不穏になる森の中
1週間以上休んだユウとトリスタンは夜明けの森で魔物狩りを再開した。気力体力共に充実しているので実に快調だ。ユウの体質のおかげで魔物には困らないで次々に倒してその部位を削ぎ取ってゆく。
また、その間に森の中で他の人々を見かけることもあった。大抵は同業者で、見知った者なら声をかけ合い、知らなければそのまますれ違う。相変わらずよそ者と呼ばれる冒険者たちからの反応は悪いが、今のところはそれだけだ。
何もないのであれば現状を維持するしかない。2人はいつも通り魔物狩りを続ける。
そんなある日、2人は珍しい光景を目にした。1人は真新しい武具を身につけた貴族の子息で、それに対して従者らしき者たちが3人付き従っている。
「トリスタン、あの4人組、冒険者が周りに見当たらないよね」
「そうだな。俺もいるようには見えない。もしかして雇っていないのか?」
「だから従者の数が3人に増えているんだ。でもどうして」
「もしかして、もう自分たちだけで森に入れるという自信を付けたのか」
「あれってまずいんじゃないかな。絶対に冒険者と揉めるよ」
自分たちに気付くことなく別の方向へ去って行った貴族子弟の集団を見てユウとトリスタンは表情を曇らせた。冒険者が同行していれば説明するなり止めるなり間に入るなりとしてくれるが、いないとなると正面からぶつかりかねない。そうなった場合の結果はいくつかあるが、いずれにしてもまずいことになる。
ただ、今の2人には何ともしようがなかった。貴族子弟を止められるような方法はないし、冒険者に遠慮しろとも言えない。何とも嫌な感じだ。
また別の日にはもっとひどい光景を目にすることになる。言い争う声を聞いた2人は何事かと近づいてみると、何と貴族子弟同士が揉めているのだ。少しの間その声を聞いていると、焦げ茶色の髪の陰湿そうな子弟がもう片方の子息より魔物を狩った成果を取り上げようとしている。
冒険者と貴族の争いは予想していたユウだったが、まさか貴族同士が争うとは考えもしなかった。しかし、これは放っておくべきなのかそれとも声をかけるべきなのか迷う。どちらも正しく、どちらも間違っているように思えた。
どうするべきかユウが悩んでいるとトリスタンが小声で話しかけてくる。
「ユウ、今すぐここから立ち去るぞ」
「放っておいて良いの?」
「理由は後で話す。早く」
理由はわからないものの、相棒が急かせる姿を見てユウはうなずいた。そのまま貴族子弟たちに気付かれないようにその場を離れる。
あの場所を立ち去ってからユウは無言でトリスタンの後に続いた。どのくらい離れれば良いのかわからないのでしばらく黙っている。すると、トリスタンが立ち止まったのでユウも合わせた。
振り向いたトリスタンにユウは話しかけられる。
「とりあえずこのくらい離れればいいだろう。危なかったな」
「一体何が危なかったの? えっと、良くないというのは何となくわかるんだけれど」
「あの場で見つかっていたら、俺たちの魔物の部位を取り上げられる可能性があったんだ」
「え、僕たちの?」
「そうだ。さっきのアーヴィングっていう方の貴族様だが、あいつは自分の地位を笠に着て下の連中のものを取り上げるだろうからだ。成果物を要求されていた方だって貴族様なのに、自分の方が立場が上という理由で取り上げようとしていただろう。あの様子じゃ、俺たち冒険者なんて差し出して当然だと思っているはずだ」
「なるほど、言われてみると確かにそう思えてくるよ」
「それにしても、まずいな。あんな貴族様も森の中に入っているのか。これは絶対に問題になるぞ」
「城外支所はこのことを知っているのかな?」
「知っていても事件になっていなければ手出しはできんだろうし、事件になっていても簡単には手出しできないと思うぞ。本部は貴族寄りだしな」
トリスタンの説明を聞いたユウは肩を落とした。今後は近づいて来る人影が冒険者か貴族子弟かを見分けて対処しないといけないわけだ。面倒なことこの上ない。
やっぱり厄介なことが増えたとユウはため息をついた。
貴族同士の争いを目撃した翌日、ユウとトリスタンはいつものように夜明けの森で魔物狩りをしていた。狩りそのものは順調で満足行くものである。
しかし、昨日判明した接触しそうになる人物の見極めという問題が厄介だった。相手が貴族子弟である場合、やり過ごす必要があるからだ。
