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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第34章 冒険者ギルドの手伝い

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持ち込まれた急ぎの話

 暦の上では春になった最初の日、ユウは二の刻に起きた。朝の準備を済ませて鍛錬を始める。日に日に寒さは薄らいできているが、まだ冬の残滓は色濃く残っていた。


 体を充分に温めた後、ユウは朝食を食べる。そうして日の出と共に自伝の執筆を始めるのだ。その辺りでトリスタンが起きてくる。休日の生活習慣としてすっかり定着した。


 机に向かって執筆するユウの傍らで、トリスタンは寝台に座って干し肉を囓る。


「俺たちの生活って今年に入ってからやけに落ち着いたな」


「他の町に出向く仕事はしていないし、町の中にも関わっていないからね。夜明けの森に入って魔物狩りをしているだけならこんなものだと思う」


「そうだな。冒険者の仕事が安定しているというのも何か変に思えるが」


「魔物と戦うという危険は冒しているけれど、本来の意味での冒険はしていないからね。今の僕たちは職人や人足に近いと思う」


「なるほどな。それは言えている。そして、それを悪くないとも思えるようになったな」


 最初は収入の少なさに不満を漏らしていたトリスタンだったが、最近は何も言わなくなった。ユウなどは次の稼ぎ時まで我慢しているのだと思っていたが、それだけが理由ではないらしいことを知る。


 それきり会話が途切れてしばらくすると鐘の音が聞こえてきた。三の刻になったことを知るとトリスタンが寝台から立ち上がる。


「それじゃ行ってくる。夕方には戻ってくるからな」


「六の刻になってから?」


「そうだな。最近は日没の時間が七の刻に近いから、それでもいいか」


 何気ないユウの言葉を拾ったトリスタンはうなずくと部屋を出た。廊下から届く足音が遠ざかってゆく。


 室内に1人となったユウは執筆に集中した。羊皮紙の上にペンが走る音だけがかすかに聞こえる。今は調子が良いらしく、ペンが止まることがなかった。


 過去にあった出来事をひたすら書いていたユウは鐘の音が鳴るのを耳にする。顔を上げて木窓の外を見ると、今日は珍しく雲の割れ目から青い空を覗けた。


 立ち上がったユウは背伸びをすると部屋を出る。続いて宿から路地へと移り、酒場を目指した。昨日あった祭の余韻はほとんどない。


 酒場『昼間の飲兵衛亭』に入ったユウはカウンター席に座った。給仕女に注文を頼むとじっと待つ。少し前は仕事の都合上周りの冒険者たちに声をかけていたが、今はぼんやりとするだけだ。


 そんなユウは背後から声をかけられて振り向く。


「ユウじゃないか。やっぱりここにいたね」


「ジェイク、今からお昼なの?」


「そうなんだ。ちょっとした仕事を片付けていて遅れたんだ」


 しゃべりながらユウの隣席に座ったジェイクが顔を横に向けた。その後に給仕女2人が料理と酒を運んできてユウとジェイクの前に並べていく。ジェイクはあらかじめ注文していたらしい。


