路上の狂犬
残暑の季節も半ばを過ぎると秋の気候に近くなる。1ヵ月前に比べると日差しは明らかに柔らかくなり、気候も暑苦しくなくなってきていた。少し広めの日陰などは単に日差しが届かないというだけでなく、涼しさも提供してくれるようになる。
それでも残暑というだけあってまだ暑い。日向を歩けば汗が滲む。特に汗かきにとってはまだ夏が続いていると言って良かった。
9月後半の休みに入ったユウとトリスタンは幾分か和らいだ暑さと共存しながら過ごしている。相変わらず汗は出てくるが、以前のように垂れ流れてこないのが喜ばしい。
この日もユウは1日中部屋にこもって自伝を書いていた。もはや日課と言うべきものになっているのだが、実のところ今月に入ってペンを握る手に力が入ってきている。いよいよ終わりが見えてきたのだ。自伝が完結するという意味ではなく、現在により近い時期のことを今は書いていた。このまま書けば再来月中には追いつく予定である。
そんな調子良く書いているユウは今日も六の刻の鐘の音を耳にした。夕飯時である。調度きりの良いところまで書けたこともあってペンを置いた。立ち上がって背伸びをする。
「ん~、はぁ。食べに行こうか」
1人つぶやいたユウは部屋を出ようとした。すると、先に扉が開いてトリスタンが中に入って来ようとする。
「おっと。ユウ、今から出かけるのか?」
「夕飯を食べに行こうと思っていたところなんだよ。トリスタンもかな?」
「ああ。お前を呼びに来たんだよ。今から行くんだったら一緒に行こうぜ」
誘われたユウは笑顔で承知するとそのまま部屋を出た。受付カウンターで鍵を返すとトリスタンと共に宿屋街の路地を歩く。
「お腹空いたなぁ。早くお店に行かなくちゃ」
「ユウ、前から聞きたかったんだが。あの自伝っていつになったら書き終わるんだ?」
「書き終わるのは僕がペンを置くまでだからまだずっとかかるよ。でも、もうすぐ一区切り付きそうなんだ」
「この町に戻ってきたことは前に聞いたが、別の区切りがあるのか」
「今書いているのが去年のことだから、もうすぐ今現在に追いつくんだよ」
「え、ついに追いつくのか?」
「そうなんだ! 再来月には今に追いつくはずだよ。書く時間があればだけれど」
「おお、ついにかぁ」
今まで旅の途中でも少しずつ書いていたことを知っているトリスタンは感慨深げに言葉を漏らした。暑いところでも寒いところでも、宿の個室でも安宿の大部屋でも書いている姿を見てきたのだ。仲間の偉業を称える気持ちは当然ある。
「良かったなぁ。これでようやく落ち着けるってもんじゃないか」
「そうだね。再来月からはもう急がなくても良いんだよ」
「で、その空いた時間は何をするんだ?」
「え? 何をって、なんだろう? うーん、昔だと鍛錬をしていたかなぁ」
「お前は休むということを理解できていないんじゃないのか」
首をひねりながら返答するユウに対してトリスタンが苦言を呈した。呈されたユウは微妙な顔をする。
そんな2人は安酒場街に差しかかった。既に六の刻を過ぎているので人通りが多い。
このままいつもの酒場へと向かおうとしていた2人だったが、途中でその移動をさえぎられてしまう。人の争う声が聞こえてきたかと思うと人の流れが滞ったのだ。
ほぼ動かなくなった周囲の人々に交じって2人も前方を見ようと首を伸ばす。
「また喧嘩だね。最近多いなぁ」
「うちひとつは自分たちでやったやつだけれどな」
「あんな無茶苦茶な因縁、避けようがないじゃないの」
「確かにそうだったが。ところで、また喧嘩を見ていくのか? それとも迂回するか?」
「とりあえず見ていこうか」
誰が喧嘩をしているのかが気になったユウはトリスタンに見物を提案した。周囲で歓声と罵声を浴びせる野次馬の間をすり抜けてゆく。ようやく騒乱の場が見える所までやって来ると殴り合っている者たちに目を向けた。
10人程度が入り乱れている結構大きな喧嘩だが、身なりから冒険者だとわかったので相応の規模だと理解する。どうやら6人パーティと4人パーティで戦っているようだ。
肝心の喧嘩をしている者たちの顔だが、これを見てユウが目を見開く。
「デレクにジャレッド、エドガーとグレームも。狂犬じゃないか」
「相手はこの前喧嘩した連中だぞ、ユウ。あいつら懲りていなかったのか」
