領主に連なる男爵家
冒険者ギルド城外支所で指名依頼があることを知ったユウとトリスタンは翌日ワージントン男爵家へと向かった。そして、すぐに対応してくれたアーチボルトから去年関わった仕事を成し遂げたことで領主様に覚えめでたくなったと礼を述べられる。
意外なことを聞かされて驚いた2人だったが、その後更に驚くことになった。指名依頼を出したロウトン男爵家の当主フィランダーは非公式の依頼に関わっていたらしく、その関連で2人の存在は領主から聞かされていたらしい。そして、その冒険者である2人と関わりがあるアーチボルトに相談を持ちかけたというわけである。
「貴族にとって人を使うときに大切なのは信用と信頼なんだ。能力という意味でなら確かにどの冒険者も信用できるだろう。でも、当人をどれだけ信頼できるかとなると話は変わってくるんだ。ユウ、この場合決め手になったのは君の隣にいるトリスタンだよ」
話を聞いていたユウは顔を隣に向けた。驚いたトリスタンが姿勢を正す。
「前にトリスタンが貴族であるかどうかを調査したことがあっただろう」
「『偽造とは思えない』というアドヴェントの町での正式な鑑定結果の書類を発行してもらいましたよね。俺の身分証明書に」
「そう、あれが決め手になったんだ。他の冒険者は貧民なのが確実なのに対して、君は町がそうではないかもしれないと正式に判断した。この事実は決定的なんだ。特に領主の縁者であるロウトン男爵家にとってはね。この町の他の貴族だとそこまでこだわる必要はないけれど」
思った以上にしっかりとした理由があることにユウは驚いた。そして、予想以上に面倒だなとも思う。町の中の商人ならばともかく、町の外で生きるユウとしてはあまり関わりたいとは思えなかった。
大変なことになったなと思っていたユウだったが、そこで大問題をひとつ思い出す。かなり致命的な問題だ。
目を見開いて固まったユウにアーチボルトが怪訝そうな顔を向ける。
「ユウ、どうした?」
「絶対とは言い切れないですが、依頼者の希望する内容によっては僕だと引き受けられないかもしれないことを思い出したんです」
「一体どんなことなんだ?」
「実は僕、魔物を引き寄せる体質らしくて夜明けの森に入ると魔物に襲われやすいんです」
「なんだって?」
今度はアーチボルトが固まった。そんな青年貴族にユウは自分の体質と事情を話す。
話を聞いたアーチボルトは頭を抱えた。呻くようにつぶやく。
「その話を知っていれば、しかし今更」
「事情を説明して諦めてもらうことはできませんか?」
「できるできないで言えばできるだろう。しかし、そうなるとワージントン男爵家の面子がだね」
「ユウ、実戦実習の要領で日帰りにしたらどうなんだ? あれなら森の奥に行くより安全で、ユウの体質によって適度に魔物が襲ってくるだろう」
「それならまだ何とかなるかな? アーチボルト様、そのボールドウィン様というご子息は夜明けの森の中に入って魔物を倒したいだけなんですよね? 森の奥に行きたいということはおっしゃっていない?」
「そうだ、単に森の中に入って魔物を倒したいとだけしか私も聞いていない。それに、森の中で1泊することは私も考えていなかった。あちらも日帰りを想定されているはず」
「でしたら、日帰りで森の浅い場所に行くことをこちらから提案できるんですよね」
「可能だろう。ご当主であるフィランダー様もむしろその方が喜ばれるはずだ」
「今の意見を当日にご子息に提案できるんですか? いや、フィランダー様に? ということは面談があるわけですか」
「そうだ。実は昼に2人を連れて行く約束をしているんだ。一緒に来てくれ」
最初からそこまで準備されていたことにユウは目を見開いた。体質の問題を解決できなかったときのことを考えると慄然とする。
話が一旦終わると、ユウとトリスタンはアーチボルトに客室で待つように求められた。普段使っている宿よりも良い部屋で2人はくつろぐ。
ロウトン男爵家に行ったときにどう話をするのか2人は話し合った。
四の刻の鐘が鳴った。使用人に呼び出されて男爵家のホールに向かう。アーチボルトが既に待っていた。一緒に外に出ると家の前に馬車が停まっている。
