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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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冒険者ギルドからの伝言

 この日は朝から雨だった。ユウが目覚めたとき、二の刻の鐘の音がわずかに聞き取りにくいような気がしたことで気付く。寝台から起き上がって木窓を開けると雨音が一層大きく耳を打った。


 幸い、風は強くないのでユウは木窓は開けっぱなしにしておく。空は曇っていても室内がやんわりと明るくなるからだ。その分室内が湿気てくるがこれは諦めた。羊皮紙の書き心地が変わってしまうが、暗くて見えないよりかはましなのである。


 今、室内にはユウ1人しかいない。トリスタンは外泊している。ただし、町の中ではないらしい。昨日当人が出かける前に言っていたが、果たして本当なのかは次に会ったときに聞くまでわからないままだ。


 珍しくもない日、ユウはいつもの通り朝の準備に取りかかった。そうして朝食も終わると椅子に座って備え付けの机に向かう。今日も自伝の執筆だ。今は相棒と初めて出会ったときの辺りのことを書いている。下水の臭いと共に思い出される記憶だ。


 インクの乗りがいまいちなのに苦戦しつつもユウが執筆に勤しんでいると再び鐘の音を耳にした。三の刻の鐘であることに少ししてから気付く。集中していたらしく、時間の経過がまるでわからなかった。その割に書けた量はいつも通りなのはご愛敬だ。


 ユウが一旦立ち上がって体をほぐしてから椅子に再び座った直後だった。雑に扉を叩かれてから呼びかけられる。


「ユウ、お客さんよー! 冒険者ギルドのレセップさんー!」


「え?」


 ベッキーに呼ばれたこと以上に自分を呼び出した人の名前を聞いてユウは驚いた。間違ってもここにやって来る人ではない。


 訝しげな表情を浮かべて扉へと顔を向けたユウはしばらく固まっていた。しかし、再びベッキーに呼ばれて我に返ると返事をする。あまり待たせると色々と言われそうなので、椅子から立ち上がってすぐに部屋を出た。


 宿の受付カウンターまで出向くとずぶ濡れのレセップが立っているのをユウは目にする。この雨の中を歩いて来たらそうもなろうという風貌だ。不満そうだがそれでいて諦めたかのような表情を浮かべている。


「レセップさん、一体どうしたんですか?」


「お前さんに伝言だ。明後日の三の刻過ぎにワージントン男爵邸へ行け。必ずだ」


「町の中ですか? なんでまた」


「理由は知らん。今回冒険者ギルドは一切関知していないからな」


「えぇ、なのに冒険者ギルドから伝言してくるんですか? 怪しすぎません?」


「無茶苦茶怪しい。が、オレには関係のないことだ。お前さんらの実績が認められたんだろうよ。おめでとう」


「全然嬉しくないですよ」


「だろうな。オレだったら言ったヤツを一発殴ってる」


 面白くなさそうにレセップがため息をついた。足元の水たまりが大きくなりつつある。


「そうだ。もう1人、トリスタンもいたな。あいつと2人で行くんだぞ。呼ばれたのはどっちもだからな」


「わかりました。後で伝えておきます」


「よし、それじゃオレは、へっくしゅ!」


 大きなくしゃみをひとつしたレセップは踵を返すと宿を出て行った。雨など降っていないかのように歩いてゆく。


 知人を見送ったユウは受け取った伝言について考えた。ワージントン男爵邸のある場所は知っている。しかし今、アーチボルトに呼ばれる理由がまるでわからなかった。ユウの側でやってもらうことはない。それとも、何か仕事でもあるのだろうか。ただ、呼び出す理由を一切告げずに冒険者ギルドを使うというのも不思議な話だ。しかも、冒険者ギルドが関わらない仕事でである。それなら庁舎の官吏が伝言を伝えに来た方がまだ理解できた。


