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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第35章 冒険者と貴族

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古鉄槌が指名された理由

 夏の日の出の時間は早い。7月ともなるとほぼ二の刻と同じだ。鐘が鳴り終わってすぐに明るくなる。労働者や貧民にとっては明かりなしで動けるのはありがたい。


 しかし、同時に夏なので暑くなる合図でもあった。日の出直後はさすがにまだ涼しいが、三の刻の頃になるともう日差しが厳しい。後は暑苦しくなる一方だ。


 そんな夏の日の朝、ユウは二の刻になると目覚めた。そこから外出する準備を整える。この間にトリスタンも起き出してユウに倣った。


 最近であればこの後2人は思うように動くのだが、今日は朝から用があるので自由に行動できない。特にトリスタンはそうだ。


 ほとんど朝食を食べ終えたところでユウはトリスタンに気になったことを伝える。


「ロウトン男爵家の指名依頼だけれど、護衛及び補佐ってどんな感じになるかって想像できる?」


「当人次第じゃ回答にはならんよな。普通なら、貴族の周りにはそのための取り巻きがいるはずなんだが、男爵家くらいだと平民からの採用も可能性としてはありだろう。で、普通はその取り巻きが護衛なり補佐なりするはずなんだが、森の中の知見がないため補佐ができない。魔物と戦ったこともないから護衛にも不安がある。ということで、俺たちはその穴埋めをすることになるんだろうな」


「足りない部分を補うということで良いのかな」


「つまり、ほとんど全部しないといけないというこだ。森に入ったこともないから知見なんてあるはずもないし、魔物と戦ったことがないならその対処法もわからないだろう」


「なんだかひどいことになりそう」


「だから、結局は依頼人次第になるんだよな。この場合、正確には嫡男のボールドウィン様だったか」


 まだ見たこともない同行する貴族の子息についてユウは思いを巡らせた。性格に多少問題があっても、こちらの指示に従ってくれたら良いなと願う。


 三の刻になるとユウとトリスタンは宿を出た。宿屋街の路地ではできるだけ陰になる場所を選んであるき、西端の街道に出ると諦めて直射日光を受ける。夏の間は青空が広がるアドヴェントの町周辺だが、こういうときは実に恨めしい。


 町の南門の手前に検問所があり、その検問のために人々が並んでいる。まだ門が開いたばかりなので列は長い。


 その様子を見たユウは顔をしかめた。久しぶりの町だったので行列のことをすっかり忘れていたのだ。このままだとアーチボルトをかなり待たせることになる。貧民が貴族を待たせるというのは甚だまずい。


 難しい顔をしたユウが隣のトリスタンに声をかける。


「町に入るためには列に並ばないといけないことを忘れていたよ。アーチボルト様をあんまり待たせるわけにもいかないし」


「ユウ、指名依頼の書類は持っていたよな? あれを使おうぜ」


 促されたユウは懐から1枚の羊皮紙を取り出した。それをトリスタンに手渡す。


 書類を受け取ったトリスタンがそれを片手に堂々と検問所に近づいた。列を無視して番兵に近づく。


「やぁ、ちょっと話を聞いてくれないか? 急いでいるんだ」


「町の中に入りたいのなら列に並べ。順番だ」


「もちろん知っている。でも、今回は貴族様に呼ばれているんだ。これを見てくれないか」


「書類か? オレは文字が読めん。あちらに隊長がいらっしゃるからそちらで見てもらえ」


 思わぬ形で丸投げされた2人は厳めしい顔をして検問所を見ている番兵の隊長の元へと向かった。そこで再びトリスタンが指名依頼の書類を手に話しかける。


「ここの検問所の隊長さんですか。冒険者のトリスタンです。実は貴族様に呼ばれているんですが、ちょっと急がないといけないんで通してもらえますか?」


「指名依頼の書類? ロウトン男爵家!? お前ら、この依頼を引き受けるのか?」


「その詳しいお話を聞くために、今からワージントン男爵家に行くところなんですよ。アーチボルト様に確認してもらえたらわかると思いますが」


 相手の名前まで持ち出された隊長は顔を引きつらせた。貴族の威を借りる者は世の中に多いが、具体的な貴族の名前まで持ち出す場合は意外に少ない。当人の許可なく勝手に使っていた場合、本当に確認されたらまずいからだ。逆に、名前まで持ちだしてきたということは本当の可能性が高い。万が一その威光を疑って確認したとすると、その後どうなるか。この判断を誤るとただでは済まない可能性がある。


