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男が去っていくと同時に、他の敵たちも逃げ始めた。どうやら彼らも退散することにしたようだ。もしかしたら、他の人物を率いていたのは先ほどの男だったのかもしれない…。そう思いつつ、レヴェンは剣を仕舞い、男が立ち去った直後にソアラの元へと駆け寄ったエリカの後を追った。レオも黙ったままで付いてきた。
「ごめんなさい、ソアラさん。私のせいで…。すぐに治療をしますので」
そう言ってエリカは治療道具が入った小さな箱の中から包帯や薬を取り出し、早速怪我した箇所を消毒し始めた。ソアラは黙ったまま、包帯が巻かれていく自分の腕を眺めている。その瞳に悔しさが浮かんでいることに、レヴェンは気付いていた。そして、彼にもその気持ちが何となく分かっていた。ソアラはきっと、自分が敵に対処しきれなかったことに対して後悔しているのだろう…。その間にもエリカは治療を続ける。一方、レオは先ほどの男たちが戻って来ないか警戒していた。しかし、先ほどまでの緊迫した空気は既に消え、穏やかな風だけが時折吹いていた。
「ありがとね、エリカ。……それで、一つ質問なんだけど。エリカは、『星空の一族』なの?」
エリカが治療を終えた後、ソアラは静かにそう尋ねた。その声はいつもと同じようで、そうではなかった。いつもよりも真剣な色をしている。しかし、その言葉に、エリカは一瞬ソアラから目を逸らした。その問いで、知られたくなかったことが明らかになってしまったことが分かったからだ。「星空の一族」とは、基本的にエトリセリアの王族を指す言葉だ。星術で未来を読み、それによって国を動かしていくことから、昔からそう呼ばれている。レオがその言葉に、二人の方に目を移した。レヴェンは話の流れが理解できないようで、怪訝そうな表情をしている。しかし、ソアラは何も言わずにただ答えを待ち続けていた。しばらく沈黙が続いた後でエリカはようやく言った。
「…ええ。改めて自己紹介した方が良さそうですね。私の本名は、エリカ・エトリセリア。エトリセリア王国の第四王女で、幻姫とも呼ばれています」
――本当ならば、こうして正体を明かすことは避けたかった。けれど、先ほどの男との会話と、エトリセリアから来た、という情報さえあれば、誰だって分かってしまうだろう。それに、彼はエリカを「幻姫」と呼んだ。その呼び名は割と有名であると聞いているし、例えそれを知らなかったとしても、何となく察することはできるはずだ。――…そう呼ばれている人物が、高貴な身分であることを。
「そうなのね。…でも、ということは、二人は反乱が起こったからフレイアまで逃げてきたってこと?たった二人だけで?」
怪訝そうなソアラの質問に、エリカとレオはうなずいた。星空の力に関する話は伏せ、事情があって城ではなく違う場所で暮らしていて、ほとんどの人にその存在を知られていなかったということをエリカが話した。そして、その続きをレオが引き取った。
「僕は元々騎士として王城に仕えていたが、第二王女、ジゼル様にエリカを安全なところに逃がすように、と命じられ、こうして共にいる。本来ならエリカの存在は誰も知らないはずだが、どうやら反乱軍の中にも何人か知っている人間がいるようで、そいつらが追ってきている」
エリカはうつむいた。彼らと戦いになることを予想していなかったわけではない。その上でこうして荒野の旅を続けていた。…だが、結果的に、本来であれば関係のなかった二人を巻き込んでしまい、ソアラは怪我を負ってしまった。…そして、それはきっとこれからも続くのだろう。彼女が逃げ続ける限り、反乱軍は追ってくる。その時に巻き込まれてしまうのは、彼女の近くにいる人間だ。
「それなら、尚更俺らと一緒で良かったな。さすがにあの量の数はレオ一人では捌ききれなかっただろう。それと、迷惑とか気にしないでくれ。どっちにしろ、道中は危険だからな」
しかし、レヴェンはあっさりとそう言った。ソアラもそれに同調するようにうなずく。そうして、優しくエリカを抱きしめた。大丈夫だよ、と言うように…。その温もりに、エリカはふとジゼルのことを思い出した。それと同時に、安堵した。エリカの正体を知った上に、先ほどのような戦いがあった。それでも、二人は何も変わらずに接してくれる…。そのことがありがたかった。
