普通の冒険者としての活動
冒険者への聞き取り調査が終わったユウとトリスタンは魔物狩りを再開した。日の出と共に夜明けの森へと入り、夕方に戻ってくる。これの繰り返しだ。
暦の上ではまだ冬である3月だが、この辺りから魔物の数は増えてくる。それは夏並に魔物が頻出する今年も例外ではない。2月よりも魔物の数は明らかに多くなっていた。冒険者ギルドはそのことを不安視しているし、一部の冒険者も同じだが、それでも安定して例年以上の稼ぎをもたらしてくれるこの現象に多くの冒険者は感謝している。
2人もそんな恩恵に与りつつも不安に思っている一部だ。懐は潤うが先の苦労を思うと手放しでは喜べない。だが、それでもアドヴェントの町の冒険者は夜明けの森からは離れられないのである。
とある日の朝、2人は宿から出て森へと向かった。宿屋街の路地から貧者の道に出て西へと向かう。
「あんたらも今から行くのか。今日は何の仕事を引き受けてんだ?」
「今日は魔物狩りだよ。冒険者ギルドの仕事は今、引き受けていないんだ」
「なんだそうなんだ。酒場で会ったら、また奢ってくれよな!」
「はは、仕事を引き受けていたらね」
途中、前に酒場で声をかけた冒険者たちとユウは出会った。そのパーティは森の別の場所へと向かうためにすぐ別れてゆく。
冒険者ギルド城外支所に突き当たると2人は北回りで更に西へと進み、今度はトリスタンが別の冒険者から声をかけられていた。こちらも先週の酒場巡りで出会ったようだ。
解体場を抜けて原っぱに出たところでユウはトリスタンに話しかけられる。
「前の仕事の影響は大きいな」
「やっぱりただ飯とただ酒の影響は大きいよ。自分からの持ち出しなんて与太話だけだし」
「まぁでも、好意的に見てもらえるのはいいことだよな」
「前よりかは良い環境になっていると思う。去年までは町にいないことが多かったからね」
「金を稼ぐことを優先しすぎてたのかもしれないな。落ち着いて生活するのなら周りの環境も考えて整えるべきだって改めて気付いたよ。最近になって」
「元々大陸一周なんてしていたから、あっちこっちの町へ行くのが当たり前だったからね、僕たち。根を下ろす作業はしてこなかったから」
「そうなんだよなぁ」
白い息を盛大に吐き出したトリスタンを見ながらユウは自分の言葉を振り返った。何年もの旅で様々な場所を巡ってきたが、どこも通り過ぎるばかりで深く関わったことはほとんどない。それだけに、今のようなひとつの町で周囲の人々と深く関わるというのはとても新鮮である。
森の際までやって来た2人は虫除けの水薬を塗って中へと入った。たまに他の冒険者の姿を見かけるがすぐに草木の奥へと隠れて見えなくなる。小休止を挟んで更に奥へと進むといよいよ魔物が出てくるようになった。狩りの時間の始まりだ。
2人は落ち着いて襲ってきた魔物を返り討ちにし、手慣れた様子で討伐証明部位をそぎ取っていく。ユウの体質もあって獲物には困らない。
そんな森の中で2人は10人以上が集まっている冒険者の集団と出くわした。人の多さにどちらも目を見開く。しかし、そこ以外にも驚くことがあった。
多数の冒険者のうちの1人がユウに声をかけてくる。
「あ、ユウ、こんちはー!」
「君はたしか、この前デレクたちと一緒にいた子だね」
「そうそう! ジャレッドの友達! 前はありがと! メシ旨かった!」
「あー、この人がお前の言ってたユウってヤツか。メシ食わせてくれんの?」
「結構強いらしーぞ」
「ホントかよ?」
「でも、火蜥蜴のクリフさんや黒鹿のエディさんと知り合いだって聞いたぞ」
「なにそれヤベぇ」
1人がしゃべり始めると次々と他の面々も口を開いた。その話しぶりから噂でユウのことを知っている者が何人かいる。ただし、その情報はいずれも断片的だ。
声をかけてきた若い冒険者の話によると、2パーティで合同パーティを結成しているとのことだった。多数の魔物に襲われても耐えられるようにということである。成果の取り分などの調整は必要だが、魔物の数が多いので充分に潤っているらしい。
それと、トリスタンもユウとは別に若い冒険者たちと話をしていた。もっぱらユウの噂についてである。その話をまとめると、強くて気っ風の良い冒険者だと思われているようだ。今年に入って冒険者ギルドの仕事を手伝うことが多くなった結果である。ただ、聞き取り調査のときの経費での奢りが誤って伝わっている面もあるようだ。酒場で会えば無条件に奢ってもらえると一部は思い込んでいた。