「ワージントン男爵家か。そういえば、お前はどこかで見たことがあるな」


「今年の春先まではよく町の中に遊びに行っていたから、それで俺の顔を覚えているのかもしれませんね」


「ああそれでか! 思い出した。最近は町の中に行かないんだな」


「いやぁ、ちょっと懐が寂しくなってしまってね。しばらく稼いでいるんです」


「そうかそうか。せいぜい素寒貧にならんようにな。通って良し」


 許可を得たユウとトリスタンは入場料を支払うと中に入った。


 2人は南門から続く大通りを北上し、中央広場に出ると西へと向きを変える。大通りの南側は住宅街だ。外部から来た商売人や旅人は普通用がない場所である。ある程度進むと大通りの向きは西から北へと変わった。それに合わせて建物も徐々に大きくきれいになってゆく。


 以前は貴人居住区に移る直前に検問所があったが、さすがに今はもう撤去されていた。治安が回復した証拠だ。


 過去の記憶を引っぱり出して思い浮かべながら2人は進む。路地に入って奥へと進み、男爵邸が連なる場所の建物に目を向ける。屋敷というよりも上等な家という趣だ。


 やがて2人は目的の家にたどり着いた。玄関で使用人を呼んで用件を伝えると、すぐに応接室へと案内してくれる。


 ここで普通ならある程度待たされるところだが、今回は珍しくすぐにアーチボルトが姿を現わした。その穏やかな顔つきを見るのは久しぶりだ。


 立ち上がった2人にアーチボルトが声をかける。


「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」


「アーチボルト様もお元気そうで何よりです」


「席に座って」


 応接室に入ってきたアーチボルト様がユウとトリスタンに席を勧めた。その間に使用人も入室をしてきてお茶の準備をする。


 短時間で用意を済ませた使用人は退室した。すると、アーチボルトが2人に話しかける。


「今日は来てくれてありがとう。早速本題に入りたいんだが、その前にひとつ。去年引き受けてくれた例の非公式の依頼について、改めて礼を述べたい。あれを見事やり遂げてくれたおかげで、我が男爵家の評価が高まったよ」


「おめでとうございます。でも、非公式ですよね? それなのに評判が良くなるものなんですか?」


「世間の評価ではないよ。この場合は、領主様からの覚えがめでたくなったということなんだ」


 にこやかなアーチボルトが告げてきたことを聞いたユウは何となくすごいことなんだなと思った。同時に自分では想像しきれていないことも自覚する。それは隣に座るトリスタンの姿を見ればより一層自覚できた。目を見開いて呆然としている。


 そんな2人の姿をアーチボルトは楽しそうに眺めていた。しかし、ずっとそのままというわけにもいかない。少し間を置いてから口を開く。


「さて、それでは改めて本題に入ろう。ここに来たということは、城外支所でロウトン男爵家の指名依頼の話を聞いたということで良いんだよね」


「はい。レセップさんは詳しい事情を知らないと言っていましたが」


「それに関しては私が説明しよう」


 多少居住まいを正したアーチボルトが2人に事情を説明し始めた。


 最近、どれだけ無茶なことができるのかということを貴族の子弟の間で競うことが流行している。ロウトン男爵家の嫡男ボールドウィンもこの流行に夢中なのだが、先日夜明けの森に行くことを思い付いたらしい。そこで父親に相談したところ、先年非公式のお役目を果たした冒険者と繋がりのあるアーチボルトをその当主が思い出したそうだ。


 困ったという表情を浮かべたアーチボルトが話を続ける。


「ロウトン男爵家のご当主であるフィランダー様はあの非公式の件に関わっていたそうでね、領主様から話を聞いていらしたそうなんだ。それで私のところに相談されに来たというわけだよ」


「でも、夜明けの森のことならアドヴェントの町の冒険者はみんな詳しいですよ? というより、一時期町を離れていた僕よりここでずっと活動していた人たちの方が詳しいですよね?」


「貴族にとって人を使うときに大切なのは信用と信頼なんだ。能力という意味でなら確かにどの冒険者も信用できるだろう。でも、当人をどれだけ信頼できるかとなると話は変わってくるんだ。ユウ、この場合決め手になったのは君の隣にいるトリスタンだよ」


 話を聞いていたユウは顔を隣に向けた。驚いたトリスタンが姿勢を正す。


 2人はそのまま固まった。

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