商人貴族の魔物狩り
ワージントン男爵家で4人の貴族子弟と面会をした翌朝、ユウとトリスタンは三の刻頃に町の南門の外側に向かった。入場は始まったばかりで行列は長く、後ろの方で待つ人は当分入れそうにない。
検問所の様子を見ながら2人が跳ね橋近くの原っぱで待っていると、門の奥から昨日会った人物が現われる。カルヴィンとその従者だ。
貴族家の長男であるカルヴィンは上質な織大鉄革鎧を身に付け、腰に短剣を佩いている。一方、従者は硬革鎧に槍という姿だ。もちろん冒険者が持つものよりもずっと上等である。
何となくロウトン男爵家のボールドウィンよりも装備が良いように見えることに驚きつつもユウは2人を出迎えた。まずは声をかける。
「おはようございます、カルヴィン様」
「今日は頼む。あんまり厄介な魔物はそちらで対処してくれ」
「わかりました」
カルヴィンの要求にユウはうなずいた。レセップから聞いた話によると商人上がりだと馬鹿にされないために泊付けをしたいとのことだが、どうもその目的を達成できれば良いらしいことがわかる。魔物との戦いは最低限度で良いようだ。
聞いた言葉から今回の依頼者について想像しながらユウはカルヴィンを解体場に案内した。強烈な悪臭にカルヴィンとその従者が顔をしかめる。
「夜明けの森に行くんじゃないのか? こんな所に来て何をするつもりだ」
「僕たちはまだお2人の力量を存じ上げませんので、ここで1度模擬試合をさせてください。試すようで失礼ですが、お2人のことをある程度把握して正しく先導したいのです」
「私も試すのか?」
「カルヴィン様が最も重要なのです。どの程度の魔物が厄介の範囲に入るのかを知りたいので」
「仕方ないな。いいだろう」
「では、僕と従者殿、トリスタンとカルヴィン様で対戦します。木製の武器を持ってきますのでお待ちください」
雇い主の許可を得たユウは解体場の倉庫にある木製の武器を取りに行った。そうして剣と槍を2本ずつ持ってくる。
最初に対戦したのはトリスタンとカルヴィンだ。両者木製の剣を持って対峙する。あくまでも力量を推し量るための試合で勝敗は関係ないと最初に断ってあった。
先に仕掛けたのはトリスタンである。最初は小さくゆっくりと攻め、次第に動きを大きく早くしていった。それに対してカルヴィンは後半になるほどうまく対処できなくなっていく。だが、上等な防具の頑丈さを活かしてトリスタンの攻撃を受け流してたまに反撃をしていた。
ある程度戦ったところでユウが終了を宣言する。
次いでユウと従者の対戦だ。両者やりに見立てた木製の棒を持って対峙する。
始まると同時に攻めたのはユウの方だった。小刻みに木製の槍を突いていく。それを受けて従者は次々と反撃していった。堅実に小さく攻め返してくる。
こちらもある程度戦ったところでトリスタンが終了を宣言した。
4人が再び集まるとユウが口を開く。
「カルヴィン様、ありがとうございます。大体のところは把握しました。以後はこの判断を基準に森の中で行動いたします。尚、従者の方の動きは問題ありません」
「私はどうだったんだ?」
「鎧の特性を活かして戦っていらっしゃったのがわかりました。あの様子ですと剣もそうなのでしょう?」
「まぁそうだな。せっかく高い武具を買い与えてもらえたんだ。存分に使うべきだろう」
「それでは、借りてきた道具を片付けてきますので、その後出発しましょう」
全員から木製の武器を集めたユウは解体場へと再び入った。やはりすぐに戻ってくる。
必要なことを知ったユウとトリスタンは依頼主の主従を先導する形で夜明けの森へと向かった。町から離れて草原を歩き、そうして森の際までやって来る。そうしてそこで立ち止まった。
懐から瓶を取り出したユウはそれをカルヴィンとその従者に見せる。
「これは虫除けの水薬と言って、森の中にいる羽虫を追い払う効果があります。臭いがきついですが、効果は確かですので肌が露出している顔などに塗ってください」
「こ、これをか? かなり臭いな。さすがにこれは塗りたくないぞ」
蓋を開けたユウが手に持つ瓶に顔を寄せたカルヴィンとその従者が顔をしかめた。解体場から発せられる悪臭とはまた別方向だが、きつい臭いには違いない。
結局、ユウとトリスタンは虫除けの水薬を塗ったものの、カルヴィンとその従者は塗らなかった。そうして森の中へと入る。
