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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第35章 冒険者と貴族

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降ってきた指名依頼

 暦の上で夏となり、更には降臨祭が過ぎたことでアドヴェントの町は本格的に蒸し暑くなった。人々は雨から解放されたことを喜んでいたが、すぐにその解放者である夏にも文句を言い始める。毎年のことだ。


 目一杯羽を伸ばしているユウとトリスタンも暑さにはうんざりとしていた。日向は論外だが、日陰も風通しの悪いところは今ひとつ居心地が悪い。トリスタンは市場を巡っているのでまだ自在に対応できるが、自伝を書くために部屋で引きこもっているユウはそうもいかなかった。木窓と扉を開けて風通しを良くして涼を求める。


 四の刻の鐘が鳴った。執筆に一区切りをつけたユウは椅子から立ち上がって背伸びをした。汗で湿った服が体を撫でる。また境界の川に行きたくなってきた。


 相棒であるトリスタンは夕方まで戻って来ないことを知っているので、ユウは部屋に鍵をかけて外に出る。目指す場所は酒場『昼間の飲兵衛亭』だ。もし知り合いがいたら、この暑さについて互いに愚痴り合うことになるだろう。


 結局、知り合いと出会うことなくユウは昼食を終えた。暑い中を歩いて宿に戻る。昼からも自伝の執筆をするために受付カウンターで鍵を受け取ろうとした。


 自室の鍵をユウが要求するとアマンダが微妙な顔をして話しかけてくる。


「ユウ、あんたが出かけてる間に冒険者ギルドからの使いがやって来たよ。それで、至急2人で城外支所に出頭するようにと伝言を頼まれたんだ」


「城外支所に? 至急って。理由は何て言っていたの?」


「そこまでは聞いちゃいなかったねぇ。行けばわかるってことなんじゃないかい?」


「それはそうですけれど」


「ああそれともうひとつ、レセップっていう受付係に話を聞くようにとも言われたね」


「レセップさんか」


 わざわざ使いを送ってくるなんて何事かとユウは考えた。しかしそこで、ここしばらく冒険者ギルド城外支所に寄っていなかったことを思い出す。もう10日以上は顔を見せていない。町の外に出ているわけでもく、仕事中でもないのにこれは珍しいことだった。


 ただ、至急と言われてもユウは困る。トリスタンは市場に出かけたきりだからだ。返って来るのは夕方である。1人なら今すぐにでも行けるが、2人となると出向けない。


 部屋の鍵を受け取ったユウはアマンダから怪訝そうな顔を向けられる。


「今すぐ行かなくてもいいのかい?」


「トリスタンがいないから行けないんだ。市場から戻ってくるまで待たないと」


「叱られないといいんだけどねぇ」


「向こうだってわかっているはずだよ。休暇中の冒険者なんてすぐに捕まえられないことくらいは。今日中に行けば良いと思う」


「あんたがそう言うのなら好きにすればいいよ。伝言は確かに伝えたからね」


 廊下を歩き始めたユウの背中にアマンダが声をかけられた。手を振ってそれに答える。そうして扉に鍵を差し込んで開けてから中に入った。




 夕方、トリスタンが宿に帰ってきた。祭の日ならばともかく、平日ならば大抵は六の刻前に戻ってくるのだ。当人によると、市場の各店がそろそろ店じまいを考える気配を察知しているらしい。


 この日もトリスタンはいつも通りに部屋へと入ってきた。普段なら挨拶を交わして一緒に酒場へ行くかトリスタンが1人で行くかを決める。ユウの自伝の執筆次第だ。


 しかし、このときは違った。挨拶をするとユウから話を切り出す。


「今日の昼過ぎに、冒険者ギルドの使いの人がこの宿に来たそうなんだ。それで、至急レセップさんに会うようにってアマンダさんに伝言を頼んだらしいよ」


「そうなると、俺たちは思いきり遅刻しているんじゃないか?」


「織り込み済みじゃないかな。休暇中の冒険者の居所がはっきりとしているだけでも上等でしょ」


「ユウなんてずっと宿の部屋にいるもんな。レセップからの使いだからそうなんだろう」


「ということで、今から城外支所に行くよ」


「あんまりいい話ではなさそうだな。至急かぁ」


 若干嫌そうな顔をしつつもトリスタンは拒否をしなかった。去年までやっていた類いの依頼だとはすぐに察しがつく。内容は想像もつかないが。


 大して時間をかけることもなく2人はすぐに宿を出た。まだ熱の残る宿屋街の路地を通り抜けて貧者の道へと出ると西に向かう。すぐに冒険者ギルド城外支所の正面に着いた。開けっぱなしの扉から中に入ると雑然とした雰囲気に出迎えられる。六の刻前の城外支所はいつもこのような感じだ。冒険者は焦り苛立ち、職員は面倒そうに受け流している。


