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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第33章 森で出会った学者

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一路、チャレン王国中央へ

 まだ真っ暗な時期に町の中から鐘の音が鳴った。一の刻とは違い、二の刻となると既に人々は動き始めていたので、あちこちから生活音や話し声が聞こえている。町の人々にとって日の出日の入りは当然重要だが、鐘の音もまた日々の生活を規則正しく送るために必要なものだ。


 宿の部屋で寝ていたユウとトリスタンもこの鐘の音を機に起き上がった。蝋燭(ろうそく)を点けて室内の視界を確保し、外に出る準備を始める。


「最近は冷えてきたね、トリスタン」


「そうだな。そろそろ外套をもう1枚重ねた方がいいかもしれんぞ」


 たまに部屋から出るが、そのときにベッキーと鉢合わせた。相手から声をかけられる。


「今日出て行くのよね。都会に行くんだって? 帰ってきたら最新情報をお願いね!」


 一方的に伝えられたユウは返事もできないままその背中を見送った。今の時間のベッキーが忙しいことは知っている。だが、要求だけ告げて去って行くのはどうなのかと思った。


 準備が整ったユウはトリスタンと共に部屋を出る。当面は戻って来ないので荷物はすべて背負っていた。揺れる明かりに照らされた廊下を歩いて受付カウンターまでやって来る。


「ジェナ、鍵を返すよ。またしばらく戻ってこないから」


「あんたは毎度毎度、出たり入ったり忙しいねぇ。全然落ち着きがないじゃないか」


「そう言う仕事だからね。他のお客はそうじゃないの?」


「もっと落ち着いてるよ。夜明けの森に出入りしてる冒険者は年中変わりようがないからね。ユウの働き方は、あたしからすると行商人みたいに見えるよ」


「行商人はあっちこっち行くもんね」


「そうさ。それで年に1度か2度くらいやってくるんだ。あれよりかはましだけど。落ち着きなく見えるのは確かだね」


 苦笑いしながらユウは部屋の鍵を受付カウンターの上に置いた。元はと言えば魔物を引き寄せる体質のせいで夜明けの森に入れなくなったのが原因だ。しかし、今ではずっと稼げるのがその落ち着きのない仕事なので、ここから落ち着くとなるとなかなか難しい。


 曖昧にうなずきながら受付カウンターから離れたユウは相棒の元へと戻る。


「ユウ、色々と言われていたな」


「まぁね。お婆ちゃんだから色々と言いたくなるんだと思うよ」


「そうなんだろう。でも、俺たちが落ち着いたときって、何をしているんだろうな」


「トリスタンは町の中に入っているような気がする。でも、僕は」


「そう、ユウは想像できないんだよな。そもそも落ち着いて何かしたいことってあるのか? いや俺も、具体的に何かしたいっていうのはまだないんだが」


「うーん、難しいよね」


 旅して回る先ならばぼんやりとでも思い付くことがあるユウは、しかし自分が定着して何かをするということが想像できなかった。一体なぜなのかと首を傾げることもたまにある。毎度それで終わってしまうのだが。


 雑談をして時間を潰している2人にアマンダが近づいて来た。トリスタンが声をかけられる。


「いよいよ出発かい。日の出前から忙しいねぇ」


「女将さんも働いているじゃないか。ベッキーですらあちこち動き回っているし」


「うちらは宿で働いてるからね。それで、いつ頃戻ってくるんだい?」


「ユウ、いつ頃戻ってこれそうなんだ?」


「計算上だと年内のはずなんだけれど、最悪半年以上になるかもしれない」


「うへぇ。女将さん、だそうだよ」


「ま、死ななけりゃそれでいいさ。年内に帰っておいで」


「おかーさーん、ちょっとー!」


「ベッキー、女将と呼びな!」


 娘に呼ばれたアマンダが小さく肩をすくめるとベッキーの元へと向かっていった。後はいつも通りの客が出入りする音や声が聞こえてくる。


 尚も談笑しながらユウとトリスタンが待っていると、ようやくコミニアヌスとアテリウスの2人がやって来た。先を歩くコミニアヌスが元気よく声をかけてくる。


「おはよう、2人とも! 良い朝だね! ちょっと涼しくなってきたけれど」


「そうだね。これからは風邪をひかないよう注意しないと」


「それじゃ行こうか!」


 朝からやたらと元気なコミニアヌスに応じたユウはすぐに歩き出した当人に続いた。その後をトリスタンとアテリウスが歩く。


 暗い路地にいくつもの松明(たいまつ)の炎が揺れる中、4人はその流れに沿って進んだ。貧者の道に出て、西端の街道を横断し、冒険者ギルド城外支所の北側の原っぱを西へと進む。解体場までやって来る頃にはコミニアヌスとアテリウスの2人の顔は大変渋いものになっていた。


