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馬車はゆっくりと街の中を進んでいく。しっかりと道路が舗装されているからか、大きく揺れることはほとんどない。窓から外を見てみると、街の至る所で様々な人々が祭りの準備を行っている。飾り付けをする者、屋台の準備をする者、舞台を設置している者…。大人も子どもも関係なく、お互いに協力し合って準備をしていた。街中がとても明るい雰囲気だ。エリカはじっとその様子を見つめていた。その顔はどこか羨ましそうな、そんな表情だということにレオは気付いていた。恐らく、家族で作業しているのを見て、寂しく思ったのだろう…。それからしばらくすると、馬車は一軒の大きな家屋の前に停まった。
「よし、着いたね!ここは、毎年お祭りの時に使っている場所なんだ。レヴェンがここの持ち主と知り合いで、いつもこの時期だけ貸してもらっているの。中はすごく広いんだよ」
「そうなんですね。……あ、私、荷物を運ぶの手伝いますよ?ここまで連れて来て下さいましたし。本当にありがとうございました!おかげで助かりました!」
「ああ。もし僕らだけでここに行こうとしていたら、きっとたどり着いていなかったな…」
すると、何故か二人のその言葉にソアラが慌て始めた。いつの間にか荷台の方にやって来ていたレヴェンも困惑したような表情をしている。ソアラはレヴェンと一瞬顔を見合わせた後で言ってきた。
「ねえ、もしかしてこれ、ここでお別れする感じになっているよね?それなら聞くけど、あなたたち、今日はどこに泊まるつもり?ここには基本、宿とかないけど野宿でもするの?」
ソアラの質問に、今度はエリカとレオは顔を見合わせた。この街について、二人はあまり詳しく調べていなかったのだ。そんな二人にレヴェンとソアラは少し呆れていた。レヴェンが荷台の壁に寄りかかって言った。
「お前ら、少しは次の街の情報くらい調べておけよ…。いいか、この街にはほとんど宿がない。あったとしても、既に満室になっているはずだ。祭りが近いからな」
「だから、二人もこの街にいる間、ここに泊まれば?どうせこの家、広すぎて部屋があり余っているし。…って思っていたのに、二人が出ていきそうな雰囲気だったからびっくりしちゃった!」
「でも…、いいのですか?湖の街からお世話になっているのに…」
「嫌だったら、そもそも馬車で一緒にここに来ないか、ってことすら提案してないよ!」
エリカの申し訳なさそうな言葉にソアラはあっさりとそう答えた。エリカの正体を知った後でも、ソアラは全くそれを気にせず、今まで通り接してくれる。それくらい、エリカは親しい相手になっていたのだ。それでもエリカが迷っていると、隣のレオがレヴェンとソアラにこう返答した。
「それなら、遠慮なく使わせてもらう。その代わり、祭りの準備を手伝うから」
その言葉にエリカは驚いたようにレオを見た。すると、レオは心配そうにエリカの頬に触れた。
「エリカ、顔色が悪い。恐らく、長旅で疲れたんだろう。それなのに野宿とかさせるわけにはいかない。ここで休んで、体力を温存しておいた方がいいと思う」
一方、エリカはレオのその言葉と行動に固まっていた。しかし、よくよく考えてみれば、目の前のレオも疲れているはずだ。追手との戦いもあったし、最近どこか沈んだ様子を見せている。ここで少し休憩した方が少しは落ち着くかもしれない。そのことに気付いたエリカは、氷の街にいる間は、この家屋に滞在することにした。しかし、そんな二人を見たレヴェンとソアラは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「本当に何なんだ、この二人…。無意識に俺らの存在、勝手に消しているんじゃないか…?」
「同感だよ、レヴェン…。でも、それなのに二人とも全くその自覚がないからね…。一体どうなることやら?見ているこっちがやきもきしちゃうよね…」
一方、その会話を聞いていなかったエリカは何だか顔が熱いような、そんな気がした。レオが急に頬に触れてきたからだろうか。すると、レオが今度はエリカの額に手をあてて言った。
「何か熱いような…?もしかして熱があるんじゃないか。一旦休んだ方が…」
しかし、エリカはレオが近付いた時に更に体温が上がったような、そんな感覚がした。取りあえずこの状況をどうにかしたいエリカは、自分でもよく分からずに何故かこう口走った。
