貧民の苦労など一瞬で通過
しばらく潜伏したいというヴィアンの要望に応えるべく周囲が議論をした結果、冒険者となって町の外の宿屋街に住むということで落ち着いた。これが完璧だとは誰も思っていないが、最もましであろうと考えたわけである。
方針が決まると次は具体的にどうするかだ。ヴィアンがトリスタンに問いかける。
「冒険者に扮するとして、何が必要になるのか教えてくれ」
「武器と防具はもちろんですが、丈夫な服やブーツも大切です。すぐに破れると困りますからね。他には各種の道具や自分の財産を入れる背嚢も必要です」
「自分の財産を入れる背嚢とはどういうことだ?」
「冒険者は町から町へと移動することもあるので、基本的に自分の財産はすべて自分で持ち運ぶ必要があるんです」
「宿の部屋を押さえてそこに置いておけば良いのではないのか?」
「短期間ならそうですが、長期間ですと宿代も馬鹿にはできません。普通の冒険者にとって銅貨数十枚というのは大金なんです」
「他にも、安宿の大部屋に泊まっている場合ですと、そもそも置いておく場所がありません。放っておくと荷物なんてすぐに取られちゃうので」
相棒の横からユウが補足説明をした。旅先では安宿をよく利用したが本当に油断がならない。幸い自分たちではないが、他の旅人や行商人などがたまに悲鳴を上げている姿を見たことがあったのだ。特に1人旅をしていたときが大変だったことを思い出した。
その間にヴィアンがトリスタンへと質問を投げかける。
「冒険者はどちらかというと、旅人のような存在なのか」
「大半の者が宿を拠点にしているという意味ではそうですね。駆け出しの新人なんかは貧民街の自宅から通う場合があると聞いたことがありますが、ある程度稼げるようになるとやはり宿に移るそうです」
「なるほど。ということは、私も実際はともかく、そのような出で立ちの方が周りに溶け込みやすいということなのだな」
「その通りです」
「わかった。ではそのように準備しよう。ルパート、前に教えてもらった商会に頼もう」
「承知しました」
命じられたルパートが一礼すると部屋を出て行こうとした。それをユウが呼び止める。
「ルパート様、今から装備を整えるんですよね?」
「そうだが、どうした?」
「これからどこのお店に行くのかもう決まっているんですか?」
「フランシス商会アドヴェント支店というところだ。今から支店長を呼びつけて必要な物を持ってこさせる」
てっきり自分で工房や商店に向かうと思っていたユウは驚いた。考え方や行動が貴族的なのはともかく、まずいことに気付いていないようなので忠告する。
「ルパート様、それはまずいです。大々的にそんなことをしたら目立ってしまいますよ」
「む。しかし、ではどうするのだ?」
「自分に合ったものを手に入れた方が良いので、ヴィアン様が直接商会に赴いて試してはどうですか?」
「ルパート、行こうではないか。どのみちあそこへは行かねばならなかったのだ。まとめて別件も片付けてしまおう」
「そういうことでしたら」
依頼人とその部下のやり取りを見ていたユウはふと気になったことがあった。そこでルパートに尋ねてみる。
「ルパート様、ヴィアン様が町の外で潜伏されるときですが、そのときは護衛の方は何人が一緒にやって来るんですか?」
「それは」
「ルパート、私から答えよう。私が町の外に出るときはルパート1人がついて来る。残りの2人についてどうするのかは言えないが、これだけは確実だ」
「わかりました。それでは、ヴィアン様とルパート様だけが宿屋街で住むんですね」
「そう思ってくれて構わない。では、行こう」
事情に関して制約があるのでもどかしいところはあるものの、最低限判断できるだけの情報をもらえたことにユウは安心した。
そういった取り決めを少しずつしながらユウたちはワージントン男爵邸を後にする。ヴィアンが頭からフードを被ることもせずに大通りを堂々と歩くことにユウは驚いた。しかし、フードを被ったら被ったで怪しく見えるので時と場合によると返される。常に姿を隠せばよいわけではないことを知って感心した。
商工房地区へと向かった一行はフランシス商会アドヴェント支店にたどり着く。ここにやって来てユウは今更ながらに前の仕事との縁を思い出した。別れた友人のことを思い出す。
