次に向けての準備と休息
冒険者ギルドの緊急の依頼をこなしたユウとトリスタンはしばらく休むことにした。魔物に追いかけ回されて走り回ったため、心身共にひどく疲れていたからだ。正直なところ、しばらく何もしたくなかったのである。
ユウもさすがに夜明けの森から帰ってきた翌日は二の刻に起きられなかった。最近は朝の寒さもかなり和らいできたので寝過ごしやすい気候だったということもある。
相棒と共に日の出頃に起きたユウは朝の準備を始めた。春の日陰に残ったわずかな雪のように疲れが体に残っているのでその動きは鈍い。
黒パンを囓っているとトリスタンが宿の裏方から戻ってきた。ちらりとそちらに目を向けたユウが声をかける。
「今日は市場に行くの?」
「いや、ずっと寝ているつもりだ。さすがに動き回る気になれん」
「やっぱりそうなんだ。疲れが取れないもんね」
「お前だって朝の鍛錬は今日していないんだろう? それと同じことだよ」
自分のことを指摘されたユウはそれもそうだと納得した。確かにいつもより体が言うことを聞いてくれない。何もしたくないという気持ちは良くわかる。
しかし、そんなときでもユウは朝の準備が終わると自伝の執筆を始めた。日課だからであるが、椅子に座って羊皮紙にペンを走らせるだけならまだ体を動かせるからでもある。
三の刻の鐘が鳴った後もその穏やかな時間は流れ続けた。たまにトリスタンと言葉を交わし、木窓から外を見つめ、ペンを置いて背伸びをする。寝台では相棒がいつの間にか寝息を立てていた。
四の刻になると2人揃って宿を出る。賑わう酒場『昼間の飲兵衛亭』に入ってカウンター席に座り、たまに他の冒険者から声をかけられながら食事をした。最近は知り合いが増えたので話をする機会が増えて楽しい。
昼食後、ユウは宿に戻って執筆を再開する。トリスタンは気が向いたということで市場へと足先を向けた。
六の刻を告げる鐘の音を耳にしてユウは今が夕方であることに気付く。自伝の執筆は快調でまだ区切りは付いていない。もう少し書き続けることにした。
最近の日没時間が遅いのを良いことにユウが執筆していると、トリスタンが部屋に戻ってくる。扉が開く音で気付いたユウはペンを止めて振り向いた。すると、呆れた顔の相棒が言葉を漏らすのを耳にする。
「店に来ないと思っていたらまだ書いていたのか。お前、早く飯を食ってこいよ」
「うん、もう行くよ。全然気付かなかったな」
きりの良いところまで自伝を書いたユウは席から立ち上がって部屋を出た。執筆作業は大変であるものの、興が乗ると止まらないことがある。今日は悪い面が出てしまったようだ。
繁忙期を過ぎて入った安酒場『泥酔亭』は空き席が目立つようになっていた。帰りかけの新人冒険者たちがユウに声をかけてくる。もっと早く来てくれたら奢ってもらえたのにと言われてユウは気付いた。閉店間際に行けば奢れと言われにくいことに。
思わぬ発見をしたユウはカウンター席に座って夕食を食べた。手の空いてきたエラやサリーと話をし、店の子3人の相手をしつつ、タビサに料理と酒を持ってきてもらう。
食事を終えたユウは酒場を出ると宿に戻った。日没後の貧者の道を歩いている途中で鐘の音を耳にする。借りている部屋に入ると相棒は先に眠っていた。
今日はもうやることもないユウも寝台で横になる。小さく息を吐き出した後、目を閉じた。
休日に入って数日後、ユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所へと向かった。気力体力が充実してきたからであり、レセップとの約束でたまに顔を見せるためである。
城外支所の建物に入るといつもより騒がしいことに2人は気付いた。とりあえず雑音として聞き流しながら受付カウンターの前に立つ。
「おはようございます、レセップさん。今日はなんだかいつもより騒がしいですね」
「お前らが見つけた蟻の巣を取り除くための募集をかけてるからだよ。最近は報酬額を上げねぇと人が集まらねぇから今回はちょいと色を付けたそうだが、それがあの結果だ」
「人が集まっているんでしたら良いんじゃないですか」
「ギルドの懐には良くねぇがな」
3人で他の受付カウンターの辺りを見ながら世間話に興じた。みんな割の良い仕事にありつこうと必死である。来月のためにもその活躍を願うばかりだ。
