巨大蟻の巣
夜明けの森で一夜を明かしたユウとトリスタンはアーロンに率いられて森の奥へと進む。ユウが木の上に登ると魔物の襲撃頻度が落ちるという知見を得た一行だが、今のところその原因は不明で活かせる場面も思い付かない。
眠るときは木の上で寝たこともあって全員が寝不足である。しかし、さすが冒険者というだけあって1日程度では昼間の行動に影響はない。
魔物が襲撃してくる回数は前日よりも多くなっていた。森の奥へと進んだのだから当然である。1度に襲撃してくる数も若干増えてきた。しかし、まだ4人にとっては許容範囲である。
鐘1回分ほど進むと、襲撃してくる魔物の種類に変化があった。巨大蟻に変化したのだ。
それから2回ほど魔物の群れを倒した後、アーロンが他の3人に声をかける。
「オレが知ってる巣があるであろう位置と周辺の状況が大体重なってきやがった。このまま進むと巣か、その近辺にたどり着くんだろうな」
「いよいよなんだね」
「そうだ。巨大蟻が頻出するようになったら、オレとジェイク、ユウとトリスタンの二手に分かれるぞ。お前ら2人はできるだけあの蟻どもを引きつけて引っかき回してくれ。その間にオレたちがヤツらの巣の位置を確認する」
魔物の部位を袋に入れ終わったアーロンがこれからの予定を語った。ユウたちは鐘1回分駆け回り、その後今いる場所へ戻ることになっている。もしここで合流できなければ昨晩野営した場所だ。尚、以後は魔物を倒してもその部位をそぎ取ることは禁止である。そんなことをしている暇がないくらい襲われ続けるはずだからだ。
全員が出発できることを確認するとアーロンが再び告げる。
「これからはひたすら走ることになると思う。気を抜くな」
言い終えたアーロンが歩き始めた。他の3人が後に続く。
魔物の襲撃の頻度はこの後予想以上に増えた。しかも巨大蟻ばかりである。最初から魔物の討伐証明部位をそぎ取らないようにしていたが、早い段階で言われなくてもそんなことができないくらい襲撃を受けるようになった。
この時点でアーロンが叫ぶ。
「よし、別れるぞ!」
その声と共にアーロンとジェイクが右側へ、ユウとトリスタンが左側へと向きを変えて走り始めた。もはやいちいち倒している暇もない。
当初の進行方向から左に向かって走るユウとトリスタンは右横から多数の巨大蟻に襲われ続けた。幸い、まだ前方からは何も現われていない。
人間である2人の駆ける速さは森の中なのである程度制限された。不整地というだけでなく、苔などで足が滑りやすいからだ。一方、巨大蟻は6本足という特性を活かして安定して走っている。救いはそこまで速くないことだ。
ちらりと背後を見たユウは追走してくる蟻の数が増えてきていることを知った。自分が役目を果たせているという意味で作戦は恐らくうまくいっているのだろうと考える。問題なのは、思った以上に厳しいという点だ。
並走する相棒をユウはちらりと見る。まだ走り始めたばかりなので息切れはしていない。そこで気付いたのだが、このユウ側で魔物を引きつける役目にトリスタンは必要ない。それ以外の魔物に襲われたときのことを考えると1人は不安だが、それ以前に巨大蟻の群れに飲み込まれてしまいそうだった。
決断するのなら早めの方が良いと考えたユウが叫ぶ。
「トリスタン、巨大蟻は僕1人で引きつけるから離れて!」
「いやそれはまずいだろう! 1人は危険だ!」
「あれに追われている間は何人で逃げても変わらないよ! 狙われているのは僕だけなんだから! 合流地点に先に戻っていて!」
「わかった! こけるなよ!」
最後に叫ぶとトリスタンは左側、巨大蟻が襲ってきていない方向へと向きを変えた。そうして急速に離れてゆく。
1人になったユウは不安になったが同時に気楽にもなった。後は自分1人で逃げることを考えれば良い。かつて一人旅をしていたときのことを思い出す。大抵誰かと一緒にはいたが、大体こんな気持ちだった。
次々と現われる巨大蟻は数を増やす一方だ。ユウはそれをひたすら躱して引きずり回す。あとどのくらい走れるか考えながらユウは森の中を駆け抜けた。
自分の限界は思った以上に早いとユウは感じ取っていた。それは走りにくい森の地形のせいであり、背負っている荷物のせいでもある。ただ何にせよ、いずれは力尽きてしまうということは確実だった。
