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幻姫と星空の国  作者: 立花柚月
氷の街
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8

何か言い返したかった。けれど、それはできなかった。ミナギの言ったことは、事実だから。レオは人を殺すことができない。騎士として王城に仕え始めた時から、ずっとそれは変わっていない。ただの鍛錬や相手を「怪我させるだけ」が目的なら剣を振るうことができる。だが、人を「殺そうとする」と途端に剣を動かすことができなくなる。体が全く動かなくなるのだ。それはいくら練習しても直ることはなかった。…だから、エリカを襲ってくる相手がいてもその人を殺すことはできない。そうであると分かっていて、今まで完璧な護衛のふりを続けてきた。本当は、どうしようもないほど中途半端なのに。そのことは今まで誰にも言わないでいた。もちろん、エリカにも…。もし知ってしまえば、エリカは自分に失望するのではないかと思ったのだ。それに、エリカは何ともないように振る舞ってはいるが、久しぶりの外の世界であるため、不安なはずだ。更に、反乱軍という危険な存在がつきまとっている。そんな彼女を、これ以上不安にさせたくなかったのだ。

「それなのに王女様を守るなんて、大変だと思うよ。きっと君にとっては大きな負担だ」

ミナギはそう言うと、レオに近付いた。そして、その耳元でこう囁いた。

「…だからさ、お姫様をこっちに大人しく引き渡してくれない?そうすれば、君は誰かを傷付けなくていいし、こっちも君を殺す必要がなくなる。どちらにとってもいい話だと思うよ?」

その言葉に驚いたレオは反射的にミナギから離れた。だが、ミナギは平然とした表情でレオを見返した。そして、いつものような余裕そうな笑みを浮かべると、最後にこう言った。

「…それじゃあ、俺はこれで。いい返事を期待しているよ」

そう言うと、彼の姿は森へと消えていってしまった…。残されたレオはその場に呆然と立ち尽くしていた。言われた言葉が、頭の中から離れない。そして、最後にされた提案も…。最初から向こうの目的は分かっていた。そのはずなのに…、予想外の切り込み方をされたせいか、頭がうまくはたらかなかった。

『君は、…………人を殺すことができない』

ぽつぽつと雨が降り始めた。冷たい雨が森や地面に打ちつける。早く、戻らなくてはならない。分かってはいたが、足は全く動かなかった。あっという間に雨の勢いは強まり、ぽたぽたと髪から雫が落ちてきた。さすがにこれ以上この雨に当たり続けていては風邪をひいてしまうだろう。レオはのろのろと坂を下り始めた。しかし、頭の中ではずっとさっきの言葉が回り続けている。エリカをエトリセリアに帰すわけにはいかない。だが、レオでは力不足だということを事実だ。いざという時に人を斬れなければこちらがやられてしまう。しかし、分かっていても殺すことができないのは事実。だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。考えている間にも雨はどんどん強くなっていく。バチバチと雨が強く地面を叩きつけている。

「…僕の代わりになる人がいれば、エリカは港町に行くことができるかもしれない…?」

レオは小さくそうつぶやいた。その声は雨の音に掻き消され、それに答える者はなかった。そもそも近くには誰も人がいない。だが、レオはその方法が一番良いような気がしていた。そうすれば、エリカは逃げられるし、レオも自分の力不足などを気にしなくても良くなる。でも、それは…、逃げるのと一緒だ。それも、分かっていた。本当にそれで良いのか、と心の中で誰かが問いかけていたが、レオはあえて聞こえないふりをしていた。そうすれば、どうにかなるような気がして……。本当にそれが正しいことなのかは分からないが、恐らくこれが最善の方法だ。この方法ならば、きっとエリカは無事に港町へと行くことができる。レオはそう考えたが、先ほどと歩調は全く変わっていなかった。


「…もしかして、どこかですれ違ってしまったのでしょうか?北の方には全くいませんでしたし…。一応、東の方も見てから、一度家屋に戻ってみることにしましょう」

街の北側を回り、レオの姿を見つけることができなかったエリカはそうつぶやいた。雨は非常に強くなっている。傘に打ちつける雨の音が先ほどよりも大きくなっている。今更レオを見つけたところで彼は既にずぶ濡れになってしまっているかもしれないが、それでもエリカは何か胸騒ぎがしていたため、ずっと彼を探していた。きょろきょろと辺りを見ながらエリカは東の森へと向かった。この辺りは全く家屋などがない。そのため、雨宿りができるような場所はなさそうだ。だが、木が多いのでもしかしたらレオは木の陰で雨宿りしているのかもしれない。そう思ったエリカは少しゆっくりとそこを歩いた。…と、そこで気付いた。東の森は丘のようになっていて、まっすぐと坂道が続いている。そこに、レオがいた。やはり傘は持っていない。だが、こんな雨にも関わらずレオはどこか悄然とした様子でゆっくりと歩いていた。先ほどエリカが雨に触った時、その温度は非常に寒かった。なので、レオはかなり寒いだろう。しかし、レオは全くエリカに気付く様子がない。そこでエリカはレオに駆け寄り、声をかけた。

「レオさん!すごく濡れているじゃないですか!風邪をひいてしまいます。傘は一つしかないのですが…、でも、今からでも遅くないです。早くこの中に…」

しかし、レオはその言葉が聞こえていないかのようにその傍を通り過ぎた。やはり、何か様子がおかしい。エリカは慌てて追いかけた。何とかレオに追いつき、尋ねる。

「どうしたんですか?何だかいつもと違いますよ?何かあったんですか?」

レオはしばらくその質問に答えず、黙ったまま歩き続けていた。だが、不意に立ち止まった。そこでエリカはようやくレオに傘を差し掛けたが、彼は唐突につぶやくように言った。

「僕は…、君を守るのには適していない。…だから、君はもっと頼れる人を見つけた方がいい」

「…え?急に…、何を言っているんですか。レオさんは私が知っている中で一番剣が得意で、とても頼りになる方だと思っていますよ。…もしかして、私と一緒にいると危険な目に遭う可能性が高いから、それが嫌なんですか?それならばそうと言って下されば…」

しかし、レオはエリカの言葉を途中で遮るようにして首を横に振った。だが、その顔はとても苦しそうで、辛そうでもあった。雨は相変わらず強い状態のまま降り続いている。

「違う。そうじゃない。…けど、僕が騎士として適していないということは事実だ。このままでは、追手が来た時に対処し続けられるか分からない。だから……」

エリカはレオがどうしてそんなことを言っているのか分からなかった。恐らく彼は、何か重要なことを隠していて、そのことで何かあったのだろう、ということまでは何となく察した。しかし、それが何なのか分からない。それを解決しなければ、恐らくこの状態から進むことはできないだろう。そこでエリカは慎重に言葉を選んで、だが、紛れもない本心を言った。

「ですが、私がレオさんに何度も助けられているのは明らかな事実ですよ。ですから、あなたが騎士に適していない、なんてことはないと私は思いますが…」

――それは、知らないがゆえの言葉だ。レオはぼんやりとそう考えた。普段だったら、適当に取り繕って言い逃れることも、誤魔化すこともできたはずだった。けれど、今はその気力さえもなかった。…ただ、ミナギに指摘されたことが、自分が一番よく分かっていた事実が、心を深く突き刺していて。言ってしまえばきっと今まで築き上げてきたこの関係が崩れてしまうと分かっていて、口を開いた。その言葉が、自分でも驚くほど冷たく響く。投げやりで、自嘲に満ちていて……。

「………人を、殺すことができなくても?」

読んで下さりありがとうございました。

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