話が一区切りするとトリスタンが本題に入る。
「ところで、冒険者ギルドの仕事で俺たちに回ってきているのはあるのか?」
「あるぞ。普段は北の丘の上の森にいる豚鬼の一部が丘から降りてきてるらしい。その数が馬鹿にならないことからどこかに集落があるんじゃないかとこっちは考えてる。そこで、実際はどうなのか確認してもらいたいって仕事だ」
「北の丘か。北から延びてきている山脈の手前に広がるあそこか?」
「違う、その山脈の奥だ。お前の言う場所だったらここがもっと大騒ぎになってるよ」
「それもそうか。でも、どちらにしても南に降りてくると、駆け出しの冒険者の狩り場にぶつかるんだよな」
「そうだ。蟻の巣とはまた別口の厄介な案件だ。魔物の間引き期間前に駆除しとかねぇと死傷者が増えちまう」
「これ、俺たちの役目って前と同じなのか?」
「そこはアーロンとジェイクの2人に聞いてくれ。具体的な行動の仕方までは知らん」
突き放すように返事をしたレセップだが、実際にその通りなのでトリスタンも反論や抗議はできなかった。しかし、ユウも含めてあまり心配はしていない。あの2人ならば無茶な要求はしても無理な命令はしてこないという信頼があるからだ。それでも前回の仕事のようにかなりきつい場合もあるが。
結局、2人はその仕事を引き受けることにした。自分たちが日銭を稼ぐために活動している場所から遠くないので、放っておくと危険だからだ。
そうして翌朝、2人は日の出直前に冒険者ギルド城外支所の北側の原っぱでアーロンとジェイクの2人と合流した。その姿は対照的である。
「アーロン、おはよう。ジェイク、なんだか元気ないね?」
「はっはっは、こいつ、筋肉痛だってよ!」
「もうほとんど治りかけなんだがね、もう少しというところで今回の仕事が来たから」
「それはつらそうだなぁ」
弱々しい笑顔を見せるジェイクにトリスタンが同情した。同時に首を傾げる。
「そんな状態で森に入って大丈夫なのか?」
「行く以上は大丈夫だと思ってくれていいよ。本当にダメなら行かないから。まぁ、なんとかするよ。格好の悪いところばかり見せてられないからね」
「そういうこった! 先輩の言うことを信じろ、トリスタン! それじゃ行くぜ!」
機嫌良く笑うアーロンが他の3人に出発を促した。肩をすくめたジェイクに続いて、ユウとトリスタンも歩き始める。
捜索する対象は異なるものの、やることは前回の仕事と変わりなかった。数の多い魔物の拠点を探り出すのだ。
ユウを木の上に上げて1泊した後、4人は豚鬼が出てくるまで目的の地域に近づいた。そうして翌朝、ジェイクと荷物を残し、アーロン、ユウ、トリスタンの3人が更に森の奥へと進む。今回は前回の経験を活かして走り回ることを前提に身軽となったのだ。
3人で森の中を進んでいると魔物の群れが襲ってくるが、その種類が豚鬼に変わると二手に分かれる。ユウ1人と、アーロンとトリスタンの2人だ。ユウは更に前進し、他の2人は脇に逸れる。
そこからは前と同じだった。ユウは豚鬼を引きつけるように走り回り、アーロンとトリスタンはその間に集落の有無とその位置を確認する。
今回に限って言えば巨大蟻よりも楽だった。何しろ同じ2足歩行であり、人間ほど足が速くないからだ。やり方がわかっていることもあってユウもうまく逃げ回れる。ただ、多数の魔物に半包囲されながら追いかけ回される圧力を受けるのは精神的にやはりきつかった。
最終的には何とか豚鬼の集団から逃げ切ったユウはジェイクの待つ合流拠点に戻ってくる。前回ほどではないものの、かなり疲れていた。後は再びその場で野営して町に帰還するのである。
このように、ユウとトリスタンはアーロンとジェイクの2人と共に4月中何度か危険な魔物の集団を捜索する。冒険者ギルドに寄せられた情報を精査して確度の高い情報を元にレセップが仕事を依頼し、ユウの体質を利用して魔物を誘き寄せることで魔物の集団の中心地を特定するのだ。そして、ユウたち4人が持ち帰った情報を元にすぐに冒険者ギルドは冒険者たちに討伐させる。魔物の間引き期間に大問題が発生しないように。
間に充分な休暇を挟みながら4人は夜明けの森を捜索していった。それにより、いくつかの魔物の拠点を発見し、それを冒険者たちが討伐してゆく。
その成果もあり、森の浅い場所にある問題はほぼ取り除かれた。




