第二幕
仕事を終えて家に帰ろうとしたとき、ふと気がつくといつの間にか奇妙な場所にいた。
「おお、よくぞ召喚に応じてくださいましたな、勇者殿!」
目の前にいる、白尽くめで奇妙な杖を持った男が俺に話しかけてくる。
何を言っているのかさっぱりだが。
「ふむ、言葉が通じていませんかな?」
しばらくきょろきょろしていると、男がぶつぶつ言いながら右腕に杖を押し付けてくる。
「痛っ!何をする!」
「おお、大変失礼いたしました勇者殿。今のは言葉を通訳するためのものでしてな」
「は?勇者?」
親父、お袋、俺はどうやら異世界に召喚されたらしい。
召喚されてから半月程が経った。
魔王討伐の旅は厳しくつらい。
道中よく魔物に襲われる、宿はあまりきれいじゃない、食事は口に合わない、おまけによその国にちょっかいを出されることさえあった。
まあ、他の奴等の前で弱音を吐く気はないが。
あの後、他の神殿(俺が召喚されたのは光の神殿だった)で召喚された四人は、全員俺よりも年下だったから。
本当はこんな過酷な旅に出すのは嫌だったが。
「あの、樹さん。ちょっといいですか?」
水の神殿の勇者でもある佐々木晶子が俺に話しかけてくる。
「どうした晶子ちゃん、何かあったのか?」
「実はこの腕の紋章なんですけど…」
彼女曰く、この右腕の紋章は通訳以外の効果もあるらしい。
「まだよく分かりませんが…」
どうにも、嫌な予感がしやがる。
召喚から一年、俺たちは魔王討伐に成功した。
犠牲は酷く、俺たち五人のうち、生きているのは俺と晶子だけで、その俺も右腕を失っていた。
「迷惑をかけるな」
「ふふ、彼氏を助けるのは彼女である私の役目でしょ?」
俺と晶子はあの旅の中で恋人同士になっていた。
五つも年下のせいか、他の奴等はロリコン呼ばわりしてきやがったが。
まあ、この謁見が終わったら結婚するわけだから、あながち間違いでもないかもしれない。
「陛下の準備が整いました。どうぞこちらへ」
さて、この戦勝報告が終われば結婚式だ。
いっちょ頑張りますかね。
あれから半年、俺は暗い地下にいた。
この国の王はクズだった。
奴は俺への褒章に貴族の位と辺境の領地を与える、と言ってきた。
その辺境とはまったくの荒野で、資源も出ない土地だった。
さらに晶子には王妃にしてやるとほざいてきた。
要するに俺から恋人を奪い取り、俺を辺境へと追放するわけだ。
当然俺も晶子も断り、それくらいなら元の世界に帰せと言った。
だが、クズ王が奇妙な杖を持ち出したとき、状況はおかしくなった。
晶子の体は操られてあのクズのそばに行き、俺は全身から力が失われた。
どうやらあの右腕の紋章は洗脳の効果もあったようだ。
あの日以来、俺は地下牢に幽閉された。
自殺することができないようにした上で。
さらにご丁寧に、自分の寝室の音が俺の元に届くようにまでしてきた。
夜毎響いてくるクズの笑い声と晶子の泣き叫ぶ声に、俺は狂ったように叫ぶことしかできなかった。
いつしか、俺の中の憎悪はこの世界すべてに向いていた。
「憎いか、全てが…」
やがて、そんな声が聞こえてきた。
息子が消えてから十年、私もようやく眠ることができる。
息子が勤めていた会社からは横領の罪を被せられ、それが晴れてからも近所からは罪人のごとく罵られた。
そして家を失い、夫を心労で失い、親戚からも絶縁された。
私もまた、いつの間にか病魔に侵されていた。
けれども、もうすぐ死ぬ私には遠い過去のことでしかない。
せめて、夫と息子に会えますように。
そう願いながら、私は目を閉じた。
「先生、このご遺体はどうするんですか?」
「ああ、この後大学の方に献体として回してくれ。それで入院費と相殺することになってるから」
「わかりました。……はあ、死んでからあのお坊ちゃんたちの玩具か。この患者さんも哀れなものね」