 いつの間にか先頭を歩いていたユウが解体場の中に入る。昨日と同じ場所に篝火(かがりび)が設置されており、その隣に荷馬車があった。


 御者台の隣で立っていたバーナビーが4人に気付く。


「おお、来たな! 待ってたぞ! いつでも出発できるからな!」


「荷物は昨日の間に全部積み込んでおきましたからね」


「そうだな。おかげでオレは楽ができた。ありがとう!」


 心底嬉しそうなバーナビーがユウの肩を叩いた。荷物の数と重さはそれほどでもなかったが、短時間で作業が終わったのは嬉しいらしい。


 そんなバーナビーにトリスタンが声をかける。


「もう今すぐ出発するのか? それとも夜明け前後か?」


「夜明けちょっと前だな。薄暗くても周りが見えるようになったら、周りを歩く連中も荷馬車が来たら避けられるだろう」


「その口ぶりだと、夜中はやっぱり危ないわけか」


「まぁな。やっぱり見えないとどうにもならん。こっちも発見が遅れるしな」


 荷馬車に轢かれて死ぬ人は毎年何人もいた。間抜けな不注意から不幸としか言いようがないものまで様々な事例があるが、共通して言えることは轢いたら嫌な思いをするということだ。そのため、御者は事故を起こさないよう色々と工夫をする。


 しばらく5人で談笑していると、いつの間にかうっすらと周囲が見えるようになっていることに全員が気付いた。もはや篝火(かがりび)は必要ない。


 周囲を見たアテリウスがバーナビーに問いかける。


「そろそろ出発できそうか?」


「そうだな。これくらいならいけるだろう。よし、全員荷台に乗ってくれ!」


 号令をかけたバーナビーが体を反転させて御者台に乗り込んだ。手綱を持って待機する。


 残る4人は荷馬車の後ろに回った。荷物を先に載せてから1人ずつ荷台に乗り込んでゆく。全員が乗り終えるとコミニアヌスがバーナビーに声をかけた。一拍置いて馬に鞭が入る音が前から聞こえてくる。


「いやぁ、動いたね! いよいよ大陸西部中央に行くんだなぁ」


「その前で足止めされなければ良いんだがな」


「アテリウス、どうしてそういうことを言うんだい? こう、もっと気分を盛り上げようよ!」


「こんな旅の始まりからそんなにはしゃいでどうする。どうせこれからいくらでも気合いを入れないといけないことがあるんだ。もっと落ち着け」


「アテリウスはいっつもそうだよなぁ」


 高揚感に水を差されたコミニアヌスが口を尖らせた。しかし、そんな程度で落ち込むような者ではない。すぐに立ち直って荷台の後方から流れる風景へと目を向けた。


 ユウも荷馬車が動く前から背後の景色を眺めている。解体場から出た荷馬車は冒険者の流れに逆らって東へと進み、貧者の道へと移った。城外支所から離れるに従って解体場の悪臭が薄れてゆき、貧民街全体の生活臭が強くなる。


「しばらくはこの臭いともおさらばか。戻って来たときはましになっていれば良いんだが」


「そうだよねぇ。みんなもっと体と服を洗うべきなんだよ!」


「いや、それだけではないと思うが」


 荷台の上でアテリウスが独りごちると、コミニアヌスが同意を示した。微妙な表情を浮かべたアテリウスがコミニアヌスに目を向けるが、当人は外の風景に顔を向けたままだ。ため息をつくとそのまま黙る。


 貧者の道を進む荷馬車の向きは東から北へと変わった。この辺りにはもう冒険者の姿はほとんど見当たらず、大半が町の中へと向かう労働者だ。その流れに沿う。


 やがて境界の街道へと差しかかると、労働者の流れに別れを告げて荷馬車は東へと向きを変えた。街道の北側に広がる原っぱには商売人たちの荷馬車が点在している。


 一般的にはここで他の荷馬車と合流して荷馬車の集団を形成してから町を離れるものだが、バーナビーはそのまま1台だけで街道を進んだ。最近のトレジャーの町までの街道は盗賊が一掃されているからだ。万が一何者かに襲われても、この5人なら対処できるという自信の表れでもある。ただし、単独行動はトレジャー辺境伯領内のみだが。


 街道を進んでしばらくすると東側から急速に明るくなってきた。周囲の風景が色づく。ただ、ここまでだ。晴れていれば更に明るいのだろうが、アドヴェントの町周辺は曇り空なのでそこまであざやかではない。


 そんな中をユウたち4人が乗る荷馬車はゆっくりと東へ向かった。

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