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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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心安まる日

 ユウたち4人が暗闘した翌朝、フランシス商会アドヴェント支店は通常の仕事以外で多忙を極めていた。何しろ客室に暗殺者が忍び込んだのだ。しかもこれで2度目である。事情を知らない者からするとヴィアンが滞在するせいだと思いたくなるだろう。


 実際その通りなのだが、支店長ソロモン以下一部の上層部が承知の上で滞在させたのだから使用人などは黙るしかない。ユウたちが戦った後の後片付けを命じられた者たちは小声で話をしつつも嫌な作業に打ち込んだ。


 暗殺者に襲われた当の4人は別の客室をあてがわれた。これで一息つけたわけだが、ユウとルパートは暗殺者の何かが塗り込められた刃を受けたために寝込むことになる。2人とも解毒薬を服用したので命に別状はなかったが、傷が浅く薬を飲むのが早かったユウの方が症状が軽い。


 自分とユウの荷物を前の部屋から持ってきたトリスタンがルパートに声をかける。


「起き上がることはできなさそうか」


「まだきついな。少々毒を多めに受けたらしい」


「すぐに解毒薬を飲めたら良かったんだけれどな」


「仕方あるまい。あのときは賊を仕留めるのが最優先だったのだからな。そのせいで今日いっぱいは動けそうにないが、お役目を果たせたのだからこのくらいは何でもない」


 寝台に横たわったままのルパートは若干青い顔をしつつもトリスタンに笑顔を見せた。ヴィアンとの約束を果たせたのだから満足そうである。


 役目を果たせたと言えばフィリップもそうなのだが、こちらもまた寝台に寝転がっていた。昨夜の襲撃では無傷だったものの、精神的に参ってしまっているのだ。


 ルパートとは別の意味で顔を青くしているフィリップにトリスタンが声をかける。


「フィリップも、立てなさそうだな」


「ううっ、あんなに怖いなんて思わなかった」


「自分を殺そうとする奴が目の前まで来たんだもんなぁ」


「よく平気でいられるな。怖くないのか?」


「あーそれはまぁ、慣れたっていうか。仕事で結構やっていたことだし」


「お前らみんな頭おかしいよ」


 震えているフィリップの言葉にトリスタンが若干悲しそうな顔をした。人を殺すことには慣れる慣れない以前に適性があることを経験的に知っているからだ。俳優であるフィリップがこうなってしまうのも無理はない。


 小さく息を吐き出したトリスタンが寝台で横になっているユウへと近づく。


「前の部屋から荷物を持ってきておいたぞ」


「ありがとう。う~ん、毒って受けたらこうなるんだね」


「解毒薬は使ったことなかったのか?」


「あることはあるけれど、毒の効果が出てくる前に治ったから寝込むのは初めてなんだ」


「そうだったのか。ともかく、死なずに済んだんだから良かったよな」


「せっかく大金を稼げたんだから生きて手に入れないとね」


「楽しみだよなぁ、3ヵ月分の報酬」


「こうやって暗殺者に怯えずに寝ていられるというのも捨てがたいけれどね」


「言えているな!」


 生き残ったことをユウとトリスタンは喜び合った。周囲の人々が当たり前のように生活している町の中で、自分たちだけが常に生死を問われ続けていたのだからその精神的な負担が大きいのは当たり前だ。その重圧からようやく解放されたのだから喜びもひとしおである。


 2人が楽しげに雑談をしていると、扉が軽く叩かれた。トリスタンが対応するとヴィアンの家臣たち数人が入ってくる。ルパートの見舞いだ。


 寝台を囲んだヴィアンの家臣はルパートと談笑を始めた。誰もがルパートの健闘を褒め称え、悲願成就の障害が取り除かれたことを喜んでいる。


 その様子を眺めていたユウは改めてこの仕事は終わったということを実感した。




 丸1日安静にした翌日、ユウの体調は快復した。改めて体が正常であることの素晴らしさを実感する。


 朝の間に使用人から官憲が面会を求めているという連絡をユウは受けた。2日前の襲撃事件についての事情聴取だという。ルパートの話しぶりではなかったこと扱いにされると思っていたので意外だったが、その事後処理の一端を官憲も引き受けるので事情を聞く必要があるということだった。


 ルパートの許可を得たユウとトリスタンは襲撃について知っていることをすべて話す。いくつか質問はあったものの、何かを追及されるということもなく事情聴取はあっさりと終わった。