喧嘩している10人の顔ぶれを見てユウとトリスタンは顔をしかめた。どちらも知っている者たちである。しかも、数の上で不利なデレクたちが押されていた。体格に優れるエドガーとグレームが2人を相手取り防戦一方になっており、デレクとジャレッドがそれぞれマイケルと呼ばれた男ともう1人の胡散臭そうな小柄な男と戦っている。
こうなると無視できない。ユウがトリスタンに声をかける。
「トリスタン、加勢しようか」
「さすがに見なかったことにはできないからな」
まさか1ヵ月も経たないうちにまた喧嘩をすることになるとは2人とも思っていなかった。どちらも小さく気合いを入れると喧嘩場に入る。
突然の乱入者2人に喧嘩していた10人は動きを止め、周囲の野次馬は騒然となった。
最初に反応したのは狂犬の4人だ。全員の表情が明るくなる。
「おあ、ユウ!」
「おお!」
「よっしゃぁ!」
「加勢してくれるんすか!」
1人グレームの性格がいつもと違ってやたらと攻撃的だが、それ以外の3人はいつも通りだ。不利だっただけに士気が一気に上がる。
一方、相手の6人は呆然とした後に、悔しそうな顔つきや困惑した態度、それに腰が引けた様子となった。それぞれの反応は異なるが、明らかに気勢を削がれているのがわかる。
その中で赤みがかった金髪で険のある顔のマイケルが最初に立ち直った。怒りで顔を赤くして叫ぶ。
「テメェ、すっ込んでろよ!」
「この4人は知り合いだから放っておくわけにはいかないんだ。それに、僕たちが加勢しても6対6だから構わないでしょ。それとも、互角の状況だと喧嘩もできないの?」
「ちくしょう、やってやらぁ!」
ユウの返答にやけくそ気味な返答をしたマイケルがデレクに突っ込んで行った。喧嘩の再開である。
乱戦は4対6から6対6へと変化した。つまり、1対1である。デレクとジャレッドは元からの相手と再び殴り合ったので、ユウはエドガーが引き受けていた1人と対戦した。
先日1度戦っている相手と再戦したユウは似たような感じで倒す。特に対策をされたわけでもないのであっさりとしたものだった。トリスタンは初めて戦う相手だったようだが、それでもあまりかからずに終わらせる。
こうなると後はデレクのパーティとマイケルのパーティの一騎打ちだ。8人全員が勝つべく必死に拳を振るう。それを見る野次馬の声は一層大きくなった。
真剣勝負の行方は、まず巨漢同士で戦っていたグレームが制したことで天秤が傾く。殴られても構わず殴り返し続けて、最後は体力の削り合いに勝利するという野次馬からすると見応えのある喧嘩だった。
次に決着を付けたのはエドガーだ。精悍な顔つきを若干腫らしつつも、その引き締まった体に見合った技と力で相手を制する。こちらは技巧的な戦いで野次馬を湧かせた。
その次に勝ったのはジャレッドである。途中まで優勢に戦っていたところ、ネイトと呼ばれた胡散臭そうで小柄な男がダガーを抜いた。そこでジャレッドは地面の土や砂を蹴り上げて目を潰してから襲いかかって制圧したのである。
最後はデレクだ。こちらは戦いが長引いた。どちらも拳を応酬したのでひどい顔つきになっている。両者足腰にそろそろきているのかふらつき始めていた。しかし、リーダーの自分だけが勝てないというのは格好が付かないと思ったのだろう、決して諦めずに戦い抜く。そうしてついに対戦相手のマイケルを倒した。
ようやくすべての決着がついたことでユウは肩の力を抜く。
「デレク、よくやったよ」
「お、おう、いてて」
「どうする? 宿に戻る?」
「さ、酒場に行く。酒を飲むんだ」
「絶対にしみるよ、それ」
「いいんだ。勝利の酒を飲むんだからよ」
デレクが意地になっているように見えたユウは苦笑いをした。それでも当人が望むのならば連れて行くしかない。
他の3人にもユウは声をかけて回った。トリスタンと共に怪我の具合を見てやる。幸い、ひどい箇所は見当たらない。ただ、しばらくは痛むだろうとは告げておく。
集まっていた野次馬が歓声を上げる中、デレクたち4人はそれに答えながら歩き始めた。ユウとトリスタンもその後に続く。デレクにはエドガーが肩を貸していた。傷が痛むらしく、デレクはしきりに顔をしかめながら歩く。それは他の3人も大なり小なり同じだ。
野次馬が散ってゆく中、6人の姿は路上の奥へと消えていった。




