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幻姫と星空の国  作者: 立花柚月
氷の街
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9

突然言われたその言葉に、エリカは驚いた。とっさに何も言葉を返すことができなかったが、今までのことを思い出すと納得することが多いような気がした。最初、国境の町の手前にある森で追手がやって来た時、レオは相手に剣使いにとっての致命傷は負わせたものの、命にかかわるような致命傷は負わせなかった。そして、氷の街に来るまでの道のりでも…。馬車が襲われた時、エリカはソアラを助けるのに必死でそこまで周りを見る余裕がなかったが、あの場には動かなくなった人物は一人もいなかったと思う。恐らく、騎士としての技術が身についているのであれば、そのまま敵を斬り捨てることも可能だったはずだ。だが、彼はそれをしなかった。エリカはそのことについて正直全く気にしていなかったし、剣を扱えない身としては守ってもらえるだけでもありがたいと思っていた。――だからこそ、エリカは気付けなかったのだろう。騎士なのに人を殺せないという事実が、レオの心に影を落としていたということに。

そして、その事実から言えるのは、もしもエリカが殺されそうになってもレオには誰かを死に追いやることはできないということだ。レオ自身がそういった危機に晒された場合も同様だ。つまりそれは、戦いで死ぬ可能性が高くなるということでもある。もしもレオの方が先に殺されてしまえば、エリカには対抗する術が一つもない。どう転んでも、反乱軍に殺される。レオはその可能性を教えるために、人を殺せないのだと打ち明けたのだろう。そのことに気付いたエリカが思わずレオの方を見ると、彼は自嘲的な笑みを浮かべ、どこか投げやりな口調で言った。

「君にも分かっただろう?僕は臆病だ。…そんな人間に命を預けるべきではない」

その声で、言葉で、エリカは気付いた。――きっと今、レオはとても傷ついている。エリカがここに来るまでの間、レオに何があったのか、それは分からない。だが、今のレオの言葉は、自分で自分を拒絶しているようでもあった。そして、その突き放すような言葉の中に、悲しさと…、ほんの少しの孤独が入っている。たぶんそれは、今まで誰にも言ってこなかった苦しみと、諦めと…、誰にも分かってもらえない寂しさだった。

レオは今までエリカに気を遣って、何も言ってこなかったのだろう。それを伝えれば、エリカが不安がると思ったから…。今まで知らなかった事実と、レオの思い。それに気付いたせいで、エリカは更に何も言えなくなった。

(…やっぱり私は、誰かに守られてばかりです。レオさんは、色々な意味で私を助けてくれていました。でも、私は…何もできていない)

しばらく二人は互いに何も言わず、沈黙の時間が続いた。雨が傘と地面を強く叩きつける音だけが響く。それだけしか聞こえない。しかし、レオは再び傘の外へと出てしまった。冷たい雨が降りしきる中へ。エリカは少しの間、その場で固まっていたが、はっとしてレオの方を見た。もし、今このまま何もしなければ、きっと彼はどこか遠くへ行ってしまう。傷ついたままの状態で。そんな予感がした。エリカは再びレオを追いかけた。ぬかるんだ道は非常に走りづらく、何度も転びそうになる。だが、何とか追いつき、エリカはぎゅっとレオに抱きついた。その拍子に、エリカの手から傘が滑り落ち、地面に転がる。冷たい氷のような雨がたちまち髪や衣服を濡らしたが、エリカは全く気にしなかった。そんなことよりも、エリカはレオが離れていくことが嫌だったのだ。引き留めるのに、傘なんて邪魔なものでしかない。

「…それでも私は構いません。だから、お願いです、私の傍にいて下さい…!これが私のわがままだということも、レオさんに負担を強いるということも分かっています。けれど、それでも私はあなたにいてほしい。…一人で、どこかに行かないで」

その言葉に、エリカの思いが全て込められていた。孤独な王女は、その寂しさをよく知っている。周りに誰もいないことの寂しさを…。だからこそ、孤独ではない今のこの状況を手放したくない、とどうしても思ってしまう。そして、誰かに独りになってほしくない、ということも…。

今までのように仕方がないことなのだと全てを諦めて、隣にいる誰かを失うくらいならば。また一人ぼっちになるくらいなら。エリカはレオを引き留めるために、ずっとこうしていたって構わなかった。

「…だが、僕のせいで君が港町に着けなかったらどうする?エトリセリアに連れ戻されれば…」

「その時はその時です。それに、私はレオさんのことを信頼していますから」

その言葉は、偽りなく、どこまでも真っすぐと伝わった。しかし、レオは頑なに言った。

「…だが、さっきも言ったが僕は人を葬ることができるほどの勇士ではない」

「それは違うと思いますよ。私が思うに、あなたは臆病ではないと思います」

エリカは言い淀むことなく、そう断言した。レオはどうしてそう言えるのだろう、と疑問に思ったが、取りあえず彼女の話の続きを聞いてみることにした。

「…もし、レオさんが本当に臆病ならばお姉様に頼まれても、私がいた天文台には来なかったのではないでしょうか?怖ければ、その言葉を無視してどこか違う場所へ逃げているはずです。そうすれば、私の護衛という名の危険を冒さずに済むでしょうから」

レオは無言でその話を聞いていた。それと同時に、あの時のジゼルの言葉を思い出した。天文台の少女――エリカを、絶対に安全な場所に逃がしてあげて、と。まるで、自分の命よりも大事だというような、それでいて何かを後悔するような、そんな声で…、そう告げていた。

「それに、追手が来た時もあなたは逃げださずに戦っていました。馬車の旅の途中で私が捕まりかけた時も、助けてくれようとしていましたし。…だから、あなたは『臆病』ではない。あなたは、『優しい』んです。たとえ自分が嫌なことでも、その『優しさ』で助けて下さる」

エリカは穏やかに、しかしはっきりとそう告げた。剣を習ったことがないエリカは、その重さや覚悟を全く知らない。騎士として働いていたレオの気持ちも…。だから、その大変さを共有することはできないし、エリカの言葉はすべて、何も知らない他人だからこそ言える言葉だった。だが、少しでもその心を軽くすることはできるかもしれない。その可能性に賭けたかった。

「ずっと戦わなくたっていい。時には逃げることも大事です。だって、ずっと向き合い続けていたら、疲れてしまうでしょう?」

ずっと眠らなければ、誰だっていつかは倒れてしまう。それと同じだ。心が疲弊しきっていたら、いつか保てなくなってしまう。きっとレオは、戦い続けてきたはずだ。敵だけではなく、自分の思いとも。だから、この言葉はレオを戸惑わせることになるかもしれないけれど。ただ、エリカは自分の思いを知っておいてほしかった。

「私は、私を守るために誰かが死んでほしくない。それだったら、私は、どんなに大変でもあなたがいてくれる道を選びます。――だから、この先も、私の傍にいて」

最後の言葉は、エリカにしては珍しく丁寧語ではなかった。むしろ人によっては命令するようにさえ聞こえただろう。けれど、その分、今までで一番大切に紡がれた。

読んで下さりありがとうございました!

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