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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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満月が過ぎた頃に

 普通なら帰郷すれば安心するものだが、今回のユウは仕事の都合上まったく安心できなかった。何しろおびき出した暗殺者と対決しなければならないからだ。


 そうであるのならば、勝率を上げようとするのは自然なことだろう。


 真っ先に考えたのはどこで戦うことになるかだった。戦う場所が限定されるのならばその場所に特化した武器を選ぶのは方法のひとつである。


 場所に関しては決まっていた。今使っているフランシス商会アドヴェント支店の客室だ。2階にあるこの部屋を決戦の場にするのは、暗殺者を敵地に忍び込ませる苦労をさせるためである。


 迎え撃つ場所が決まっているのでそれに合わせた武器だが、室内なので刃の長い武器は取り回しが悪い。そうなるとユウが持っている刃の短い武器はナイフとダガーの2種類になる。普段使っている槌矛(メイス)も考えたのだが、あれは短剣(ショートソード)並に長いのでいささか取り回しに難があった。実のところ遺跡内部の狭い部屋で使っていたこともあったのだが、今回は素早く動く敵ひとりに味方4人なので振り回しにくい事情もあるのだ。


 戦うための武器はこれで決まったが、次に考えるべきは視覚である。絶対とは言い切れないが、暗殺者が襲ってくるのは一般的に夜だ。守る側が視認しにくいときに忍び込み、相手の不意を突いて相手を暗殺する。


 そうなると、迎え撃つ側としては視覚の確保は重要だ。何人で守ろうが何も見えなければ動くこともできない。ただ、自分たちが油断していると見せるためにも松明(たいまつ)蝋燭(ろうそく)で周囲を照らすのはできれば避けたかった。


 その結果、月の半ばから1週間以内であれば木窓を開けて月明かりを利用しようということになる。最近は曇り空が多くなってきたとはいえ、まだ月明かりを利用できる時期だからだ。もちろん自然を利用するのでうまくいかない場合もあるが、そのときは素直に松明(たいまつ)蝋燭(ろうそく)を使う予定である。


 他にも、これは身を守るための方策なのだが、毒薬に対する解毒剤も用意することになった。これは今こちらを狙っている暗殺者と何度かやり合った結果を活用したものである。ただし、2種類あってどちらを使われるのかわからないというのが難点だ。そのため、各人がどちらの解毒剤も持つことになる。ちなみに、たまたまユウが普段備えている植物系と動物系の解毒剤だったのには本人も驚いた。


 このように、考えられることは考え抜いて全員で準備をする。とある夜には実際に動いてみて自分たちの方法に問題や穴がないかも確認した。もうこれ以上は思い付かないというくらいに検証も重ねる。自分の命がかかっているので誰もが真剣だ。


 後は実際にやってみるだけである。




 この数日間、フィリップ扮するヴィアンは自由に振る舞った。3人が常にフィリップ扮するヴィアンを守るように同行している点は今まで通りだが、大して警戒していないような態度なのである。支店長ソロモンによる噂も浸透してきていると当人から聞き及んだ。


 そして更には、ヴィアンがいよいよトレジャーの町へと出発するという噂も流された。これはアドヴェント支店内限定ではあるが、今までの経験上、暗殺者に情報が流れる可能性が高いとルパートやその仲間たちは考えている。


 夜になるとユウたち4人は客室に集まって寝るふりをする準備を始めた。


 剣を持って床に座り扉側の寝台にもたれかかるルパートがトリスタンに声をかける。


「トリスタン、木窓はいつも通りにしておくんだ」


「大丈夫、いつも全開だって。これで月明かりも部屋に入って見やすくなるぜ」


 この作戦が始まってから木窓側の壁の隅で眠るようになったトリスタンが返答した。いずこからやって来た暗殺者が木窓を抜けて逃げるのを防ぐのだ。


 そのやり取りを見ていたフィリップが独りごちる。


「最近は涼しく感じるようになってきたから、本当は閉めてもらった方が嬉しいのだがなぁ」


「そうは参りません。ヴィアン様は『暑がり』ということになっていますので」


「あの木窓を開ける理由なのはわかるが、仕方ないか」


 最近はヴィアンでいることが板に付いてきたフィリップがため息をついた。当の本人はどちらかというと寒がりなので、窓から寝台へと流れてくる風で体が冷えやすいのだ。


 トリスタンと同じく、この作戦が始まってから扉の近くで眠るようになったユウがあくびをする。


「夜中に寝転がりながら眠らないでいるって結構大変だよね」


「気持ちはわかるが、本当に寝るなよ?」


「もちろん熟睡はしないよ。そのときに来られたら確実に殺されちゃうんだから」


 あくびをしながらも眠らないように我慢できるのは(ひとえ)にこれが理由だ。ここまでしておいて居眠りで死亡などというのはあまりにも情けないからである。


 色々な意見や不満が出つつも4人はある程度雑談をすると静かにした。今日もやって来るかもしれない暗殺者を待つためだ。来てほしくないという思いがある一方で、来るならさっさときてくれという思いもあった。




