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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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これからの生活についての相談

 貧民街の案内を終えたユウは町の南門から町の中へと入った。後ろからついてきているルパートはすっかり憔悴している。結構強烈な体験だったらしい。


 大通りを進み、貴人居住区へと入ると路地を通ってワージントン男爵邸へと戻った。応接室で待っていたマクシミリアン、ヴィアンとその仲間2人、そしてトリスタンが入室してきたユウとルパートへと顔を向ける。


「ただいま戻りました」


「意外と早かったな。ルパート、どうした。随分と疲れているようだが」


「なかなか衝撃的な体験をしまして、少々」


「それほどか。ともかく、その体験とやらを話してみてくれ」


 促されたルパートがヴィアンと仲間2人に自分の体験談を語った。貧民街の中は全体的に薄汚れていて臭いがひどく、住民も油断ならない。特に貧民の住宅街は強烈で、ユウの案内なしでは身の危険があったほどである。また、町の外ではあったものの、中の噂もいくらか流れていた。特に町の中には落ち延びてきた貴人がおり、何度も殺されかかっているという噂を市場の貧民が語っていたことに驚く。


「このような感じでした。最初はどこかで家を借りてなどと申していましたが、とてもそんなことができる場所ではありません。あそこはあそこでまた別の危険にヴィアン様を曝してしまうと確信します」


「それほどか」


「ユウの案内で回っていたときですが、常に誰かしらに見られていました。よそ者は慣れるまで常にその視線に曝されることになるということなので、潜伏するのに適しているとは思えません」


「ユウが最初に言っていた通りというわけだ」


「その上に噂の出回り方が速いとなると、これは町の中で潜伏先を探すのも一考の余地があると思います」


「ふむ。お前たちはどう思う?」


 声をかけられたルパートの仲間2人がそれぞれ意見を述べた。ユウと戦った者は完全に貧民に扮して潜伏してはどうかと意見したのに対し、トリスタンと戦った者はある程度の危険を承知で町の中に隠れ家を探すべきと主張する。


 議論を端で聞いていたユウは頼れる貴族の邸宅でひっそりとしていてはどうなのかと思っていたが、それを口にはしなかった。詮索はしないという約束だからだが、恐らくそれも検討済みかあるいは実際に実行して駄目だったのだろうとも推測したからだ。住みやすい場所で隠れられる所がないか真っ先に探すのは当然だろう。


 実際に貧民街を見て来たルパートも含めて3人の議論が徐々に盛り上がってきた。たまにマクシミリアンが自分の知恵を披露する。それでも簡単には決まらなかった。


 自分の部下3人がどうするべきか議論する様子をヴィアンがじっと見つめている。話を振ってからはずっと口を閉じたままだ。


 眺めているという点ではユウとトリスタンもヴィアンと変わらない。こちらは口出しするべきことではないからであるが、万が一町の中に潜伏することになったらどうなるのかとユウはふと考える。貧民の知見は役に立たないので早速お払い箱になりそうな気がした。


 議論を尽くしたこともあり、ルパート他2人がヴィアンへと顔を向ける。3人の話し合いでは町の中に潜伏するという意見が優勢だった。臭いなどの生活環境もそうだが、何より当面の間周囲の注目を浴びるというのが厳しいらしい。


 視線を受けながらもしばらく黙っていたヴィアンが口を開く。


「3人の意見はよくわかった。どの主張ももっともだと思う。だが、私としてはやはり貧民街で潜伏した方が良いと考える。町の中に安全な場所はもうないと思うのだ。それとも、今まで身を寄せてきた場所よりも安全な場所がまだ町の中にあるのだろうか?」


「それは」


「幸い、ここには貧民街に詳しい者が2人いる。この2人に聞きながら身を潜める場所を決めようではないか」


 突然注目されたユウは精神的に少し腰が引けた。隣に立つトリスタンに変化はない。


 そんな2人を見ながらヴィアンが問いかける。


「ユウ、実際のところ、私が身を潜められる場所は貧民街にあるだろうか?」


「それはどのように身を潜めるのかということで話は変わってきます。例えば、数日間という短期間だけ潜伏したいのであれば、貧民街の住民に紛れるよりも宿屋街で旅人として一時滞在した方がやりやすいです。逆に何ヵ月も潜伏するのであれば、どこかの宿で長期的に部屋を借りて何かしらの仕事をするのが良いと思います。まぁ、はっきりと申し上げますと、ヴィアン様はどうやっても貧民街では浮いてしまうので、むしろ浮いて当然という環境にいた方が良いと思います」