全員で中に入るとルパートが使用人を捕まえて支店長を呼んでくるように伝えた。半信半疑ながらも頼まれた使用人は一行を応接室へと案内し、一旦姿を消す。
ヴィアンのみが椅子に座り、他が立って待っていると、使用人に先導された中年男が入室してきた。そうしてヴィアンへと一礼する。
「これはこれはようこそお越しくださいました。私がフランシス商会アドヴェント支店の支店長を務めておりますソロモンと申します」
「今はヴィアンと名乗っている。これから当面はこの名で呼んでほしい」
「承知しました。それで、本日のご用命は何でしょう?」
「実は、しばらく冒険者として町の外で活動することになってな、そのための装備を一式取り揃えたいのだ」
「なるほど、心中お察しします。具体的にどのような装備をお求めございますか?」
「それに関しては、こちらのユウとトリスタンに一任している。ルパートのものも合わせて選んでほしい」
いきなり大役を任されたユウとトリスタンは目を白黒とさせた。たまに助言するくらいだと思っていたのだ。
そんな2人をよそにヴィアンとソロモンの話は続く。
「それと、例の件だが、見つかっただろうか?」
「既に押さえております。お会いになりますか?」
「一度は会っておこう」
「でしたら今すぐにでも参りましょう。この2人は?」
「ここで待っていてもらう。私たちが他の用件を済ませている間に装備を見繕ってもらおうと考えている」
「でしたら、すぐにでもここへ持って来させましょう」
まったく内容のわからない話を聞いていたユウとトリスタンはソロモンを先頭にヴィアンたちが応接室から去るのを見送った。
扉が閉まってからユウが隣の相棒に声をかける。
「何の話なんだろうね」
「知らない方が幸せな類いの話なんだと思うぞ。俺たちは冒険者道具を選べばいいんだ」
誰もいないのを良いことに2人は椅子に座って待っていると再び扉が開いた。そして、次々と荷物を持って使用人が入ってくるのを目にする。あらかじめヴィアンとルパートの要望を聞いていた2人は早速持ち込まれた物を手に取りじっくりと見た。
あれこれと見て回っているとトリスタンがため息をつく。
「どれも大したもんだな。ひとつほしいくらいだ」
「すごいよね。ここから当たり前のように装備を選べるんだ。駆け出しの頃なんて銅貨1枚で苦労していたけれど、ここじゃ一瞬で最高の品が手に入る」
「でも、全体的に品質が良すぎるな。これで全身を固めると目立つことこの上ないぞ」
「上等すぎるんだよね。第一ここにあるのって中古品じゃなくて新品ばかりだし」
「しまったな、さすがにこれは想像していなかった」
一般的な冒険者は大抵中古品で身を固めるものだ。誰もが元貧民なのでそもそも金銭に余裕がない上に、装備はどれも結構な値段がするので高すぎる物は手を出せない。そんなところにこんな新品のみで身を包んだ新人冒険者が現われたらどうなるか。絶対に話題になることは間違いない。
ある程度の選別を済ませたユウがふとトリスタンに尋ねる。
「トリスタンが駆け出しの頃って、装備はどんなのを選んでいたの?」
「他の冒険者と同じだぞ。知っての通り、家の財産なんて残っていなかったからな」
「あ、その辺は僕たちと同じなんだ」
「そういうことだ。しかし、これは良くないな。中古品はないんだろうか?」
「一旦全部選んで、それの中古品を持ってきてもらうしかないと思う。特に武具はそうしないと目立ち続けるからまずいよ」
「そうだな。何とかしないと」
依頼の目的を考えながらユウとトリスタンが装備一式を選び終えると、ヴィアンとルパートがソロモンと共に戻って来たことに気付いた。しかし、他の2人が見当たらない。これは聞けないことだと知っているので尋ねないでおく。
それよりも、2人は事情を話してソロモンに選んだ装備品の中古を持ってきてくれるように頼んだ。仕事の成否に関わることなので最低限武器と防具だけでも中古品を求める。
ヴィアンの許可を得たソロモンは使用人たちに命じてユウたちの求める中古品を持ってきた。その後更に一悶着あったが、とりあえず妥協する。
こうしてヴィアンとルパートの装備品選びが終わった。実際に身に付けてもらうとなかなか様になっている。後はこの2人にふさわしい来歴を考えるだけだ。
2人の苦労はまだ終わりそうになかった。