とりあえず誤解を解きながら話を進めたユウはその若い冒険者たちと別れて魔物狩りを再開する。ただし、しばらくトリスタンの顔はにやついたままだった。
さすがに耐えかねたユウが休憩のときに相棒へと声をかける。
「さっきから嫌な顔をしているじゃないの」
「そうか? さっきなかなか面白い話を聞けたからな」
「あれって誤解だったじゃない。それも解けたんだし、もう面白くないでしょ」
「そうでもないぞ? あの様子だとまだ誤解している駆け出しはいるはずだし、これからどうなるのかなと思ってな」
「のんきだね。僕と一緒に食べているときは、トリスタンも同じように奢ってくれる人だって見られるんだよ?」
ユウの指摘を受けたトリスタンの表情が真顔になった。そこまでは思い至っていなかったらしい。ユウへの誤解を真剣に解くことをその場で約束した。
そんな2人が魔物狩りを終えて森から出る。解体場の買取カウンターで魔物の討伐証明部位を換金すると東に向かって歩き始めた。すると、西端の街道に差しかかったときに貧民街全体がいつもと違う雰囲気であることに気付く。
「なんだか浮ついた雰囲気だな」
「ああそうか、今日は謝肉祭なんだ。すっかり忘れていたなぁ」
「へぇ、今日は祭だったのか」
貧者の道に移ったユウとトリスタンは周囲を見て何事かを悟った。道を往来する人々はいつもより多く、原っぱには劇団や演奏団が道具を片付けている。
祭は既にほぼ終わっていたが、その余韻はまだ町全体に残っていた。のんびりとした大人や楽しげな子たちがあちこちにいる。
そんな人々に交じって2人は安酒場街に入った。貧者の道とは雰囲気が変わる。ここは大人の世界だ。それでも子たちがちらほらといるが。
酒精と吐瀉物の混じった臭いを嗅ぎながら路地を進んだ2人は安酒場『泥酔亭』に入る。祭の日だけあって店内は盛況だ。
出入口の辺りで2人が立っているとエラがやって来た。その足元には小さな男の子と更に小さい女の子が鴨の子よろしくついて来ている。
「いらっしゃい。カウンター席は2人並んで座れないわよ」
「うん。それより、その子たちは?」
「男の子がレスター、女の子がナディア、どっちもサリーの子よ」
「ああ、この子たちが! 初めて見たよ」
「レスター、ナディア、この人がお母さんのお友達のユウよ」
「レスターです」
「あたし、ナディア!」
「初めまして、ユウだよ」
突然の紹介に驚いたユウはしゃがんで小さな2人に目線を合わせた。レスターはおとなしいが同年代にしては体が大きく、ナディアは明るくサリーに似ている。
トリスタンも合わせて小さな2人にしゃがんで挨拶をしていると、厨房から更に小さい男の子がおぼつかない足取りで駆けてきた。そうしてエラに声をかける。
「エラ、料理運んで!」
「わかったわ。2人とも、この子がマヌエル、サリーの3人目の子よ。マヌエル、この人たちはお母さんのお友達のユウとトリスタンね」
「ぼく、マヌエル!」
元気よく挨拶をしてきたマヌエルにユウとトリスタンは再び自己紹介をした。すると、用は済んだとばかりにマヌエルはまた厨房へと戻っていく。
「この子たち、店に出して大丈夫なの?」
「レスターがそろそろだから今日お披露目するのは予定通りだったんだけど、そうしたら他の2人も行きたいって言っちゃって聞かなかったらしいわよ」
「あー」
そう言うとエラは厨房へと引き返していった。レスターとナディアも後に続く。
トリスタンと別れてユウがカウンター席に座る直前、今度はサリーとすれ違った。そのときに声をかける。
「さっき小さな3人と会ったよ」
「かわいいでしょ」
自慢げなサリーがそのまま通り過ぎて行った。そのときになってまだエラにもサリーにも注文をしていなかったことを思い出す。
失敗したとと言う顔をしながら席に座ったユウだった。しかし、その少し後にタビサがカウンターの奥から料理と酒を目の前に並べてくれる。
「あれ、僕まだ頼んでないよ?」
「この時間に姿を見せたらこれしかないのはわかっているからさ」
ユウが呆然としている間にタビサは奥に引っ込んだ。残された料理と酒に目を向ける。とりあえず食べることにした。