「なるほどな。浮いて当然という環境か。それが宿での宿泊だと。確かに、あそこには数多くの異邦人が集まるからな」


「たまに身分を隠した方がやって来てもおかしくないと思います」


「確かに! お前たちはどう思う?」


 問われた3人は微妙な反応だった。しかし、その中でも実際に貧民街へと行ったことのあるルパートがユウに尋ねる。


「東門近くの安宿街と南門近くの宿屋街、潜むのならばどちらが良いと考えるか?」


「ヴィアン様の場合なら宿屋街ですね。あそこなら安宿の大部屋と違って、個室、2人部屋、4人部屋なんかが選べますし、長期短期のどちらでも宿泊できますよ」


「それは都合が良いな。では、長期滞在の場合、どんな仕事が良い?」


「そこが困るんですよね。ヴィアン様に一般的な貧民の仕事はさせられないでしょうし、向いてもいないでしょう。そうなると、あの宿屋街なら実のところ冒険者が最も無難なんです」


「冒険者だと!?」


 ユウから提示された意見を聞いたルパートが目を剥いた。他の仲間2人も同じように目を見開き、ヴィアンとマクシミリアンも驚いた表情を浮かべている。


「冒険者とは魔物を狩るのが仕事なのだろう? 危険ではないのか?」


「暗殺者と対決する危険と比べてどちらがましだと思います? 危険の種類が異なるのは百も承知で伺いますが」


「それは」


「トリスタン、君はどうして冒険者になったの?」


「他にできる仕事がなかったからだよ。職人には向いていなかったし、商売もそう。人足は誰でもできたがそれは最後の手段と考えたら、自然と残ったのはひとつだけだったんだ」


「例えば、そうだな、うーむ。あ! 代筆業などはどうだ? これなら部屋に閉じこもってもできる仕事だろう」


 必死になって考え出したルパートがトリスタンへと話しかけた。それを聞いた当人は苦笑いしながら返答する。


「ルパート様、代筆業の仕事は町の中の仕事なんですよ。そもそも貧民街だと代筆の需要自体がないんです。みんな文字の読み書きはできないし、文字を必要とする仕事はしていませんから」


「ああ、なるほど」


「その辺の仕事は私が町の外に初めて出たときに一通り探しました。でも、見つけられなかったですね。まぁ音楽ができるのなら酒場で吟遊詩人をするのも悪くないですが、あれは目立ってしまいますから」


 意外と苦労していそうなことを臭わせながらトリスタンが説明をした。ルパートもその仲間2人も沈痛な表情をしている。


「そもそも代筆業をするにしても、仕事はどこから取ってくるんですか? 安定した発注先を得られるまではいろんな所を駆けずり回らないといけないですよ。そうなると、例え駆け回るのがヴィアン様でなくてもかなり目立つと思いますが」


「そこはワージントン男爵様や他の商会から仕事を回してもらうつもりでいたのだが」


「そういう繋がりはあってもいいんですか? そこから潜伏先を発見される可能性があるかもしれないですよ?」


 更なるトリスタンの追い打ちにルパートたち3人は今度こそ黙った。町の中が危険なので貧民街へと行くのだから、その繋がりを可能な限り断ち切っておくのは当然のことだ。そのため、繋がりを断ち切れない案は却下するしかなくなる。


 こうしてユウ、トリスタン、ルパートの議論は収束した。それを見ていたヴィアンが口を開く。


「今のところ予定のだが、私は数ヵ月この町に滞在する予定だ。それを考えると、あの2人が勧めてくれる冒険者として貧民街に滞在するのが最もましな案だと思うが、お前たちはどうだ? 何か別の意見があるなら聞くが」


「いえ、ございません」


「それならば決まりだな。私は当面冒険者として貧民街の宿に滞在する。ユウ、トリスタン、これで目立たずに潜伏できるわけだな」


「新参者が最初に来たときに噂になるのを除けば大丈夫だと思いますよ」


「後は目立たないように行動するだけですね」


 確認を求められたユウとトリスタンが続いて返答した。ヴィアンの容姿はどうやっても目立つが、最初の頃を乗り切れば後は何とかなると2人は考えている。


 ともかく、これで方針は決まった。次は実行である。2人とも小さくため息をついた。

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― 新着の感想 ―
数ヶ月! なかなかやっかいな断れない依頼ですねえ。 にやにやしてしまいました!
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