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その後、二人は港町方面に向かうという荷馬車に途中まで乗せていってもらったり、歩いたりしながら港町へと向かった。しかし、氷の街と港町の距離はかなり離れているため、氷の街を出てから一週間くらい経って、ようやく港町にたどり着くことができた。その間は追手とほとんど遭遇しなかったため、そのこと自体は幸運だったと言える。それでも未だに油断はできなかった。今更彼らがエリカを追うのをやめたとは考えにくいからだ。それでも、ひとまずは旅の目的を達成できたことに二人とも安堵していた。
――潮風が道を行き交う人々の間を通り抜け、吹きつけてくる。その強さと冷たさにエリカは思わず目を閉じた。視界が閉ざされると、通りのざわめきが大きく聞こえる。潮の香りが濃くなり、この地が海に面しているのを実感できた。
再び目を開けると、多くの人が歩いているのが視界に飛び込んできた。今までに通ったどんな街よりも栄えている。人々は忙しそうに道を行き交い、行商人らしき人々があちこちで出店をしている。
港町はフレイアの貿易の中心地でもあるため、様々な国から商品を買いたいという人が集まってくる――。そのこと自体はエリカもレオも聞いたことがあった。だが、ここまで発展しているとは思っていなかったため、二人はしばらくの間、ただ圧倒されていた。町のあちこちで、魚や外国の珍しい商品が売られている。それらを見ながら二人が歩いていると、ふと人々の会話が聞こえてきた。
「そういえば、最近になってまたエトリセリアの品が入ってきたみたいね。でも、あの国は確か、数か月前から反乱軍が占領しているのよね?それなのにもう海外への品物の輸出を行っているなんて…。一体どういうことかしら」
「さあな。普通なら、こんな時に商品が流通していることなどあり得ないはずだが」
その会話にエリカとレオは顔を見合わせた。一応隣国であるとは言え、フレイアにはそこまでエトリセリアの情報が入ってきていない。反乱が起きたばかりということもあり、あの国へ行こうとする人物は少ない。ただ、こうした人々の噂話で情報が集まることもあった。だが、今回の情報は予想外のことだった。商人たちの会話なので、エトリセリアの品が入ってきたこと自体は間違いないのだろう。だが、反乱が起こってからまだ半年ほどしか経っていないというのに、反乱軍が国をそれなりに統治できているということはとても意外なことだった。普通、反乱が起これば国も大混乱に陥る。それを収束させるには普通、相当の時間がかかるはずだ。他国にまで自国の商品を売る余裕など、国にも民にもないはずだ。だが、今回は輸出が既に行われているという。黒幕が誰だか分からないが、反乱軍の中心人物はかなり統治能力に長けているのだろう…。会ったことも見たこともない人物だが、恐ろしいし決して侮れない、と二人は感じた。
「…それで、取りあえず港町に着いたがどうする?早速クリス様に会いに行くのか?」
「ええ。あ、でも、その前に一つだけ。海を見てみたいな、と思って…」
エリカの目はきらきらと好奇心で輝いている。まるで、夜空に浮かぶ星のように。そんなエリカの様子に、レオは少し笑った。自分の望みを口に出せるのはいいことだし、この前のように沈んだ表情をしていないことに安心した。ちょうど近くに町の地図があったので、二人はそれを見た。どうやら、今二人がいる道を北にまっすぐ行けば、海に出られるようだ。
「複雑な道じゃなくて良かったです!早速行きましょう!」
エリカが珍しくはしゃいでいる。どうやら、海を見るのが楽しみなようだ。だが、周りには人がたくさんいる。このままだとその姿を見失ってしまいそうで、レオは咄嗟に彼女の手を掴んだ。エリカは驚いたように立ち止まって、不思議そうな表情でレオを見た。
「…あ、悪い、急に掴んで。…ただ、その方がはぐれなくて済むかと…、そう思って」
何故か言葉がたどたどしくなったが、エリカは納得したようにうなずき、その手を握り返した。だが、その後どうすればいいのか、突然分からなくなってしまった。このまま動き始めてもいいのだろうか、それとも何かを言うべきなのだろうか…。しかし、レオがそのことで非常に迷っていると、エリカは全く気にしていない様子で、
「それじゃあ、行きましょうか。海って確か、綺麗な青色なんですよね?楽しみです!」
そう言って、レオを引っ張るように歩き出した。レオは再び普通に動けたことにほっとしたが、さっきの迷いは一体何だったのだろう、と首をかしげたのだった。たくさんの人や屋台の間を通り抜けると、少しずつ青色の何かが見えてきた。それは、近付くにつれて少しずつ大きく、鮮明になる。そして、二人は目の前が開けた場所にたどり着いた。見渡す限り、青色が広がっている。潮の香りが先ほどよりも濃い。エリカは海の広さに呆然としていた。こんなに広いとは思っていなかったのだ。きっとその先も続いているだろう海の彼方に、くっきりと空との境界線が見えている。青色という同じ種類の色のはずなのに、その違いがはっきりと分かる。また、この近くではあちこちに船が浮かんでおり、もっと向こうに向かうものや、こちらに段々と近付いてくるもの、様々な大きさの船が見える。エリカが海の景色に見とれているとレオが、
「綺麗だな…。海の青って、水の色と空の色、どちらも混ざってるのかもしれないな…」
とつぶやいた。どこか詩的な表現だが、そうかもしれない、とエリカは思った。それほど、綺麗で澄んだ色をしている。そのまま海を見ていると、不意に思い出したようにレオが尋ねた。
「そういえば、クリス様はどうしてエトリセリアを出てこの場所に来たんだ?」
「ジゼルお姉様に聞いた話だと、クリスお兄様は昔から貿易の重要性を訴えていたみたいです。交易でエトリセリアを支えたい、と流通が盛んなこの場所に移ったと…」
エリカは海から視線を外し、レオを見てそう言った。それと同時に、ジゼルがクリスについて話している時のことを思い出した。ジゼルは呆れたような口調でそんなことを話していた気がする。でも、そんな表情をしていながらも、そこには確かな信頼があった。クリスなら、他の場所でも上手くやっていけるという、信頼が…。それに、ジゼルは少し羨ましそうにそれを話していた。王族は基本、自由に外に出たり、自分のやりたいことをしたりすることができない。ジゼルは主に外交や交渉を担当していて、それ自体にはやりがいを感じていたようだったが、どこか不満そうだった。それは恐らく、自由に何かをできない、ということが大きかったのだろう…。なので、クリスが国のためになるとは言え、自分のやりたいことを叶えているこの状況はかなり珍しいものだ。エリカがそんなことを考えていた、その時だった。二人は、周りがざわざわとしていることに気付いた。何が起こったのだろうか、と周りを見ると、近くにたくさんの人が集まって、集団を作っている。どうやら、真ん中にいる誰かを囲んでいるようだ。どちらかと言うと、女性の数の方が多い。一体、あの中に何があるのだろう、とエリカたちは不思議に思い、その集団に近付いてみることにした。