 その手際の良さに感心しつつもユウは話しかける。


「今日は別のお店じゃないんだね」


「この店だって悪くないからね。たまには来るさ」


「講習は順調なの? 初心者講習はこれから忙しくなるかもしれないよね」


「町の中から人が出てくるのはちょうど今頃だからねぇ。ここ数年は景気がいいから前に比べたら数は少ないよ。ただ、その分だけ出来の悪そうなのが多くなったけれどね」


「どうして?」


「景気のいいときに解雇されて町の中で仕事にあぶれたんだぞ? まともなはずがないだろう。景気が悪くて仕事を見つけられなかったユウとは違うよ」


 切り取った鶏肉を食べていたユウは一瞬その動きを止めた。自分のときはそうだったと思い出す。町の中に戻ろうとしていたことも含めて今ではもう過去の出来事だ。


 口の中の物を飲み込むためにユウが黙っていると、今度はジェイクが質問をする。


「ユウは最近何をやっているのかな?」


「夜明けの森で魔物狩りだよ。聞き取り調査の後はずっとね。最近は周りから声をかけられるようになったんだ。調査のときに料理と酒を振る舞ったから」


「そりゃ人気者になるのも当然だ」


「でもそのせいで、この頃は酒場に行くのがちょっと怖いんだ。どうも僕のことを気軽に奢ってくれる冒険者だってみんな思っているみたいで」


「ははは! 調査のときに派手にばらまいたんだ。それはやっちまったね」


「中堅以上の人は大体冗談だっていうのは雰囲気でわかるんだけれど、駆け出しの子たちは本気にしている子もいるらしいんだよ。会う度に誤解を解いているんだけれど」


「悪くない知られ方をしてるんだから、いいんじゃないのか」


 楽しげに笑うジェイクが木製のジョッキを傾けた。空になると給仕女に代わりを頼んだ。そして、笑顔を引っ込めてユウに話しかける。


「実はね、ちょっと急ぎの仕事があるんだが、聞いてくれないか」


「どんな仕事なの?」


巨大蟻(ジャイアントアント)の巣と死亡した冒険者の確認をする仕事なんだ」


 ジェイクは静かに語り始めた。


 事の始めは昨日の昼下がりだ。魔物にやられた鉄級冒険者パーティの生き残りが戻ってきて冒険者ギルド城外支所に駆け込んできたのである。その生き残りの話によると、巨大蟻(ジャイアントアント)の巣の近くを通ってしまったらしく、襲われたというのだ。その場所は森に入って2日目辺りだという。


 巨大蟻(ジャイアントアント)の巣は夜明けの森では珍しくないが、普通はもっと奥地にあるものだ。鉄級冒険者パーティの活動場所にあることは非常に珍しい。単体では大したことのない魔物ではあるが、この種の真価は集団になったときである。なので巣のある近辺は非常に危険だ。


 一旦口を閉じたジェイクがエールで口を湿らせると続けて話す。


「それで、蟻の巣が本当にあるのか、あるのならどこにあるのか調べるのを手伝ってほしいんだ」


「死んだ冒険者の確認はついでですか」


「生き残りには悪いが、重要性で言えばそうだな。ただ、遺品の一部でも取り返してほしいと頼まれているみたいだから引き受けたみたいだよ。できるだけという条件付きでね」


「僕の体質は知っていますよね?」


「もちろんだ。それを承知の上で頼んでいる。魔物が増えて来たせいで森の巡回の人員も人手不足が深刻になってね、オレだけじゃ足りないから声をかけたんだ」


「ということは、アーロンとジェイク、それと僕たち?」


「そうなるね」


 真面目な調子でうなずくジェイクを見たユウは黙った。魔物の巣が森の浅い場所近くにできているとなると人ごとではない。


 少し間を置いてからユウは引き受けることを承知した。




 執筆が一段落した後、ユウは羊皮紙を片付けながら困った事態に陥っていることに悩んでいた。ジェイクから頼まれた仕事を引き受けることにしたユウだったが、そのための契約は今日中に済ませないといけない。今回は特に急ぎの仕事だからだ。しかし、冒険者ギルドは六の刻に閉まるのにトリスタンが帰ってくるのは六の刻以降なのである。そのことに気付いたのがつい先程というのもまずかった。もう探す時間もない。


 どうしたものかと悩んでいたユウだったが、そのトリスタンは意外なことにいつもより少し早く帰ってきた。


 不思議に思ったユウはトリスタンに尋ねてみる。


「六の刻に戻ってくるんじゃなかったの?」


「行こうと思っていた店が昨日の祭の影響で閉まっていてな、それで早く帰ってきたんだ」


 思わず体の力が抜けかけたユウだったが、ぼんやりとはしていられなかった。昼間にジェイクから頼まれた仕事についてトリスタンに説明する。他人事ではないことを理解したトリスタンはすぐに承知した。


 2人は宿を出ると冒険者ギルド城外支所へと向かう。そして、受付カウンターでレセップに声をかけた。面倒そうな顔を向けてくるレセップが2枚の羊皮紙を取り出す。


「魔物の巣と死亡した冒険者の確認の件は聞いている。これがその契約書だ」


「ありがとうございます」


「今回はアーロンとジェイクの2人と組むことになってるからな。報酬は1人1日銅貨3枚、捜索中に狩った魔物は自分たちのものにしていいぞ。他に、経費は冒険者ギルド負担だからかかった費用はこっちに請求しろ」


「わかりました」


「あと、明日の日の出頃に城外支所の北側の原っぱであの2人と落ち合うんだぞ。三の刻じゃないからな」


「はい」


「しっかし、いいように使われてるな、お前ら。最近稼げねぇのか?」


「魔物狩りでしたらそれなりに稼げますけれど。まぁその合間にやっているみたいな感じですね」


「城外支所に貢献するのも悪かねぇが、そればっかりってのはつまんねぇぞ。引退した年寄りじゃねぇんだからな」


 面白くなさそうな顔をしたレセップが2人から名前が記入された契約書を受け取った。それを一瞥もせずにカウンターの奥へと突っ込む。


 忠告を受け取ったユウは苦笑いをした。うなずいてから踵を返す。そうして相棒と共に城外支所の建物から出て行った。

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