貴族様からのご依頼(前)
ある日突然貴族に呼び出されたユウとトリスタンは不安に思いながらも当日を迎えた。いつも通り二の刻頃に起きて朝の準備を済ませて出発の時を待つ。
その間、2人はどうにも落ち着かなかった。ユウはかすかにごわごわな服を鼻に近づけて臭いを嗅ぐ。
「うーん、どうかなぁ。トリスタン、僕って臭わないと思う?」
「俺たちじゃわからんって。鼻が慣れていて気付けないから。昨日ちゃんと洗ったんだから大丈夫だろう。灰汁まで使って臭うなら俺たちじゃどうしようもないぞ」
「それはわかっているんだけれどね」
昨日、アマンダに灰汁を分けてもらったユウはトリスタンと境界の川で水浴びと洗濯を徹底的にした。しかし、過去の経験からこれでは足りないことを理解している。町の中で平民にすら顔をしかめられることが多かったので、貴族なら尚更ではと思えて仕方ないのだ。いくらアーチボルトの家とはいえ、当主は貧民のことをどう思っているのかなどわかったものではないからだ。
一方、トリスタンは動じることなくどっしりと構えていた。機嫌を損ねればひどい目に遭いかねないというのに不安がるそぶりを見せない。貴族というものを知っているからなのは明らかだが、それを知らない者からすると不思議でもある。
「ユウ、そろそろ行かないか?」
「そうだね」
相棒に促されたユウはうなずくと部屋を後にした。受付カウンターで鍵を返すと宿屋街の路地に出る。夜明けの森へと向かう冒険者の数は早朝よりも少なくなっていた。
西端の街道に移った2人は北上して町の南門へと向かう。行列は既に冒険者ギルド城外支所辺りまで伸びていた。
いつもなら列の最後尾に並ぶ2人だったが、今回はそうもいかないので検問所へとそのまま進む。番兵に話しかける直前に三の刻の鐘が鳴った。構わずユウが声をかける。
「おはようございます。ワージントン男爵様から呼ばれているので通らせてください」
「お前らか。アーチボルト様と仲がいいんだな」
「今回は当主様からです」
「理由は?」
「それが聞いていないんです。伝言してきた人も聞かされていないらしくて」
「悪い話じゃないことを祈ってるよ。行って良し」
番兵の許可が下りるとユウとトリスタンは入場料を支払って町の中に入った。大通りを北上して中央広場までやって来ると西側へと曲がって住宅街に沿うように進む。大通りが再び北側へと曲がって少し進んだ後に路地へと入った。その辺りは男爵邸が連なる地域だ。
その中の一角にワージントン男爵邸はある。建物は屋敷というよりも上等な家という趣だ。貧民にとっては豪邸と表現しても差し支えないないだろう。
扉の前で立ち止まるとトリスタンが前に出た。今回は当主から呼ばれたはずなので、きちんとしたやり取りを知っている人物に対応してもらうことにしたのだ。姿を現した使用人に用件を伝えると中に招いてもらう。
使用人が案内したのは応接室だった。邸宅の大きさからすれば相応だというのはユウにも何となくわかる。その中に、既に6人もの人々が待ち構えていた。アーチボルト以外2人は見たことがない人々だ。総勢8人と応接室が少々手狭に感じられる。
アーチボルトの隣には顔つきが似ている人物が座っていた。これが恐らく当主だろう。そして、もう1人、金色っぽい茶髪の笑顔が似合いそうな顔つきの青年が椅子に座っていた。他の3人はその青年の背後に立っている。ということは、座っている青年が貴族なのは想像がついた。背後の3人は控えている家臣の可能性が高い。
まだ話の内容はわからないままだが、ユウは自分の立場が圧倒的に一番下だということだけはすぐに理解できた。ずっと立ちっぱなしか跪いて会話することを想像する。
「よく来た。私はマクシミリアン、ワージントン男爵家の当主である。隣に座っているのが息子のアーチボルトだ。息子のことは君たち2人もよく知っているだろう」
「はい。ユウです。古鉄槌のリーダーをしています。隣にいるのがメンバーのトリスタンです」
リーダーなので名乗るところだけはユウが率先してやった。後はトリスタンに手伝ってもらいながら話をするしかない。礼儀作法にうるさくないと良いんだけれどなと内心で思う。
