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雨の日から数日が経ち、とうとう祭り当日となった。朝から外は人の声で騒がしく、エリカはその日、賑やかな街の音で目覚めた。そのせいかいつもよりも早く起きてしまったエリカは、ベランダに出てみることにした。朝早くということもあり、少し肌寒い。そこには既に先客がいて、遥か遠くの空を見つめていた。
「レオさん、おはようございます。早いですね。どうかしたんですか?」
「おはよう、エリカ。外がざわざわしていて早く起きてしまった。…もしかして、君も?」
その質問にエリカはうなずいた。そして、街の中心である北側を見てみると、そこには朝早くから多くの人々が集まっていた。どうやら、もう準備を始めているようだ。レヴェンとソアラはこの建物で物品を売ると言うので、昨日のうちに準備を終えてしまっていたが、中には道端の屋台で物を売る人もいるようだ。その人たちが準備をしているのだろう。エリカがその様子をを見ていると、
「そういえば、エリカは祭りの出店、回るのか?昨日、ソアラが君と一緒に回りたい、って話していた気がするが…。行くなら、追手に気をつけろよ」
「そうですね、気をつけます。…ですが、私はどちらかと言うと、夜に行われるイベントが気になっていて。あ、もし良かったらレオさんも一緒に行きませんか?すごく綺麗らしいです」
と言いつつ、それはソアラからの情報なので、どんなものなのかはよく分からない。だが、非常に気になっていたのだ。すると、レオは案外あっさりと「行く」と返事した。それだけなのに、何故かエリカはとても嬉しくて…。でも、その理由が自分でもよく分からなかった。
日が高く昇り、レヴェンたちの店が開店する時間になると、一気に大勢の客が集まってきた。どうやらこのお店は毎年出店しているせいか、かなり有名らしい。手伝いをしていたエリカはその忙しさに非常に驚いていた。だが、驚いてばかりではどうにもならない。なので、エリカは手際よく会計をしたり、客からの質問に答えたりした。その効率の良さにソアラは、
「エリカ…、何だったらこの後もこのお店で働く?ずっと働いているわたし達よりもすごいよ」
と思わずつぶやいていた。開店から一時間ほどすると、ようやく少し落ち着いてきたので、エリカは時々店内の様子…というよりも、レオの方を見ていた。レオは、開店当初は接客にかなり戸惑っていたようだったが、次第に慣れてきたらしく、時折笑みを浮かべるようになってきた。
そのことは良いのだが、エリカにとって問題なのは、その周りでわいわいしている人たちだ。レオは非常に容姿が良い。天文台にいたせいでそういうことにあまり詳しくないエリカでさえも、それが分かるほどだ。そのせいか、周りに女性たちが集まって、興味津々に話しかけている。レオは少し困ったような笑みを浮かべて彼女たちに対応しているが、何故だかそれを見ているともやもやするのだ。別に、レオが誰と話していようが、エリカにはほとんど関係ないというのに…。なので、エリカはレオの方をあまり見ないようにしながら仕事をしていたのだった。
だが、そんなエリカの様子に気付いている人がいた。それはソアラだ。彼女は、接客をしつつエリカの様子を見ていたのだが、先ほどからレオの方を見て、少し寂し気な表情をしていることが多い。そこでソアラは、休憩時間にお昼ごはんを買いに行くために二人で外に出た時に、エリカと話してみることにした。レオやレヴェンがいない今が聞いてみるチャンスだと思ったのだ。だが、上手い切り出し方が思いつかない。なので、単刀直入に尋ねてみた。
「ねえ、エリカ、一つ質問なんだけど、営業中、レオの方をよく見ていたわよね?その時…」
「…あ、ごめんなさい。お店の方に集中しなければならなかったのに…。気をつけますね」
どうやら、エリカはソアラがそのことを注意するのかと思ったようだ。しょんぼりとしている。
「いや、そうじゃなくて…。その時、何だか寂しそうな表情をしていたから、気になって」