森に入った直後は何ともなかった主従2人だが、ある時を境に羽虫が寄り付くようになった。1匹や2匹ならばともかく、数十匹以上となるとさすがに無視などできない。
たかられたカルヴィンが悲鳴を上げる。
「ぶわっ、ぺっ! こいつら!? 口にも入ってくるじゃないか!」
「どうします? 一旦戻って虫除けの水薬を塗りますか?」
「塗る、塗るぞ! 早く外に出よう、ぶはっ!」
叫んでいる間にも虫にたかられ続けるカルヴィンが真っ先に森の外へと向かった。続いて従者が追いかけて行く。その後をユウとトリスタンが歩いた。
すぐに森の外に出た主従2人はユウとトリスタンから虫除けの水薬が入った瓶を受け取るとそれを顔に塗り始める。実に嫌そうな顔だ。それを見ていたユウは曖昧な笑みを浮かべ、トリスタンは同情の眼差しを向けた。
依頼者2人が充分に水薬を塗ると、ユウとトリスタンは再び森の中へと入る。今度こそ奥へと向かうのだ。水薬で意気消沈していたカルヴィンとその従者もある程度やる気を回復する。
戦う準備ができると4人は一塊になって動いた。ユウは魔物が現われたら後方へと下がる予定だ。魔物の数を調整する必要がある場合や不測の事態が発生したときは逆に前へ出る。
前回の依頼で確立した方針を元にユウは森の奥へと進んだ。1回休憩し、2回目の後、犬鬼が2匹やって来る。
「カルヴィン様、犬鬼2匹が来ます。今からあれを従者殿と1匹ずつ分けて倒してください」
「いいだろう。やってやるぞ」
戦いの指示をユウが下すとカルヴィンが従者と共に前に出た。犬鬼との距離が一気に縮まり戦いが始まる。
どのような戦いが繰り広げられるのかとユウがトリスタンと共に見守っていると、模擬試合の時と同じ戦い方をカルヴィンは繰り広げた。先手を取られながらも上等な防具の頑丈さを活かしてその攻撃を受け流し、高価で質の良い剣を使って確実に傷を負わせて相手を弱らせていく。ある意味見ていて面白い。
やがて勝負はついた。最初こそ人間以外の生き物を相手に戸惑っていたカルヴィンだが、慣れると装備の質で魔物を圧倒したのだ。
魔物を倒したカルヴィンは戦いが終わると肩で息をしていた。そんな依頼者にユウとトリスタンが近づく。
「お見事です」
「魔物というのは容赦がないな。本気で殺しにかかってくる」
「獣相手も似たようなものでしょう。人間の都合なんて考えてくれませんから」
「そうだな。この武具がなければ危なかったか」
「しかし、その武具があるなら大丈夫でしょう。今後はあの程度の魔物を誘導しますから、順番に倒していってください」
「わかった」
「それと、魔物を倒したということを帰ってから証明するために、その一部をそぎ取りましょう」
話を次の作業へと進めながらユウはナイフを取り出して魔物の討伐証明部位をそぎ取る実演をしてみせた。そうしてカルヴィンとその従者に勧めたが、2人とも嫌そうな顔をして拒絶してくる。
この反応を予想していたユウは苦笑いしながらこの作業を引き受けた。トリスタンと共に部位を切り取って袋に入れる。
以後は同じことの繰り返しだ。ユウが体質を利用して魔物を誘因し、カルヴィンとその従者がそれを倒し、トリスタンが周囲の警戒と魔物の数の調整をした。この分担はうまくいき、順調に主従2人は魔物を倒してゆく。
やがて頃合いを見たユウが町への帰還をカルヴィンに促した。魔物の討伐証明部位を入れた袋はある程度膨らんでいたからだ。同意を取り付けると4人で森の端まで出る。
「今日はお疲れ様でした。初めてにしてはなかなかのものです」
「そうか、ならいい。で、明日もやるのだな」
「はい。今朝と同じように南門の外で三の刻に合流しましょう。それと、この魔物の部位をお持ち帰りください。肉が付いているのでよく洗ってからご友人に見せてください」
町の南門の外までやって来たところでユウとトリスタンはカルヴィンと別れた。魔物の討伐証明部位が入った袋は従者に引き渡す。
翌日も2人はカルヴィンとその従者を連れて夜明けの森の中へと入った。やることは変わらず、前日と同じように魔物を1匹ずつカルヴィンに誘導する。
カルヴィンも上質な装備にものを言わせて戦った。そうして何とか魔物を倒してゆく。
2日目が終わったとき、カルヴィンは疲れ果てていた。