 4人が静かになってどれくらいが過ぎただろうか。八の刻の鐘が鳴って久しい。一部の職業の人々が夜の町で働いているが、それ以外の大多数の町民は夢の中だ。それはフランシス商会アドヴェント支店も例外ではない。


 客室の中は静まりかえっていた。木窓が明け放れていて月明かりが部屋の半ばにまで張り込んでいる。暗がりから見ると非常に明るい。


 その角張った明かりの端にうごめく闇が現われた。最初は小さく、しばらく後に少し大きくなり、そして最後は人型になる。まるで2階の窓から入ってきたことを感じさせない身のこなしだ。床に足が着いたときに音がまったく聞こえない。


 全身にぴったりと闇色の布を巻き付けた者の顔は判然としなかった。2つの目が何の感情も表さずに寝台の上を見る。それから周囲に視線を向けた。


 少しの間じっとしていたその者は無音で寝台に近づく。月明かりがちょうど届かない位置にあるので、月明かりを避けて扉とは反対側から寝台に回り込んだ。その間にダガーの柄を逆手に持って鞘から静かに抜く。刃はうっすらと塗れていた。そうして寝台の隣に立つと、ダガーを寝台に横たわるフィリップ扮するヴィアンに突き立てようと振り下ろす。


「シィ!」


「チッ!」


 ダガーが振り下ろされると同時にルパートが半立ちになって一気鞘から剣を引き抜いた。その勢いのまま振り抜き、暗殺者のダガーをはじく。


 一瞬の攻防で暗殺者は一歩さがった。しかし、はじかれ刃先が欠けたダガーをルパートに投げかけ、同時にもう1本のダガーを引き抜いて暗殺対象に迫る。


「ヒィ!」


 転がるように寝台から離れて床に落ちたフィリップ扮するヴィアンは扉を目指して逃げようとした。その先にいるユウは眠る格好をしたまま動かない。


 騒ぎが起きたと同時に跳ね上がったトリスタンがダガーを片手に窓の正面に立った。同時にルパートが投げられた刃の欠けたダガーを剣ではじく。


 再び剣を使わせた暗殺者は一気にルパートへと近付くと同時にダガーを振るった。その刃先は、剣を振り抜いた直後で体が一瞬硬直したルパートの左腕を抉る。


「しまっ!」


 更に痛みで反射的に怯んだルパートの脇をすり抜けた暗殺者はフィリップ扮するヴィアンに迫ろうとした。既に扉を開いて廊下に出ようとしているその背中にダガーを突き立てようとする。


 そのとき、今まで眠る格好そのままで動かなかったユウがいきなり立ち上がった。いつの間にか右手に持っていたダガーを暗殺者に突き立てる。


 横を通り過ぎようとしていた暗殺者はそれを避けられずに脇腹にユウの刃を根元まで刺されてしまった。横に吹き飛ばされて床に転がる。


 次いでナイフを抜いたユウはそのままとどめを刺すべく襲いかかった。ところが、足払いを受けて転倒し、その際に暗殺者のダガーで右腕を切り裂かれてしまう。


「くっ!」


「ユウ!」


 暗殺者にとどめを刺したのはトリスタンだった。暗殺者が吹き飛んだ後に近づいて来たのだ。ユウに逆襲しようとした暗殺者に組み付いてダガーでその首元を切り裂く。


 それを見届けたユウは座りながら懐から解毒薬の入った小瓶を2つ取り出した。そして、どちらも次々に飲み込む。


「お前、毒を受けたのか!」


「僕よりルパートの方に行って。あっちの方が怪我がひどいから」


 しゃべっている間にもユウは傷口を水袋の水でよく洗い流し、傷薬の軟膏を塗った。その後、自分で包帯を巻く。最後に痛み止めの水薬も飲んでおいた。


 自分の治療を終えたユウはようやく一息つく。トリスタンはルパートの治療をしていた。廊下から足音が聞こえてくる。手はず通りフィリップが人を呼んだのだ。後は薬が効くことを祈って待つだけである。


 次々に入ってくる人を見たユウは大きく息を吐き出した。

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― 新着の感想 ―
依頼人のルパートが最初に仕掛けたのが以外でした! 雇われのユウやトリスタンの役目じゃないのかな?と思いましたが、本物の護衛であるルパードが最初に戦えばヴィアンが偽物だと気が付かれにくいですものね。 …
一人に減らしておいてよかった、これで後3人もいたら守り切れなくてユウたちもやられてたかもしれない
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