 その中を2人は縫うようにして進んで受付カウンターを目指した。場所は行列がない場所である。そこに頬杖を付いた受付係がぼんやりと座っていた。


 慣れた様子でその目の前に立ったユウはその人物に声をかける。


「こんにちは、レセップさん」


「おお、やっぱり今日中に来やがったか。宿に不在だって聞いたときはどうかなと思ったんだがなぁ。相変わらず真面目なことで」


「明日の朝でも良かったんですか?」


「構わねぇって言えば構わねぇし、ダメっつったらダメだな。どうせ明日の朝だと三の刻直後に来るんだろ?」


「そのつもりではいましたが」


「最悪説明抜きで向かわせてただけだな。オレにとっとちゃ大した違いじゃない」


 無茶苦茶なことをのんきに言われたユウとトリスタンは呆れた。職務放棄も甚だしい。だが、同時にそれで何とかなるからこそ手を抜いていることも想像できた。相変わらず手を抜くことについては優秀だ。


 しばらく言葉が出なかったユウだが、気を取り直して尋ねる。


「それで、至急で呼び出した理由を教えてください」


「ロウトン男爵家からお前ら2人に指名依頼が届いてる」


「貴族様ですか」


 冒険者からすると普段接点のない貴族からの指名依頼など大変珍しかった。大抵は町の中の役所を通して城外支所に仕事を任されるからだ。それだけに直接貴族家から指名されるというのは普通ではない。


 このような依頼が自分に届けば普通の冒険者は目を向いて驚くか思いきり不審がるものだ。しかし、2人の反応は薄い。今までそういった縁が少なからずあったからである。意外に思ってもそこまで予想外のことではなかった。


 ただ、ロウトン男爵家と呼ばれる貴族との接点は自分たちにはなかったはずとユウは考えを巡らせる。そもそもどんな貴族家なのかさえも知らない。


 2人の反応を見たレセップがため息をつく。


「普段町の中と関わり合いがないお前らが知らないのも無理はないか。いいか、ロウトン男爵家はな、アドヴェントの町の領主を務めるティリット子爵家に連なる家系なんだ」


「えっ、それって、とても偉いということですか?」


「そうだ。上から数えたらすぐにぶち当たる貴族家なんだよ」


 噛んで含めるように説明をしたレセップに対するユウの反応はそこまで大きくはなかった。これは想像しきれないからだ。逆にトリスタンは思いきり渋い顔をしている。こちらは貴族について詳しいからだ。


 ユウに代わってトリスタンがレセップに尋ねる。


「なんでそんな家が俺たちに指名依頼なんて出してきたんだ? 向こうは俺たちのことなんて知らないだろう」


「オレに文句を言われても知らん。こっちは依頼があったら受け付けるだけだからな。それで気になる依頼内容だが、嫡男ボールドウィン様と夜明けの森に同行し、これを護衛及び補佐するとうものだ」


「嫡男の護衛及び補佐だって? そんなのは従者や取り巻きがすることじゃないか」


「夜明けの森に詳しい冒険者の知見と力を借りたいそうだ。何しろ向こうは町の中から滅多に出ないからな。基本的に外のことはほとんど知らねぇ。ましてや森のことなど尚更だ」


「それで俺たちを名指しした理由、いや名指しできた理由は? 本当に知らないのか?」


 2人にとってそこは依頼内容とは別に気になる点であった。知らない人物を指名することはできない。それでもできたということは誰かが紹介した可能性が高いのだ。貴族ともなると単に知っているというだけでは頼ろうとしないのが普通である。トリスタンはその辺りの貴族の事情をよく知っていた。


 問われたレセップは小さく肩をすくめる。


「で、当然色々と疑問があるわな。そこでだ、明日の朝三の刻にワージントン男爵家へ行け。そこで事情を話してくださるそうだ」


「紹介したのはアーチボルト様ということか」


「しがないイチ受付係にはそれ以上のことはわからんよ」


「あんたが紹介したと言われても俺は驚かないぞ」


「そんな面倒なことするわけないだろ、どう見てもオレの仕事が増えるだけじゃねぇか」


 さも当然という様子で言い切るレセップにユウとトリスタンは再び呆れた。しかし、同時に納得もする。仕事をしたくないという意思は本物なのだ。


 話を聞いた2人はため息をついた。

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― 新着の感想 ―
ユウは体質的に護衛には不適格だと思うんだけどなぁ その辺知ってるのかどうか
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