すると、エリカはどうして分かったのだろう、と言うような表情を見せた。そんな彼女にソアラは思わず笑ってしまった。エリカは、恐らく彼女が思っている以上に感情が顔に出やすい。そのため、考えていることがすぐに分かってしまう。エリカは少しうつむいてその理由を答えた。
「…寂しかったのは、事実です。レオさんはこの前の雨の日、私を護るために最善を尽くす、と言って下さったのですが…。先ほど、私と同じ年頃の方々が集まっているのを見て、何だか不安になってしまって。…いつか、私ではない他の人を護るようになるのかと…」
一応、最初に話しあった時、レオがエリカの護衛をするのは「港町まで」と決めていた。だから、それ以降はレオがどこで何をしていようが、関係ない…。この前まで、エリカはそう思っていた。だが、いつの間にか心の中に、その後も一緒にいてほしいと願っている自分が現れていた。エリカにとってレオは、天文台に来てから初めて、こんなにも長い時を共に過ごした人だ。だから、そう思ってしまうのかもしれない。孤独な王女にとって、初めて一緒にいてくれて、しかもエリカの寂しさに寄り添ってくれた人だから…。そんなエリカに、ソアラは尋ねた。
「なるほどねー…。ということは、結論を言うと、エリカはレオのことが好きってこと?」
「…はい?…え、ちょっと待ってください。それはあり得ないです!そもそも、それは無理ですから!これ以上、レオさんに迷惑をおかけするわけにはいきませんし!」
珍しくエリカが非常に慌てている。そんなエリカを見るのは何だか面白いとソアラは思った。
「…でも、惹かれていることは事実だと思うわよ?そうじゃなければ、他の女の子たちが集まっていたとしても全く気にしないと思うんだけどなー…?」
確かに、ソアラの言うことは一理ある。だが、エリカにはもう一つ、惹かれてはならない理由があった。エリカはそれをそっと口にした。
「もし、私がレオさんのことを好きになってしまえば…、港町で別れることになった時に、再び一人になってしまうのが、辛くなってしまうから…。だから、恋は…できないんです」
しかし、ソアラはそんなエリカの言葉に、何か考えているようだった。そして、言った。
「でも、…これ、言っていいのか分からないけど、そういうことを考えているってことはやっぱり好きなんだと思うわよ?だって、港町で別れたくない…、そう思っているんでしょう?」
エリカはやはり何だかんだ分かりやすい。エリカの過去について大体聞いていたソアラは、彼女があまりにも孤独な環境に置かれていたことを知っていた。だが、その孤独だった少女は今、そこから抜け出そうとしている。きっと、再び孤独と言う名の場所に戻ることは…、できないだろう。恐らく彼女がレオのことを好きではなかったとしても、それはきっと同じだ。人の優しさや温もりは、寂しくて辛いと思う心を癒してくれる。そのことをソアラは知っていた。だから……。
「エリカ、一緒にいて楽しい、とか心地よい、とか思えるような人はすごく大事だからね。きっとその人は…、あなたの心の支えになってくれるだろうから…」
その言葉でエリカが誰を想像したか、ソアラには見当はついているが、本当にその人物なのかは分からない。だが、その人とエリカが一緒にいられれば良い…。そう願っていた。
「…ところで、ソアラさんの心の支えになっている方って、レヴェンさんですか?」
エリカは唐突にそんな質問をしてきた。まさか、いきなり自分の話題になるとは思っていなかったソアラはかなり戸惑った。しかも、具体的な名前まで出されてしまっている。恐らく、エリカはそれを確信しているのだろう。ソアラは一瞬黙ったが、結局、こう答えた。
「まあ…、そうね。と言っても、こっちの一方的な気持ちだけど。…そ、そんなことより、そろそろ店に戻ろうか。あまり遅くなっても、心配されるだろうし。…ね?」
ソアラは最後に無理矢理話を切り上げ、エリカを促した。エリカはまだどこか気になっているような表情をしていたがうなずき、二人は昼ごはんを買って店へと戻ったのだった。
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