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一方、先ほどエリカたちを襲った男は近くにある森へと身を隠していた。そこに後から複数の仲間たちがやって来る。彼らの顔色は悪い。予想外に相手が強かったのと、一番の目的を果たせなかったことがその理由だろう。男が次はどうしようかと考えていると、仲間の一人が話しかけてきた。
「ミナギ様!このままではエトリセリアには戻れません。あの方が望んでいらっしゃるのは……」
ミナギと呼ばれた男は片手を上げ、その言葉を制した。――彼が本来得意とするのは、こうした物理的な戦いではなく、知略による戦いだ。今までもそうやって、王城で星術師としての地位を築いてきたのだ。だから、これからもその方針を変えるつもりはない。…既に、次の策は大体考えてある。ミナギはいつも通りの余裕がある笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。まだ一応、策は残っているからねー。……周りを崩せば、必ず綻びが生まれる」
そう言ってミナギはくすくすと楽しそうに、だが、どこか冷ややかに笑った。この策が成功すれば、今度こそエリカを連れていくことができる。そして、彼にはそれが成功するという自信があった。ミナギは口元に笑みを浮かべたまま、馬車が向かった方向を見つめた。
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その後、取りあえず今日は近くの休憩場所まで行って、しばらく休もうという話で一致したため、四人は再び荷馬車に乗ってその場所へと向かっていた。ソアラの怪我は幸いにも浅かったが、油断はできない。氷の街まではまだ距離がある。だが、時間にはまだ余裕があるので、一旦疲れを癒すべきだと判断したのだ。そうして再び馬車で移動しはじめた彼らだったが、その途中でレオがエリカに尋ねた。
「そういえば、さっきの鍵は一体何だったんだ?すごく古いもののように見えたが…」
エリカはポケットから再びその鍵を取り出した。その持ち手には、古代文字と思われる字が小さく彫られていた。そして、字の横には不思議な紋様も入っている。花のようにも、星みたいにも見える、そんな紋様が。エリカはそれをレオに見せてから、説明した。
「この鍵は、私が天文台に住み始める前からあったものです。私がそこに行った時には、既に小さなテーブルの上に置いてありました。どこへ使うための鍵なのかは分かりませんが、何だか重要そうな鍵だと思ったので、ずっと自分で持っていたんです。まさか、あのような形で役に立つとは思ってもいませんでしたが…。これもお姉様のおかげですね」
エリカがさりげなく最後に言ったその言葉を、レオは少し怪訝に思った。何故ここでジゼルが話に出てくるのか分からなかったからだ。すると、エリカが補足した。
「お姉様は私によく、少しの力でも相手を攻撃できる技術を教えて下さったんです。実際、王城でもよく使っていたようですよ。この前、弓矢で狙ってきた人を転ばせたのも、お姉様が教えて下さった技ですし。どうやら、お姉様は流れの用心棒から学んだようですが…」
エリカは楽しそうに、それ以外の技の話を続けていたが、それを聞いたレオは、王城でのとある出来事を思い出していた。普段、レオがジゼルと関わることはほとんどなかった。何かの式典の時に護衛をしたことはあったが、その時にも特に会話を交わしたわけではない。彼がジゼルと言葉を交わしたのは、エリカの護衛を頼まれた時と……、それからもう一度だけ。ジゼルがそれを覚えていたのかは分からないが、彼にとってとても印象に残った出来事があった。――それは、反乱が起こる一年前。まだ国が平和で、レオが王城に仕えていた頃の話…。
ようやく追手の名前(ミナギ)が出てきたので、登場人物に追加します。イオさんの説明をどこに配置するかで迷っています…。
読んでくださり、ありがとうございました。




