貴族子弟の過激化
暦の上では10月になった。気候は連続しているので昼間はまだ若干汗がにじみ出ることもあるが、朝晩はそろそろ涼しくなってきている。
過ごしやすい気候はユウとトリスタンも歓迎するところだ。毎日汗だくになるくらいなら多少肌寒い方がましという考えである。
そんな2人はこの日も夜明けの森で魔物狩りをしていた。襲ってくる魔物を倒し、出会った冒険者とすれ違い、そして貴族子弟を避ける。余計な負担があるのは厄介だが、稼ぎは悪くない。この時期にしてはだが。
1日の終わりが近づくと2人は森の際へと向かって歩く。ユウの体質上、日帰りであることを求められるからだ。木の上に登れば魔物の襲撃頻度が下がることは知っているが、今はそこまでして連泊で魔物狩りをする動機もないという理由もある。
「今日も1日が終わったな、ユウ」
「まだ森の中だけれどね。必要なだけ魔物を狩れたけれど、これからは厳しいかも」
「例の貴族様の件か?」
「それもあるけれど、もっと影響の大きなことだよ。日照時間、日の出から日の入りまでの長さ」
「ああ、あれかぁ。確かに自然現象はどうにもならないよな」
「僕たちは毎日日帰りだから、往復する時間を除いたら狩りの時間って限られるでしょ」
「確かに。それなら、もっとぎりぎりまでやるか? それとも日の出前から出発して、日没ぎりぎりまで魔物狩りをするとか」
「今はまだそこまで考えなくても良いと思う。夏にやった貴族様の仕事の報酬が丸まる残っているから焦る必要はないよ。それに、生活費が足りないなら森に入る日数を増やせば良いんだし」
「夏以降の休暇期間ってすっかり長く取っているもんな、俺たち。半月ちょっとか」
「その休暇を10日くらいに減らしたら冬でもやっていけると思うよ」
相棒に説明をしているユウはそのような計算をしていた。今の2人ならば日々の生活だけを見るとこれでやっていけるのだ。もちろんほぼその日暮らし状態なので蓄えを求めるとなると更に働く必要がある。だが、見方を変えれば労働日数を増やすだけで問題が解決するのだ。他の冒険者たちよりも恵まれていると言えるだろう。
貴族子弟の仕事を終えて以来、なぜこんなにのんきな生活を送っているのかだが、ユウの場合は自伝の執筆を進めるためだ。7月にアドヴェントの町に帰郷するところまで書いて以来、これを今年中に現在に追いつかせようと決めたからである。その結果、秋にその目的を達成できそうなところまで漕ぎ着けたのであった。
ともかく、今の2人は余裕がある。それを活かして生活していた。
森の際から外に出た2人は草原を歩き、解体場の脇にある買取カウンターへと向かう。ここで魔物の討伐証明部位を換金してこの日の仕事は終了だ。
原っぱの上で背伸びをした後、トリスタンがユウに話しかける。
「ユウ、そろそろレセップに会いに行く頃じゃないのか?」
「え? そうだっけ?」
「9月に入ってから大体2週間ごとに貴族様の仕事関連の話を聞いていただろう」
「そうだったね。もうそんな時期かぁ」
「最初はそんなの聞く必要なんてあるのかと思っていたが、あっちの状況が確実に変化しているんだもんな。聞いて置いた方がいいぞ」
「そうだね。だったら今から行こうか」
最近ではトリスタンも貴族子弟の動向は気になるようで、今回はユウを誘った。もちろんユウもその重要性を認識している。相棒の意見にすぐ賛成した。
歩いて冒険者ギルド城外支所に着いた2人は建物の中に入る。屋内は森から帰ってきた冒険者などで混雑していた。その脇を通り抜けて頬杖を付いている受付係の前に立つ。
「こんにちは、レセップさん」
「どうした? 今回も例の貴族様関係のことを聞きたいのか?」
「はい、そうです。前から変化したことはありますか?」
「あるぞ。色々と面倒なことになってやがる」
ずっと頬杖をしたままのレセップが面白くなさそうに返答した。それから説明を始める。
「前回は確か、貴族様のご子息が倒した魔物の数を競うようになったことを話したっけな」
「あと、依頼を引き受けなくなった中堅の冒険者パーティがいることもですね」
「そうだった。で、その後なんだが、状況は更に悪化してやがるんだ。負けず嫌いのヤツは貴族様の中にも当然いて、そういった連中が何度か森に入ってるうちに冒険者を雇わなくなったんだよ」