 同じく事情聴取を受けたルパートが前日よりも良くなった顔色でユウに話しかける。


「これでいよいよやるべきこともほぼ片付いたな。2人はこれからどうする?」


「やることがもうないんだったら、この依頼は完了だよね。終わりにするよ」


「そうか。そうだな。だったらソロモン支店長に話を通しておこう」


「毎日金貨1枚ずつ支払っているんだからお早めにって言ったら、すぐに対応してくれそうだね」


「商人を動かすうまい言い方だな」


 苦笑いをしたルパートが使用人を呼びつけた。支店長ソロモンへの伝言を頼む。


 その後の動きは早かった。五の刻にユウ、トリスタン、ルパートの3人が支店長ソロモンと面会することになる。


 鐘の音が鳴ってから応接室に案内されると3人でしばらく待った。椅子に座るルパートが背後に立つユウに声をかける。


「早く動いてもらえたな。案外あの言い方が効いたのかもしれん」


「やっぱり自分の懐からお金を出していると気になりますもんね」


「まったくだな。私も商人と話をするときの参考にしよう」


 本当の理由はともかく、そうだったら面白いなと3人は笑った。ちょうどそのとき、支店長ソロモンが入室してくる。


「随分と楽しそうですね。私も混ぜてもらえますかな」


「もちろんですとも。これからソロモン殿と話をするわけですから」


「それは確かに。では、早速事件の報告をお願いしましょうか」


 にこやかな様子で椅子に座った支店長ソロモンがルパートへと話を振った。既に概要は耳に届いていても当人から直接報告を聞く必要があるのだ。


 平素通りに見えるルパートがあの夜の事の発端から終わりまでを説明した。すべて話をすると最後に締めくくる。


「以上が、2日前の夜に起きた内容です。これで賊の心配はもうないでしょう」


「そうですね。本当に喜ばしいことです。犠牲になった者たちも報われるでしょう。そうなると、いよいよルパート殿はトレジャーの町へと戻られるのですね」


「体が本調子ではないのでもう1日か2日は休ませていただくが、その後は仲間と共にあちらへと戻ります」


「承知しました。ゆっくりと静養なさってください。それで、あの影武者の方は?」


「心の消耗が激しく未だに立ち直っておりません。しかし、既に役目を果たし終えたのですからゆっくりと療養させるのが良いでしょう」


「ということは、治るまではこちらで?」


「いえ、私と一緒にトレジャーの町へ。あれには家族がいるらしいので、1人でいるよりも家に帰した方が良いでしょうから」


「確かにそうですね」


 気遣いを見せるルパートに支店長ソロモンが大きくうなずいた。それからすぐにユウとトリスタンへと目を向ける。


「ルパート殿の方はこれで良いとして、次はお二人ですね。ヴィアン様から頼まれておりました報酬と、先日の襲撃で使用した薬の補填をいたしましょう」


 支店長ソロモンが使用人に合図をすると、一旦下がってから他の使用人を連れてきた。その者たちは革袋や天秤や瓶などを持って来る。


 ローテーブルに置かれたそれらに対して支店長ソロモンが2人に確認するよう求めた。そうしてどちらも自分の報酬が正しく支払われているかを確認する。トリスタンは金貨での支払いだったので簡単だったが、ユウは砂金の確認や薬の詰替などの作業をこなした。


 すべての確認が終わると2人は自分の報酬を手に持つ。


「確かにすべてありました。間違いありません」


「俺も全部数えましたよ。ちゃんとありました」


「それは良かった。では、これで依頼は完了ですね。おっと、これは私が言うべきことではありませんでしたな」


「何、構いません。事実上終わりですからな。2人ともご苦労だった。お前たちの働きは忘れんからな」


「ありがとうございます。暗殺者関係の仕事はもう勘弁してください」


「はは、何を言うか。この依頼を成功させたのだ。次もこういう仕事を頼むに決まっているだろう」


 当たり前のように返答したルパートにユウとトリスタンが苦笑いした。今回の仕事も実績となったのでルパートの言う通りなのだが、やはり引き受けたくない依頼というのもあるのだ。


 用件をすべて片付けた3人は応接室を辞した。客室に戻るとユウとトリスタンは立ち去る準備を始める。


 寝台ではフィリップがうずくまったままだった。2人とも気にはなるがどうしようもない。


 荷物を背負った2人はフィリップに静かに声をかけると客室を出た。

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