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62 ひとり

 寝殿の奥から叫び声が聞こえた。


 「助けてください!!」


 「誰か!!」


 声にならない声。恐怖の声。


 可武斗かぶとが目にも止まらない速さで広い寝殿を駆け抜け、寝殿奥に避難しているやんごとない方々を守る。


 比都ひつの式神は、可武斗がすべて切って捨てた。


 屋根の上から、蓬野姫よもぎのひめがやんごとない人々がおられる区域につながる場所すべてに壁の術を張りなおす。


 蓬野姫の髪がパッと散った。顔のすぐ横を比都の術が飛んだのだ。


 黄金こがねがすばやく気づいて術を避けてくれた。


 「人のことをかまっていられるのか?蓬野姫」比都が笑う。


 比都は、黄金の足を集中して狙った。黄金は必死でよける。背に乗っている蓬野姫は、黄金から振り落とされないようにつかまるので必死だ。


 「愉快、愉快。蓬野姫よ。お前はひとりで戦えぬのか?弱いなあ」


 比都は術を繰り出しながら楽しそう。


 「私はいつもひとりだった。今もそうだ。お前たち貴族は、家人に囲まれ、ひとりでは生活できない。それなのに、ふんぞり返っている」


 黄金が細かく比都の術をよけながら太く吠えた。怒りの形相だ。


 その顔めがけて、比都の強い術が命中した。


 黄金の大きな体が吹き飛ばされた。その勢いに堪え切れず、蓬野姫は黄金の背を離れてしまった。


 蓬野姫の小さな体は、寝殿の屋根の上を転がった。


 「くっ!」


 蓬野姫は、屋根から落ちないように屋根に向かって術の縄を打ち込み、自分の体に巻き付けた。


 比都は歓喜の声を上げながら蓬野姫に術を連発する。蓬野姫は強い壁の術と攻撃を跳ね返す術を繰り出す。


 比都は、蓬野姫の壁の術を丸ごと巨大な縄の術で縛り上げる。太い縄はだんだん巨大な蛇となり、蓬野姫の壁ごと締め付ける。


 物陰から戦いを見ていた家人たちから悲鳴が上がる。


 「蓬野姫!!負けないで!!!」


 比都は声の方をちらっと見る。「ち」比都は舌を鳴らした。


 戦いを地面から見上げていた家人たちの腹に何かが刺さったかのように急に血が噴き出し、家人たちは倒れた。


 「人を殺すのはやめなさい!!」


 術の壁にひびが入り始めている蓬野姫が叫ぶ。


 比都は、にんまり笑った。


 「どの口が言うのか。貴族は平民を人とも思わず、気が向いたときだけ使い、不要になったら捨てていくだろうが。みじめな気持ちを貴族も味わうがいい」


 蓬野姫を助けに屋根の上まで来ていた鍬形の胸を、比都の雷が貫いた。


 鍬形は真っ青な顔で屋根から転落する。


 「鍬形!!」蓬野姫が叫ぶ。


 「愉快、愉快!!それだ、それだ。平民が受けた苦しみを味わえ」


 比都は地面に落ちた鍬形に最後の一撃の術を出す。鍬形の体が大きく痙攣けいれんした。


 「やめろ!!!!」蓬野姫が叫ぶ。


 蓬野姫の壁の術が割れた。大蛇が蓬野姫に巻きつき、締め上げる。


 蓬野姫の顔が赤黒く引きつる。


 「それだ!その顔が見たかった!!平民はみんなそうして死ぬんだよ!!貴族のみなの者。見るがいい。蓬野姫の次は、お前たちだ。楽しみに順番を待つがいい!!」


 比都は、ひょいと後ろを振り向いた。


 可武斗が刀を振り上げている。


 「お前もいたなあ」


 比都は、にたあ、と笑って手を動かす。矢がまっすぐ可武斗に飛んでいく。


 可武斗の眉間に矢がどすん、と刺さる。可武斗は目を開いたまま、倒れた。


 「よおし。蓬野姫よ、ひとりの気分はどうだ?もっとひどい目を見せてやろう。すぐには死なせないぞ」


 比都はわははは、と笑う。


 「比都!!!!」


 比都がゆっくり振り向いた。沖の中将が比都に向かって刀を構えている。


 「ああ、沖の中将か」比都が笑う。「お前は霊能力がないのだな。気が付かなかったよ。お前に何かできそうかな?」


 「僕にもできることはあるぞ」


 沖の中将は、刀を構えてまっすぐに比都を見つめている。


 「ふむ。美しい顔だな。その顔を醜くしてやろう」


 比都が手を振った。沖の中将の顔めがけて矢が飛んだ。


 沖の中将は刀を振り、矢を縦に真っ二つに割る。


 「ほう、やるではないか。ただの人間」比都が笑う。


 比都は手を振ると、無数の矢が沖の中将目がけて飛んでいく。


 沖の中将は、しっかり目を開いている。


 うむ、見える。矢が飛ぶのが一本、一本、見える。


 沖の中将は、刀で矢を振り落としたり、足で踏みつけたりしながら比都に接近してく。


 「やるじゃないか、人間」


 比都は炎の蛇を沖の中将に向かって襲わせた。


 炎の蛇が大きな口を開けて、沖の中将を飲み込もうとしている。


 沖の中将は、自分に言い聞かせた。


 あれは炎の蛇ではない。普通の大蛇だ。普通の大蛇だ……!!


 炎の大蛇が沖の中将に近づくと自分が蒸発してしまいそうな熱量を感じる。


 あれはただの大蛇……!!!


 沖の中将は自分に言い聞かせる。


 刀を大蛇の大きく開いた口に刀を斜めに構える。


 大蛇の大口に向けて斜めに切りかかる。


 手ごたえがある。


 大蛇は炎を散らしながら顔を二つに割った。


 「……切れた!!」


 沖の中将自身、驚く。


 大蛇の切れたところから炎が消え、普通の大蛇になっていく。大蛇は苦しそうにばたん、ばたんと巨大な体をくねらせ、地面に叩きつけている。

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