走ることで荒ぶる砂時計が正確に時間を計れなくなっていたが、それでも砂が尽きたのをユウは目にする。これで砂時計上では鐘1回分の3分の1が過ぎた。予定ではあと2回ひっくり返す必要があったが、そんなに走る体力はない。
巨大蟻を引きつけるという目的のため、ユウはある程度加減して走っていた。振り切ると引きつけるという目的が果たせないからだ。そしてそのおかげで長時間走れた。しかし、それも限界に近づきつつある。体力は無限ではないのだ。
経過した時間は正確にわからないユウだったが、自分の体力の残りが危ないことは実感していた。役目の放棄に繋がりかねないが決断する。
それまでとは違い、ユウは帰路の方へと大きく方向を変えた。そして、全力で走る。
正面に小鬼の群れがいた。10匹程度である。ユウを見て興奮すると突っ込んで来た。
とても構っていられないユウは槌矛を手にすると、走りながら相手の攻撃を受け流してそのまま脇を駆け抜けた。
自分たちを無視したユウに小鬼たちは一層怒って反転する。そうしてユウを追いかけ始めた。しかし、その背後に巨大蟻の群れが急速に近づいてくる。
魔物の鳴き声の質が変わったような気がしたユウだったが振り返らなかった。そんなことを気にしている余裕はない。
その後も何度か別種の魔物と遭遇したユウだったが、いずれもまともに相手をせずに逃げ続けた。その度に巨大蟻の群れに飲み込まれていったが、構うことなく走る。
あとどのくらい走れるのかぼんやりと考えながらユウは全力で逃げた。
結論から言うと、ユウは巨大蟻から逃げ切れなかった。かなりまで引き離したものの、休憩と称して歩いているとそのうち姿を現してくるのだ。その度に全力で駆ける。
また、少しでも体力を回復させようと歩きながら干し肉や黒パンを囓った。思い付くことはできるだけやって生き残る確率を高めないといけない。
そうしてようやく取り決めていた集合場所にたどり着いた。夏でも滅多にないほどの汗だくになっての帰還である。
その場所にはトリスタンをはじめ、アーロンとジェイクもいた。
ようやく合流できたユウは3人に告げる。
「巨大蟻は完全に振り切ってないから、今すぐ逃げよう」
「おい、大丈夫か、ユウ!?」
「ここは危ないから早く」
休みたいという欲求を抑えつけたユウは気遣うトリスタンを無視して逃走を訴えた。
その態度に危機感を抱いたらしいアーロンがユウの助言に従う。すぐに4人でその場を離れた。
この後はその日の残りをかけての逃走劇となる。巨大蟻は思いの外しつこく追いかけてきたのだ。逃げるに従って他の種の魔物も姿を現すが、その脇を通り抜けると蟻の群れとぶつかり、反撃することで敵認定されて殺し合いを始める。
ようやく振り切ったのは日が暮れる直前だった。その頃には全員息も絶え絶えで、特にジェイクはユウ並に力尽きる。
「はぁはぁはぁ、現役んときでも、こんなに走った、こたぁねぇ」
「きっついなぁ。アーロン、巣は見つかったの?」
「見つけたぜ。まさかこんなに、きついとは」
四つん這いになりながらユウはアーロンから成果を聞き出した。これで失敗したなどと言われた日にはしばらくこの仕事を引き受けたくなくなる。
この夜は、4人の体力から考えて前日とは少しやり方を変えて野営した。ユウを木の上に一晩中くくり付けて固定し、残り3人がその木の根元で見張り番を立てながら眠るのだ。こうすることで魔物の襲撃を減らし、睡眠時間を確保するのである。
前日の知見を早速活かした野営の方法なわけだが、確かにこれが有効だった。通常並とまではいかないが、それでもユウが地面に立っているときよりも大幅に襲撃頻度が下がる。
一方、木の上に登ったユウは幹に体をしっかり縛り付けて眠った。遠慮する余裕もなく、まぶたを閉じると一気に意識が落ちる。次に目覚めたときは朝だった。
4人は予想以上に危険だった蟻の巣の調査を終える。帰路での4人の姿はさながら敗残兵だ。ジェイクの様子が最もひどく、トリスタンが最もましであった。途中で出会った冒険者パーティに声をかけられるも、最低限の返事をするだけでそのまま立ち去る。応対する余裕がないのだ。
周囲に対する警戒だけは怠らずにしっかりとこなしながら、4人はアドヴェントの町を目指して歩いた。




