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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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仮の素性と噂のような存在

 ヴィアンとルパートが貧民街で潜伏するにあたって、ユウとトリスタンは冒険者を装うことを提案した。一般的な貧民とは違い、人の出入りが比較的多く、多種多様な人々が生業にしているからだ。ここなら依頼者たちもある程度目立たないという目算である。


 次にユウとトリスタンは依頼者たちの装備一式を見繕った。これはとても重要で、身を守るためには高品質の装備が必要になるが、それは同時に一般的な装備ではなくなるので周囲から浮いてしまう。熟練冒険者が苦労の末に入手したのならまだしも、新人がいきなり身に付けるのは目立ちすぎた。


 そこで、2人は装備の大半をある程度にして、更に新品から中古品へと取り替える。これで何とかなると2人は思った。


 ところが、このとき選んだ硬革鎧(ハードレザー)よりも更に良いものがあるとフランシス商会アドヴェント支店の支店長ソロモンが勧めてきたことにより、鎧を選び直すことになる。ルパートとしてはヴィアンを守る防具の質をあげることは当然だった。


 2人はルパートを説得しようとする。硬革鎧(ハードレザー)は熟練者の冒険者も信頼を寄せる鎧だと説明した。更に防御力が高い鎧はあるが、重くなるから勧められないと。しかし、金属製の鎧を着たことのあるヴィアンとルパートにとっては多少の重さなど大したことはないと反論してくる。


 結局、最終的にはユウとトリスタンが折れた。その結果、ヴィアンが織小鉄革鎧(ブリガンディン)、ルパートが織大鉄革鎧(コートオブプレート)を身に付ける。前者が細長い金属の板を革鎧に縫い付けたもので、後者が比較的大きな鉄板を同じく革鎧に縫い付けたものだ。どちらも中古ですら金貨数枚もする高級鎧である。とても新人冒険者が手に入れられるような代物ではない。


 こうなると目立つ鎧に必然性があることを示す必要があった。新人が高級な鎧を装備していてもおかしくなく、可能ならば目立たない理由だ。


 冒険者の装備一式を身に付けて機嫌良く動いているヴィアンとルパートを尻目にユウはトリスタンに話しかける。


「このまま考えなしに外に出すのはまずいよね」


「そうだな。しかし、どうしたものか」


「もういっそのこと、町の中からやって来たっていうことにしようか」


「どうせ高貴な身分そうだということは隠せそうにないからか?」


「うん。僕たちは今までできるだけ僕たちと同じようにして目立たないようにしようとしていたけれど、こうなるともう無理だよ」


「俺たちと違うことを当たり前と受け入れられるようにするわけか。でもそうなると、結局目立ったままになるんじゃないのか?」


「ルパート様が僕たちの案を却下したんだから仕方ないよ。だから次善の策を講じるしかないんだ」


「わかった。その線でいこう。何か具体的な案はあるのか?」


 ため息をついたトリスタンがユウに同意した。それを受けてユウが自案を披露する。


「先月あった密輸組織の取り締まりで取り潰された貴族がいくつかあるのを覚えている?」


「ああ。はっきりとは知らないが」


「ヴィアン様はその子弟の1人っていうことにするんだ」


「またすごいことを考えるな。で、町の中にいづらくなったから外に出てきたってわけか」


「そうだよ。これならアドヴェントの町ではよく知られている事件だから怪しまれにくいでしょ。しかも、貴人が恥ずかしい目に遭って世を忍ぶのは珍しくないから追及もされにくいだろうしね」


「なるほどな。普通こういう嘘の来歴は突っ込まれた大抵ボロが出るもんだが、突っ込みにくい理由にするわけか。考えたな。ただ、仮に追跡者がいたとして、調べられたらすぐにヴィアン様にたどり着かないか?」


「そこはもううまく隠れるしかないよ」


「例えばどうするんだ?」


「出歩く時間はみんなとずらしたり、宿を転々としたりかな。とりあえず思い付くのはそんなところ」


「まぁ妥当なところだな。それで追跡者を躱せるかはわからんが」


 多少難しい顔をしたトリスタンが聞いた案を評価した。他にもいくつか意見を交換する。なかなかこれという案は出てこない。


 依頼者2人をちらりと見たトリスタンは更に話を続ける。


「そうだ。ヴィアン様はそれでいいとして、ルパート様はどうするんだ?」


「うーん、そうだねぇ。生真面目で忠誠心溢れる部下っていうことにしようかな。あの人の性格、例え一時的にでも直せるとは思えないんだ。それだったらいっそのこと、あの振る舞いをそのまま利用するしかないんじゃないかな」