「全然違います!熱などではなくて、これはレオさんのせいですから…!!」
「は…?!どういう意味だ、それは…?全く意味が分からないのだが…」
そう言われたが、その言葉を言ったエリカ自身もよく分かっていない。二人のそのやり取りを見て、レヴェンとソアラは、どうしようもないと言うようにため息をついた。それに、これ以上エリカたちを放っておくと更にこちらの存在を消されそうなので、ソアラは二人に声をかけた。
「二人とも、そろそろこっちの手伝いをしてくれない?早くしないと夜になっちゃうよ!」
すると、二人は素直に謝り、荷物を運び始めた。レヴェンとソアラの指示を聞きながら、家屋の中へと運び込む。取りあえずエリカとレオがちゃんと手伝ってくれているので、ソアラはほっとした。すると、荷馬車の奥の方にあった箱を取ったエリカがソアラに尋ねた。
「この中って何が入っているんですか?意外と軽いですけど…、紙とかですか?」
「あー、それ?ううん、違うよ。その中に湖の街で作られた糸が入っているの。それを使って組み紐を作るんだ。そうだ、エリカもそれを作るときには手伝ってもらおうかな?」
「本当ですか?ぜひ!楽しみにしていますね!」
エリカはそう言って笑うと、それを持って中へと入っていった。ソアラはそれを見送ってから少し笑った。エリカはとても素直で優しい少女だ。こうして見ると、どこにでもいそうな普通の女の子にしか見えない。孤独な過去を持ち、今も厳しい状況に置かれているとは思えないほど…。できることならば、その優しさと無邪気さが彼女の中から消えないでほしい、と思っていた。――しかし、きっとこれからエリカが歩む道は険しいだろう。だからソアラは、せめて一緒に過ごしている時だけは、彼女を楽しませたいと思っていた。それくらいしか、ソアラにできることはない。エリカの王女としての運命を変えることはほぼ不可能だからだ。それでもソアラは、一緒にいる今だけでも、何かエリカのサポートができればいいと考えていた。いつかは必ず、エリカたちとの別れの時が来てしまう。しかし、その時まではなるべく…。
「それまでは…。少なくとも今だけは、逃避行のことなんて忘れて、楽しんでくれたらいいんだけどな…。だって、エリカはどこにでもいそうな、そんな子だもん…」
「ソアラ、そんなことを考えていたのか。まあ、どこにでもいそう、って言うのは確かだな。…せめて、あいつらがずっと一緒にいられたらいいけどな」
いつの間にかソアラのすぐそばにレヴェンがいて、ソアラの言葉にそう返した。ソアラは神妙な面持ちでうなずいた。そこでちょうどエリカが建物から出てきた。途中で一緒になったらしいレオと楽しそうに話している。レオも普段は見せない柔らかな笑みを浮かべている。二人はどちらも気付いていないようだが、やはり不思議と信頼関係があるようだ。ソアラとレヴェンに気がつくと、二人は彼らのいる方へと走ってきた。そんな二人にソアラはとある頼みごとをすることにした。
「ねえ、二人とも!荷物を運び終えて早々なんだけど、ちょっと街に買い物に行ってきてもらえない?わたしたちはその間に家の中を整理しておくから!お願いできる?」
ソアラにはそれだけではなく、ある魂胆があった。それは、エリカとレオが少しは仲良くなってほしい、ということだ。レヴェンもその意図に気付いたらしく、うなずいた。エリカとレオは顔を見合わせたが、了解、と言うようにうなずいた。なので、ソアラは今日の夕食の食材と祭りの準備で必要なものを書いた紙を二人に渡し、ついでに街を散策してくるように言った。
「エリカ、着いて早々で悪いが行けそうか?早くしないと日が暮れそうだ。来たばかりの街で道に迷うかもしれないし。疲れているなら、無理にとは言わないが…」
「大丈夫ですよ!明るいうちに行ってきてしまいましょう。というか、レオさんこそ疲れていませんか?何だったら私一人でも行って来られると思いますけど…」
だが、その質問にレオは心配ない、と首を振り、早速二人は街の中心部へと向かっていった。レヴェンとソアラは少しの間、何かを話しながら向こうへと歩いていく二人を見送っていたが、彼らも家の中の整理をしなくてはならないため、家屋の中に入ることにしたのだった。
読んで下さり、ありがとうございました。
次回はもう少し早く更新したいな、と思っています……。




