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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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帰還は堂々としたもの

 気付けば暑い夏は過ぎ去っていた。暦を見ると既に9月の半ばだ。夏の残り香がいくらか残っているだけで日差しも肌を突き刺すことはもうない。


 トレジャーの町から西へと伸びる境界の街道は途中で境界の川北側から南側へと移り、更に西へと続いている。その途中から各村が管理する宿駅が設置されていた。


 これら宿駅の中でも、最も西寄りなのがミドルドの宿駅だ。本来は領主の兵士や騎兵が立ち寄る休憩所であるが、平時は隊商や旅人にも施設を開放している。


 ユウたち4人が乗り込む隊商もこのミドルドの宿駅で立ち止まっていた。護衛や人足が仕事をする傍らで休憩をしている。


 そんな中、ユウたち4人は商隊長に別れの言葉を告げると軍馬に乗った。ここからは4人だけで先行するのである。


 軍馬に馬具を取り付けたユウは慣れた様子で鞍に跨がった。この場面だけ見ると何年も馬に乗っているように見える。実際はつい最近内股の股ずれが治ったばかりだったりするが。


 一方、フィリップ扮するヴィアンは非常に頼りない様子で馬に乗る。トリスタンの手助けがあってやっとだ。この時点で青い顔をしている。


「よぉし、乗れたな。後はそのまま町の中のアドヴェント支店まで乗り続けるんだ」


「内股は痛いし、気分は悪いし、くそぅ、町に着くまでに馬に殺されちまうよぉ」


「弱音は今のうちに好きなだけ吐いておけ。でもアドヴェントの町の郊外に着いたらしゃんとするんだぞ」


「着くまでにくたばりそうだ」


「大丈夫、馬に乗ったくらいで死なないって」


 弱音を吐くフィリップに対してトリスタンが優しく励ました。それでもフィリップはふらついている。


 これは隊商が町を出発してから発覚したことだが、ヴィアンに扮するフィリップは馬に乗れなかったのだ。これを知ったルパートは愕然とした表情を見せたが、俳優のフィリップは騎士ではないのである意味当然である。


 作戦に対して割と致命的な問題をルパートの手落ちと見做すのは酷だし、用意したフランシス商会本店を責めるのも無理があった。影武者になれるような人物は早々見つけられるものではないし、条件が完全に一致する人物などまずいないからだ。


 そのため、現状でやれることをルパートたちはやった。軍馬を使った騎乗訓練再びである。ただし、今回は街道を移動中なので馬に乗るところ始めるのはきつかった。時間が限られていたので、乗って馬を歩かせるのがやっとだったのである。


 おまけにフィリップは体力があまりなくすぐにばて、更には股ずれを早々に起こして薬の世話になる日々を送ることになった。思っていたつらさとは全然違うというフィリップの愚痴は3人全員が聞き流し、どうにか形だけ取り繕うことに成功する。


 相変わらず問題が発生する一行であったが、それでもアドヴェントの町の手前までやって来た。ミドルドの宿駅を出発すると軍馬を歩かせる。距離はあと半日だ。


 青い顔をした人物を1名引き連れたユウたちは最近雲が多くなってきた空の下を緩やかに進む。これから先のことから目を背ければのんきな旅にしか見えない。


 そんな一行は時間をかけてようやくアドヴェントの町の郊外までたどり着いた。振り返ったルパートがフィリップに声をかける。


「ヴィアン様、町に着きましたぞ。しっかりなさいませ!」


「ああそうだな。はぁ、よし、部屋の中まで気張るか!」


「その意気ですぞ」


 さすがに己の仕事は忘れていなかったらしいフィリップがルパートの声をきっかけに蘇った。その変わりようにユウは驚く。今までの死にそうな表情が嘘のようだ。


 郊外から安宿街に差しかかる前から人通りが多くなる。ルパートを先頭に、フィリップ、ユウ、トリスタンの順で一列になって進んでゆくが、周囲の人々は側を通ると決まって顔を向けてきた。馬上の人などあまり見かけないので珍しいのだ。


 アドヴェントの町の東門の手前には水堀があり、その更に外側に検問所が設置されている。ここで町の中に入る者たちを選別するわけだが、その検査を受ける人々が境界の街道に沿って並んでいた。列の最後尾は安宿街にまで達している。