「言えているな。そうなると、主人と一緒に町の外に出て冒険者になったというわけか。忠義心溢れる家臣は確かに存在するから、まだ珍しがられる程度で済みそうだな」


「これで何とかなるんじゃないかな」


「なると思うしかないな」


 ようやく依頼者2人の来歴を決めることができたユウとトリスタンは安堵のため息を漏らした。今回の仕事は始まる前から大変だ。


 そんな話し合いがあったことなど気付いていないヴィアンが装備を身に付けたまま2人の元へとやって来る。


「トリスタン、この装備はなかなか面白いな。金属の鎧よりも軽くていいぞ」


「それは何よりです。では、外に出る前に、2人の来歴を考えたので覚えてください。誰かに過去のことを聞かれたら、それとなくぼんやりとした感じで語るんです」


「ほう、どんなものだろうか?」


 興味を示してきたヴィアンに対してトリスタンがユウと共に作った来歴を語った。その背景まで伝えるとヴィアンが笑う。


「なるほど、最近あった事件を利用するわけか。それは良いな」


「冒険者が町の中に入ることは滅多にないですし、中に入っても貴族様の事情なんて知りません。ですから、このくらいで充分ですよ」


「たまに知っている者に更に詳しく聞かれたらどうする?」


「さっき言ったように、恥ずかしくて世を忍んでいるから話したくないと返せばいいんです。これが本当の来歴だったら、そもそも人に話そうとはしないでしょうけれどね」


「それはそうだ。それにしても、ルパートの来歴は何と言うか、そのままに近いな」


「演じずに済むのならそれに越したことはないです。素の状況ですからボロもほとんど出ないでしょうから」


「ルパート、お前はこの来歴で構わないな?」


「はい。あまり演じずに済むというのは助かります」


 鎧の件で一時緊張状態にあったルパートが平穏な態度で接してくれたことにトリスタンは安心した。根に持つ性格ではないようだ。


 依頼者2人の来歴が決まったところで次はユウが口を開く。


「これから町の外に出たときですけれど、他人とあまり接しないような行動をします。例えば、冒険者の仕事をするにしても、他人より遅く初めて、早く終わるなどです。当然その逆もありますが」


「できるだけ目立たないようにするわけだな」


「正確にはできるだけ人に見られないようにするですね。もし噂になったとしても、会って確認できなければ不確かな存在のままですから」


「わかった。気を付けよう」


「それと、これは確認なんですが、お二人は別に冒険者としての稼ぎがなくても生活費はあるんですよね?」


「あるぞ。なくなればまた求めれば良い」


「でしたら、あくまでも冒険者の活動は隠れ蓑ですから、熱心にする必要はありません。魔物狩りは短時間で済ませても構いませんし、何でしたら毎日活動する必要もないですね」


「あくまでも隠れるのが目的だからだな。理解した」


「でしたら話はこれで終わりです。ヴィアン様、これからどうしますか?」


「もう外に出てしまおうか。冒険者の装備も身に付けていることだし、そのまま行けるだろう。ルパート、どうだ?」


「良いと思います」


「ということで、ユウ、トリスタン、早速外へ行こう!」


 既に準備が整っていることを理由にヴィアンが町の外に出ることを宣言した。支店長であるソロモンに礼を告げると4人はフランシス商会アドヴェント支店を出る。


 町の南門から外に出た一行はそのまま西端の街道を歩いた。周囲には冒険者を中心とした人々の姿が点々を見える。


 そんな風景を見ながらユウは今後の行動方針をヴィアンとルパートに告げた。まず、宿と酒場は頻繁に変更する。より正確に言うと、冒険者としての活動をして帰ってきたときには必ず前とは別の宿で宿泊するのだ。これなら居場所を突きとめられにくい。また、酒場も同様に毎回利用する店を変える。こうして、どこにでもいそうでどこにもいない状態を生み出すのだ。存在そのものを噂のようにしてしまうわけである。


 このやり方にルパートは賛成した。先の冒険者としての行動と相まって見つかりにくそうだと評価したのである。こうなるとヴィアンにも反対する理由はない。


 これで4人の行動指針は決まった。意気揚々と宿屋街の路地へと入る。やがてその姿は路地の向こう側へと消えた。

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