 すっかり考え込んでいたユウは受付カウンターの奥に座っているジェナに声をかけられる。


「ユウ、あんた貴族様に目を付けられるようなことをしたのかい?」


「関わったことはありますけれど、悪いことはしていませんよ。仕事を手伝ったり、トリスタンを助けるのを手助けしていただいたり」


「だったら、何かご褒美をいただけるような話だったらいいんだけどねぇ」


「それなら自分のところの使用人を遣わしてくるんじゃないですか?」


「あたしもそう思うね。まぁ、貴族様なんてのは回りくどいことをされるもんだ。面倒なことにならなきゃいいんだけど」


 言うだけ言うとジェナは黙った。そのままじっと座り続ける。


 部屋に戻ろうとしたユウは背後にアマンダがいることに気付いた。振り向くと声をかけられる。


「宴会でもないのに呼び出されるなんて困ったもんだねぇ」


「逃げられないんでどうしようもないですよ」


「それにしても、町の中の貴族様があんたに何の用なんだか」


 腰に手を当てたアマンダが首を横に振った。そうして自分の仕事に戻ってゆく。


 自分もそれは今すぐ知りたいとユウは思った。しかし、本当に知っても良いものなのかという不安もある。


 往きよりも足取りを重くしたユウは自分の部屋に戻った。




 その日、六の刻になるとユウは安酒場『泥酔亭』へと向かった。幸い五の刻からほとんど降り止んでくれたので服は大して濡れずに済む。


 店内に入るといつもよりも強い湿気がユウの体を包んだ。馴染んでいるはずの空気が今日は少し鬱陶しく感じられる。


 微妙な表情を浮かべたユウがカウンター席に向かっていると背後からサリーが近寄って来た。両手には皿を持っている。


「はぁい。あら、不機嫌そうじゃない」


「湿気がひどいからね。いつものを頼むよ」


「わかったわ。ちょっと待っててね」


 短いやり取りを済ませるとサリーが足早に厨房へと姿を消した。それを尻目にユウはカウンター席のひとつに座る。今日も1日よく書いた。


 カウンターの奥からタビサが顔を覗かせつつ料理と酒を並べてくれたのでユウは早速食べ始める。こんな日でもエールは旨く、肉も旨く、黒パンはやっぱり硬かった。


 しばらく黙々と食べていたユウは隣の席が空き、すぐに他の誰かが座ったことに気付く。


「やっぱりここにいたな、ユウ」


「トリスタン、今賭場帰り?」


「そうだぞ。今日は少し負けて悔しいんだよなぁ。全体的に調子が良くなかったんだ」


 通りがかったエラに注文したトリスタンは再びユウに顔を向けてしゃべり続けた。朝から勝ったり負けたりを繰り返し、最後に少し負けが続いたらしい。


 今日の結果報告をしている間に再びエラがやって来てトリスタンの料理と酒をカウンターに置いた。


 最初に木製のジョッキを握ったトリスタンがユウに尋ねる。


「で、ユウはいつも通り自分のことを書いていたのか?」


「うん、書いていたんだけれど、朝にずぶ濡れのレセップさんがやって来たんだ」


「どういうことだ?」


「ワージントン男爵家からの伝言を伝えに来たんだよ」


「なんだそれ?」


 怪訝な表情を浮かべたトリスタンにユウはレセップから聞いた内容をそのまま伝えた。すると、相棒がものすごく嫌そうな顔をする。


「内容も言えないような理由で呼び出しか。まず間違いなく厄介事じゃないか」


「それは何となくわかるんだけれど、どんな類いなのかがわからなくて不安なんだ」


「俺も具体的なことは想像できないぞ。でも、変なことばかりだな」


「どの辺りが?」


「一切関係ない冒険者ギルドの職員を伝言役に使ったり、ワージントン男爵家が冒険者個人を指名したりなんかだな。そもそも、貴族が貧民を直に呼び寄せることなんて普通はないじゃないか」


「アーチボルト様がこんな呼び方をされるなんてどんな用事なのかな」


「いや、たぶん今回はアーチボルト様じゃなくて当主様の方が俺たちを呼んだんだ。アーチボルト様だったら代行役人がやって来るはずだぞ」


「それじゃ、どうしてレセップさんなの?」


「何らかの理由で冒険者が必要になったが、冒険者ギルドを経由して依頼は出せない。でも、自分たちでは直接呼び出せないから冒険者ギルドの職員に伝言役だけ頼んだ、って感じか」


「自分たちで直接呼び出せない理由ってなんだろう?」


「それを隠さなきゃいけないから冒険者ギルドにも一切関知させていないんだろうな」


「しかも絶対に行けだなんて」


「ろくでもない感じしかしないな」


 しゃべるのをやめたトリスタンがため息をついた。次いで木製のジョッキを呷る。


 隣でユウは手と口を動かし続けていた。そして、一旦口の中を空にすると顔を下に向ける。


「駄目だ、いくら考えてもわからないや。もうこれは当日聞くしかないよ」


「その通りなんだが、世の中には聞いてからでは遅いということがあるんだよなぁ」


「怖いことを言わないでよ」


 あえて目を逸らしていたことを突き付けられたユウは泣きそうな顔をした。最近は厄介な仕事や面倒な仕事が続いたが、今回は特にその予感が強い。それだけに不安が膨らむ。


 ユウとトリスタンはその後言葉少なげに食事を進め、すぐに宿へと戻った。

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