 その列をルパートは無視して検問所へと近づいていった。さすがにその様子は番兵からもはっきりと見えていたので、あと少しというところで1人の番兵が近づいて来る。


「止まられよ!」


「馬上より失礼する。私はルパートと申す。トレジャー辺境伯の使いとして参った。これがその証の通行証だ」


「拝見する。おお、正しく。失礼しました。お通りください」


 少し離れた場所からユウはその様子を眺めていた。いつの間にそんなものを用意していたのかと不思議がったが、先頭のルパートが動き始めたので考えるのをやめる。


 跳ね橋を渡って門を通り過ぎると町の中の風景がユウの視界に入った。近頃は珍しくなくなってきた景色だ。


 大通りを騎乗したまま進むとやはり目立つ。周囲の人々は近づくと一様に驚き、慌てて脇に退いた。一部の人々は指を指して何やら話をしている。


 馬に乗るというのはそれだけで周囲の注目を浴びるのだとユウは改めて知った。これならば町の中でちょっとした話題になるであろうし、その噂が暗殺者の耳元に届く可能性が高くなると考える。


 町の中の大通りをしばらく進むとフランシス商会本店の建物が見えてきた。ルパートはそこの停車場へと入ってゆく。


 ようやく目的地にたどり着いたことでユウは肩の力を抜いた。人に見られていたことで自然と体に力が入っていたのだ。


 先頭のルパートが馬を止めると降りた。続いてフィリップ扮するヴィアンも降りる。ユウもトリスタンも前の2人に従った。


 使用人を捕まえたルパートが支店長ソロモンとヴィアンの家臣を呼ぶように伝えると応接室に案内させる。他の3人は黙ってそれについて行った。


 応接室に入って椅子に座ったフィリップは途端にぐったりとする。最初の発言通り部屋の中まで頑張ったのだ。その様子を見たユウとトリスタンは苦笑いする。


「よくやった、フィリップ。貴様はしばらくそのままの姿でいて良い。話は私がする」


 ぐったりとするフィリップの背後で立っていたルパートが反応を示さない相手に声をかけた。そうしてそのまま黙る。


 しばらくすると支店長ソロモン以下、ヴィアンの家臣が何人も応接室に入ってきた。その誰もがフィリップの有様に怪訝な表情を浮かべる。


「よく戻って来られました、ルパート殿。ところで、あの者は一体?」


「例の者です。馬に乗れないのを無理に乗せたので酔ったようであの有様になりました。しかし、町の郊外から部屋に入るまでは堂々たる態度で演じ続けましたので、今は見逃していただきたい」


「ははぁ、なるほど。無理をした後というわけですか。それなら仕方ないでしょう」


 支店長ソロモンの言葉にその周囲で立っていたヴィアンの家臣が小さくうなずいた。微妙な表情を浮かべている者が大半だが、責める気はないらしい。


 再び顔を仲間へと向けたルパートは誇らしげに語る。


「レラの町で皆から書状を受け取ってから、事は予定通りに進めた。計画は万事順調だ。後はこの町で雑用を済ませてからあちらと合流するだけだ」


 その言葉を聞いていたルパートの仲間たちは誰もが笑顔を浮かべた。思惑通りに進んでいる状況に誰もが安心する。


 この後、今後についてルパートは自分と仲間と支店長ソロモンの三者間で最後の調整を行った。ここまで来ればもうあと一押しだと誰もがやる気に満ちる。


 話が終わると支店長ソロモンやルパートの仲間が応接室から出て行った。残るは今日アドヴェントの町へやって来た4人のみである。


「それでは、私たちも客室に向かおうか。ヴィアン様、起きてください。客室までの我慢です。そこなら寝台で好きなだけ寝て構いませんので」


「ううっ、そうか。はぁ、よし、あと少しだ!」


「その意気ですぞ」


 どうにか復活したフィリップ扮するヴィアンが顔を上げて立ち上がった。それを見たルパートが大きくうなずく。


 一見すると何ともないフィリップ扮するヴィアンに会わせて4人は客室に案内してもらった。再び4人だけになるとフィリップは力尽きて寝台に倒れ込む。この日は起き上がってこなかった。


 翌日からの4人はまるで誰にも狙われていないかのように振る舞う。3人が常にフィリップ扮するヴィアンを守るように同行している点は今まで通りだが、大して警戒していないような態度なのだ。


 また、支店長ソロモンがヴィアンの帰還をそれとなく周囲に漏らし、すっかり安心されていると吹聴して回った。それを証明するかのようにフィリップ扮するヴィアンは連日町の中を巡る。


 手を尽くしてさりげなく餌を撒き続けるユウたちはいつ暗殺者が現われても良いように備え続けた。

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― 新着の感想 ―
「馬乗れるのかな?」と思ってたけど、やっぱり乗れなかったかw
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