「さて、早速本題に入ろう。今日君たちを呼び出したのは私だが、実のところ私は仲介者であって依頼者ではない。本来ならばあちらにいらっしゃる方が手続きに則って君たちに依頼されるべきなのだが、理由があってそれはできなかった。なので今回、私が変則的ながら冒険者ギルドに頼んで君たちに来てもらったのだ」
「ワージントン男爵様が冒険者ギルドに依頼を出す形ではいけなかったのですか?」
普段と違って丁寧な話し方になったトリスタンが男爵家当主へと問いかけた。依頼は仕事をしてほしい当人が出すのが基本であるが、別に絶対にそうしないといけないわけではない。例えば、親が子に護衛を付けるというようなことも可能なわけだ。もちろんこの『子』の部分が大人であっても構わない。
質問を聞いたマクシミリアンが首を横に振る。
「駄目なのだ。記録自体残せないのでね。ああ、君たち冒険者が依頼をこなすことで冒険者ギルドに対する実績を積み上げていることは知っている。なので、これは非公式な依頼であり、表向き君たちの実績にはならない。そういう意味では申し訳ないと思う。しかし、こうするよりなかったのだ」
「非公式な依頼ですか。個人的な依頼というだけではなくて?」
「そうなのだ。そして、こちらの方はさる事情がある方であり、名前はもちろん、依頼に関する背景なども一切明かせない。その上で、あの方の生活の支援と身辺の護衛を依頼したいのだ」
「身辺の警護はまだわかりますが、生活の支援ですか?」
戸惑うトリスタンが男爵家当主に困惑の表情を向ける隣でユウも首を傾げた。冒険者を雇いたいのだから護衛というのはまだわかるが、生活の支援というのは想像できない。見たところユウと同年代であり、背後には家臣らしき人物が3人もいる。この様子では別の場所にまだいるはずだ。ユウたちが世話をする余地などあるとは思えない。
そんなユウの疑問をよそに話は続く。
「疑問はもっともだな。しかし、その質問には後で答えるとしよう。それと、言い忘れていたが、この件に関しては詮索及び他言は一切無用とする。ここで今話をしていることはもちろん、私たちと会ったこともだ」
男爵家当主の言葉を受けたトリスタンからユウはちらりと目を向けられた。わずかに顔を引きつらせる。自分たちから話回ったことは今のところない。ただ、最初にレセップが宿にやって来て伝言を伝えたときにジェナたちが聞いていた。
一瞬遅れてユウはうなずく。もううなずくしかない。あれはレセップが悪いのだ。後の釈明はあの働かない受付係に任せるしかない。
後であの宿の3人にも口止めしておくことを心に誓いながらユウは話を聞く。
「私からの話は以上だ。これからは、あちらの方からお話しいただこう」
「次は私だな。名は明かせない、では不便だから、ヴィアンと名乗ろう。マクシミリアン殿に説明していただいた通り、訳があって何も話せないのを申し訳なく思う。ただ、こちらは非常に切羽詰まっていてな、もう君たちのような冒険者に助力を頼むしかないのだ」
「ヴィアン様、その言い方は」
「いいのだ。どうせ依頼を引き受けてもらったら、こちらの状況などある程度推測できてしまうだろう。それに、そのくらいの察しの良さがなければ、頼むに値しないのではないのか?」
立っていた3人のうちの1人、茶髪の表情が硬い青年の言葉にヴィアンが明るく答えた。すると、青年は困った表情を浮かべたまま黙る。
「悪い、話の腰が折れたな。それで、君たちに是非この依頼を引き受けてもらいたいのだが、私の背後にいる3人を始めとした者たちが、頼むにふさわしい能力を持っているのか確認したいと言うのだ」
「力試しですね。護衛の依頼を引き受けるときにたまにあるのでお気になさらず」
「そうなのか。では、試したいことは2つある。ひとつは、2人がどれほど戦えるのかということ。もうひとつは、トリスタン、君の礼儀作法についてだ」
「私のですか?」
「悪いが、君のことはそちらのアーチボルト殿から話を聞いている。大陸東部の貴族の出身だとか。冒険者をしている理由はわからないが、今回は非常に都合が良い」
「私が本当に貴族の出身か確認されたいということですね」
「そういうことだ。アーチボルト殿だけでなく、私たちも確認したいのだ」
面食らうトリスタンをユウは見た。ヴィアンの話を聞いていると、あちらは相棒を重視しているらしい。
それを知ったユウはわずかに安心した。