「そういう貴族様、少し前に見かけたことがあります」
「だろうな。最近はそんな連中、おっと、そんな方々ばっかりになっちまった」
「みんなのめり込んでいったわけですか」
「いや、一部だ。というのも、先月の後半辺りから森に入るご子息の数が減ってきたんだよ。アーチボルト様に町の中の様子を確認したところ、どうやらついていけなくなったご子息は森の中へ入るのを止めたようなんだ」
「今まで聞いた話で一番良い知らせを聞いたかもしれないですよ」
「喜ぶのはまだ早いぞ。何しろそれでも森に入るご子息ってのは、つまり色々と性格に難があることが多いってことだからな」
にやりと笑ったレセップにユウは顔を引きつらせた。森に入ってほしくない貴族子弟ばかりが残ったということになる。確かに喜べない話だ。
言葉を返せなくなったユウに代わってトリスタンがしゃべる。
「それで、他にも困ったことがあるんだろう」
「ああ、ここまでは前提の話だからな。本題はここからだ。まだ森に入ってる困ったご子息たちなんだが、少し前から自分の狩り場を勝手に設定して冒険者を追い払うようになった」
「その話は知り合いから聞いたぞ。泣く泣く引き下がったらしい」
「お前たちの周りにも被害者がいるのか。他にも、他人の成果を奪おうとするご子息まで現われたときたもんだ」
「貴族同士のやつなら見たことがあるぞ。アーヴィングという貴族様が別の貴族様から取り上げようとしていたな」
「噂の問題児、じゃなかった、ご子息だな。お父上が町の重鎮だから厄介なんだ、これが」
「それ、暗に解決できないと言っていないか?」
「どう受け取るかはそっち次第だな。で、当然そんな無茶が簡単に通るわけもなく、喧嘩や決闘に発展することもあるわけだ」
「待て、だったら町の中でも問題になっているんじゃないのか?」
「森の中だと大抵は当事者しかいない上に、証言は立場が上の人物の方が尊重されやすいんだよ。そして、貴族社会では上下関係ってのは割と厳しいんだ。お前も貴族なら知ってるだろ?」
「やっぱりあのときすぐに逃げたのは正解だったな。だったら冒険者なんて無条件で魔物の部位を差し出すことになるじゃないか」
「おーさすが、勘が良いな。いや、同じ身分にいたから知ってると言った方が正しいか。そんなわけで被害に遭った冒険者から不満が出てきてこっちも頭が痛いわけだ、くそったれめ」
渋い顔をしたレセップが吐き捨てるように言った。次第に感情を隠さなくなってきてる。
今度はトリスタンが閉口した。代わってユウがレセップに尋ねる。
「それで、やられた貴族様はまた意地になって森に入るわけですか」
「いや、痛い目に遭って目が覚めたのかどうかは知らんが、ひどい目に遭ったご子息は森の中に入るのを止めていくらしい。自分が怪我をしたりお気に入りの従者が死んだりしたのに、ほとんど仕返しも訴えることもできないからかもな」
「それは確かに嫌になりますよね。でもそうなると、今森の中に入っている貴族様の数はごく少ないんですか?」
「ああ、当初に比べたらもう一握りだぞ。どいつも筋金入りのバカ、じゃなくて困った方々だが」
「そういえば、貴族様は今、自分の従者とだけで森に入って入るんですよね。知り合いが浅い場所でしか活動していないと言っていましたが、もっと奥に行った方はいるんですか?」
「まだ確定してないが、未確認情報でだといるらしい。複数の従者に天幕を持たせて森に入ったという報告が上がってきてるんだ」
「それってもう確定じゃないんですか?」
「浅い場所で野営してる可能性もあるからな。まだはっきりとはわからん。まったく、自分たちの力量を見誤って奥に深入りしてもこっちは助けられないってのに。森の中は町の中とは違うんだぞ」
まるで目の前にいる貴族子弟に文句を言うかのようにレセップが愚痴を吐いた。実際、普段森で活動している冒険者も油断をすれば全滅してしまうことがある。それこそ何年も森で魔物狩りをしている中堅冒険者であってもだ。毎年発生する行方不明者や死者には慣れた熟練冒険者もいる。まだ森に入っている貴族子弟はそれが理解できていない。
冒険者同士でも地元とよそ者で軋轢があるので頭が痛いとレセップは更に漏らす。そのことはユウとトリスタンも実感していただけに、同じように頭を抱えた。