随分とやりにくくなったものだと2人して嘆いていると、左側から何者かが近づいて来た。思わず緊張した2人だったが、火蜥蜴一行だと知って安心する。
「よう、ユウじゃねぇか。って、なんでそんな安心してんだ?」
「ローマンたちで良かったって思っていたところだからだよ」
「なんだそりゃ? 何かあったのか?」
「昨日ちょっとね。実は」
理由を問われたユウは昨日見た貴族子弟同士の争いについて説明した。話せることは大してなかったが、それでもクリフたちの表情は硬くなる。
「ユウの話がマジだとするとヤベェな。クリフ、どうするんだ?」
「どうするもなにも、貴族様を避けるしかねぇだろ。ただ、そんなこといちいちやんのはめんどくせぇなぁ」
「クリフ、貴族様の仕事は最近どうしているの?」
「あーあれ、もうやってねぇんだわ。確かにカネにはなるが、オレたちには無理だ。特に最近は。さすがに殴るわけにもいかねーしな」
「今まで貴族様だけの集団は見たことあるの?」
「一応あるぞ。まだ浅い場所だけしか来てないみたいだから俺たちとは狩り場が重ならねぇが、駆け出しはまずいかもしれん」
ユウの問いかけにクリフは難しい顔をして答えた。もう少し話を聞くと後輩で狩り場が重なる可能性のあるパーティがあるらしい。そういう後輩が厄介なことに巻き込まれることを懸念しているということだった。
その後もいくらか話をして、今後も情報交換を密にするということで話を締めくくる。結局、このときは明るい話題は出なかった。
夜明けの森で知り合いのパーティと話をした2日後、ユウとトリスタンは次いで別のパーティと出くわした。黒鹿だ。最初に姿を現わしたマイルズが2人に声をかけてくる。
「お、ユウにトリスタンか。森の中で会うのは久しぶりだな」
「そうだね。そっちは今から奥へ行くの?」
「そうなんだ。これから一仕事さ。お前たちはこの辺りでやってるのか」
「うん。この浅い場所でも僕の体質なら稼げるからね」
「羨ましいぜ」
「でも、最近は喜んでもいられないんだよ。貴族様の件でね」
肩をすくめたユウは数日前に見た貴族子弟同士の争いについて説明した。あれからは遭遇していないが、常に気を配っているのが大変だと付け加える。
話を聞いたマイルズたちもうんざりとした表情を浮かべた。エディが2人に話す。
「お前らも見たのか。オレたちもムカツクことをされたぜ。最近は貴族様が自分たちの狩り場だと主張するようになったんだよ」
「どういうこと?」
「そのままだよ。この辺りは自分たちが魔物を狩る場所に決めたから冒険者は出ていけって言われるんだ」
「そんな無茶苦茶な。ここは領主様に魔物狩りを認められた場所なのに」
「貴族である自分たちの方が偉いから貧民は命令に従えだとさ、けっ」
話しているうちに腹が立ったらしいエディが地面を蹴りつけた。通り抜けるのも駄目らしい。
一方、トリスタンはテリーと話をしている。
「今の話、やっぱり言われたら引き下がったのか?」
「悔しいけどね。下手に逆らうと後でどうなるかわからないから」
「ああそうか、そうだよな。でも、そんなことをされたら仕事にならないだろう」
「今のところは。でも幸い、貴族様はまだ森の浅い場所でしか活動していないからオレたちの狩り場と重ならないんだ。それが救いだね」
「待ってくれ、今の話、なんだかおかしくないか?」
「ああごめん、貴族様に邪魔されたときは後輩の指導をしてたときなんだ。だから浅い場所で活動してたんだよ」
「でもそうなると、駆け出しのパーティがやりづらくなるな」
「これから魔物の数はもっと減っていくっていうのにね。迷惑だよ、正直」
隣でも暗い話をしていることを知ったユウは表情を曇らせた。そして、まだ聞いていなかったことを思い出す。
「エディ、その様子だともう貴族様の仕事はしていなさそうだね」
「ああ、さすがにやってないよ。こっちにも我慢の限度ってのがあるからな。それに、あちらも俺たちは必要なさそうだし、最近はあの手の仕事はあんまりないんじゃないか?」
意外な話を聞いたユウは目を見開いた。貴族子弟だけで森に入るようになるということは冒険者への依頼が減るということだ。
実際のところ一体どうなっているのか話していてユウは気になった。