馬車にアーチボルトが乗り込むと御者が馬に鞭を入れた。ユウとトリスタンはその後方をワージントン男爵家の使用人1人と共に歩く。幸い、馬車の速度は人の歩く速度とほぼ変わりない。2人が遅れることはなかった。
向かった場所は同じ貴人居住区でも更に北、アドヴェント城近くだ。この辺りになると領主の近縁者や有力家臣の屋敷が連なってくる。そんな屋敷のひとつに馬車は入った。
馬車が停まると使用人が扉の横に着く。2人はその背後に立って待機だ。御者が扉を開けるとアーチボルトが降りてくる。このとき、屋敷の扉も相手側の使用人によって開けられた。
玄関先に立ったアーチボルトはそのまま中へと入ってゆく。使用人、ユウ、トリスタンがそれに続くと屋敷の扉が閉じられた。ユウが目だけで周囲を見ると同じ男爵家でもこちらの屋敷の方が豪華なのがわかる。
応接室に案内されたアーチボルトが中に入って席に座ると、使用人は少し離れた場所で控えた。2人もそれに倣う。
しばらくすると再び応接室の扉が開いた。今度は存在感のある人物が入ってくる。角張った顔のしっかりとした体格の男性だ。一目見て貴族だとわかる。
「アーチボルト殿、よく来られた。おかけになってください」
「フィランダー様、ご壮健で何よりです」
1度立ち上がって挨拶をしたアーチボルトがフィランダーの後に座った。ロウトン男爵家の使用人がお茶の準備を進めている間、2人は雑談をする。
ロウトン男爵家の当主をユウはじっと見ていた。中年の男性で立派そうな人物に見える。文官とも武人とも見えるような気がするが、実際のところはわからない。
話は雑談から本題へと移っていく。そこで初めてユウとトリスタンの2人に声がかかった。アーチボルトの紹介で2人がフィランダーに挨拶をする。
「ふむ、この2人がか。私が直接見たわけではないが、先の仕事の話は聞いている。ご苦労であった」
「ありがとうございます」
「で、トリスタンというのはもう1人の方か。この者が大陸の東方にある王国の貴族だと」
ユウからは早々に目を離したフィランダーがその隣に目を向けた。臆することなくトリスタンが黙礼する。
そこからしばらくはフィランダーの質問攻めが始まった。貴族としての素養はもちろん、なぜ西の果てまでやって来たのかもだ。アドヴェントの町まで流れ着いてきた理由はユウと旅をしていたことを簡単に説明すれば良かったが、町の外に出ることになった経緯はぼかした。さすがに親が詐欺に加担したというのは外聞が悪いからである。なので、浪費で破産したと誤魔化した。
色々と話をした末にフィランダーが難しそうな顔をする。
「なるほどな。嘘をついているようには見えないが、いささか荒唐無稽な話にも思える。あの鑑定結果の通りというわけだ。しかし、よくここまでたどり着けたな」
「隣の相棒のおかげですよ。自分1人ではどこかで死んでいました」
「そうか。そういえば2人はアーチボルト殿を助けたことがあるそうだな」
「護衛の仕事でしたから」
「これでアーチボルト殿の推薦もあるわけか。これなら息子を任せても良いな」
最終的な判断を下すとフィランダーは大きくうなずいた。
ここからはやや事務的な話に移る。まず、最初に夜明けの森に入る方針の提示だ。ユウから日帰りで森の浅い場所に行くことを提案する。安全に魔物を狩るためだと説明するとフィランダーに気に入ってもらえた。やはり安全については気にしていたところらしい。
次に依頼書にある諸条件の確認だ。嫡男ボールドウィンの夜明けの森に同行し、これの護衛及び補佐することは既に確認済みだが、従者が1名随行すると伝えられる。スペンサーという青年だ。次に期間は1日から数日程度と少し幅がある。これはボールドウィンが満足するまでやるためだ。フィランダーによると2日か3日で満足するだろうとのことである。尚、報酬は1人1日金貨1枚で経費も含まれるのも依頼書にある通りだ。
最後に2人はボールドウィン当人と面会した。溌剌とした人物で親に似た顔つきと体格である。10代という話だが、20代の貫禄が既にある。一方、スペンサーは大きな体の従者だ。とある騎士の3男坊らしい。
嫡男のボールドウィンは待ちきれないという様子でユウとトリスタンに食いつき、色々と質問をしてきた。それに答えながら必要な事柄を決めていく。
そうして、翌朝三の刻に町の南門の外で合流することを最後にまとめて面会を終えた。




