬車と群れることなく街道を東へと進んでゆく。傭兵の募集が進んでいるらしいのでこの辺りは安全だと判断したらしい。
若干の不安を感じるものの、ユウは自分よりも街道に詳しそうなバーナビーを信じることにした。
トレジャーの町とファーウェストの町の間の街道はトレジャー辺境伯領でも動脈に当たる重要な街道だ。領内で最も活発に人、物、金が動いている。そのため、内戦時にこの街道が麻痺していたのはトレジャー辺境伯にとって大変な痛手だった。
それが今はすっかり元に戻って商売人や行商人の往来が盛んである。長年の開拓により周辺の森が切り開かれたおかげで野生の動物に襲われにくくなったのもその要因のひとつだ。
順番に荷馬車の御者を務めるユウたちはその街道を東へと向かって進んでいた。当然すれ違う荷馬車や旅人の数も多いのだが、日を経るにして緊迫してきているように見受けられる。
そうして旅程の半ば頃、たまたまトレジャーの町へと向かう荷馬車の集団と野営を共にすることがあった。原っぱに荷馬車を移し、見張り番を立たせ、夕食を作る。それぞれが自分の役目を果たすために働いていた。
この中でユウはこのとき夕食を作る当番だったのでパン粥を作る。仲間とバーナビーから材料をもらって鍋に入れ、薪を使って温めていた。
隣ではバーナビーが他の荷馬車の商売人と話をしている。挨拶から始まり、近況ややって来た町の様子などを語り合っていた。ユウはそれを料理しながら耳にする。
「へぇ、トレジャーの町の郊外にも兵隊が集まっているのかい。こりゃぁ、いよいよ始まるのかもしれんなぁ」
「やっぱそう思うだろ。ネモの町の次男坊様がもうすぐ挙兵するって噂もあるから、山越えできるか心配なんだ。ファーウェストの町ではどうだった?」
「それがな、あっちの町では軍の受け入れ準備が進んでたぞ。しかも、傭兵の募集も始めてるみたいなんだ。おまけに戦争に必要な物資の調達も進んでるから物の値段が上がり始めててなぁ」
「あー本気で危ないな。早くネモの町を通り過ぎねぇと」
「今は止めといた方がいいぞ。山の辺りに山賊がよく出るようになったらしいからな」
「そりゃ止められるならやめてぇけど、荷物は運ばなきゃなんねぇからな」
「お前さんは冒険者ギルド所属だったか。こういうときは厄介だねぇ」
「兵隊の方はまだ何とかなるかもしれんが、山賊に町のご威光がどれだけ通じるかだな」
「ネモの町へ抜けるのは日に日に難しくなってるから気を付けろよ」
夕飯を作っていたユウは不穏な話を聞かされて内心で頭を抱えた。旅程が厳しくなるのは覚悟していたが、いざ実際に厳しくなるとやはり気が重い。
ため息をつきながらユウはしゃべっていたバーナビーに声をかける。
「できたよ。食べる?」
「おう、もらうぞ!」
「いいなぁ。オレも自分ところの様子を見てくるわ」
バーナビーが自分の夕食にありついたのを見た話し相手の商売人は自分の食事のために立ち去った。
その様子を尻目にユウはコミニアヌスの分を更によそって手渡し、自分の分も皿に盛る。どろりとしたものが盛大に湯気を上げていた。
匙でそれを掬って食べながらユウはバーナビーに話しかける。
「バーナビー、さっきの話だけれど、ネモの町まで行けそうなの?」
「あの話の様子だとまだ行けそうだな。戦争が始まってないんだったら何とかなる」
「そういうものなんだ」
「オレたちの場合は冒険者ギルドの後ろ盾があるからだよ。通行許可証があれば大抵は通れる」
「でも、山賊には通用しない」
「そこであんたらの出番ってわけだ。頼りにしてるぜ!」
「5人、いや4人で対処できると本当に思うの?」
「戦争直前になっても山賊なんてやってる連中なんて、食えねぇ農民上がりばっかりだ。そんなまともに戦えるかわからんヤツらなんて数が多くても怖くないさ」
肩をすくめて応えたバーナビーを見たユウは小さくうなずいた。恐らくそうなのだろうと思う。盗賊騎士みたいなのがいなければだが。
何となく不安に思いつつもユウは夕食を食べ続けた。




