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61 雷

 寝殿の屋根の上から見下ろしている蓬野姫よもぎのひめは、宮殿の奥のやんごとない姫君や殿方が、額に赤い印のある侍女や侍従たちに連れられて避難しているのを確認した。


 「よし、鍬形くわがたうまくやっているわね」


 別の方を見ると、可武斗かぶとが刀の先から水を吹き出しながら走り、火を消してまわっている。


 「可武斗も順調ね」


 不気味な大きな笑い声が寝殿に響いた。朽無大臣くちなしのおとどだ。


 「さあ、遊びはここまでだ。本番を始めようではないか。蓬野姫、そこにいるのはわかっている。我が力にひれ伏すがいい」


 朽無大臣は、ゆっくり歩いて寝殿の庭に降りてきた。そこから寝殿を眺める。


 「ああ、美しい寝殿である。貴族にふさわしい」朽無大臣は満足そうに笑った。


 「やめなさい!!」屋根の上から蓬野姫が叫ぶ。寝殿すべてに強い壁の術を放つ。


 「蓬野姫、なかなかの術だな。私の術をはじくことができるかな?」朽無大臣はゆっくり手を振り、術を出した。


 寝殿に向かって、無数の雷が落ち始める。


 「くっ!」蓬野姫は屋根の上で、歯をくいしばる。


 蓬野姫の術の壁は寝殿を守り、無数の雷は跳ね返った。が、跳ね返った雷が四方八方に飛び散っていく。


 飛んでいく先は、大勢の人々が暮らす都。


 「しまった、都を焼いてしまう!!」


 蓬野姫は都一帯に壁の術をかける。が、都は広い。


 寝殿を守っても、都を守れなければ意味がない。蓬野姫は力の限り、都中に壁を作る。


 不気味な雷の光が蓬野姫の頭の上を無情に飛んでいく。


 『都の端まで走ろうか?』黄金こがねが蓬野姫の頭の中に直接伝えてくる。


 「だめ、ここを絶対に離れてはいけない」


 『わかった』


 「あ!!」蓬野姫が息を飲む。


 寝殿の端にある大きな屋敷に飛び散った雷が全て集中して落ちた。


 どーーーーーん!!!!


 地面がぐらぐら揺れるほどの衝撃。耳をつんざくほどの轟音ごうおん


 光が強すぎて、何も見えない。


 蓬野姫は目を開けるのが怖かった。目を開けば何が見えるだろう……。


 そっと目を開けてみる。蓬野姫の目がだんだん慣れてきた。


 焼野原になった都……?吹き飛んだ寝殿……?




 違う。


 寝殿も、都も、異常がなかった。


 「!!!!!!」


 寝殿の端にある大きな屋敷のてっぺんに、一本の刀が刺さっている。


 刀は、大量の水を吹き出している。


 その水が、屋敷すべてに流れおち、まるで滝のようになっている。


 「可武斗……」


 蓬野姫は、息を飲んだ。


 屋根の上に刺さっている刀は、可武斗の刀だ。


 可武斗は、瞬時に判断し、近くの屋根に刀を突きさしたのだろう。


 雷の電気を逃がすために、大量の水を放出したのだろう。


 刀は避雷針の役割を果たしていた。


 「可武斗……すごいじゃない……!!!」


 蓬野姫の顔に笑顔が戻る。


 「すごいじゃない!!!私、大きな失敗をしたと思ったわ!!」


 『蓬野姫、黄金もやるよ!!』黄金もうずうずしている。


 「うん!さあ、再開するわよ!!」


 蓬野姫は、今まで以上に強い術を使い始めた。




 歯をギリギリ鳴らしていたのは、朽無大臣。


 鬼のような形相が、だんだん変化し女性に変わっていく。


 比都ひつだ。


 比都は、朽無大臣の着物のまま怒りの形相で術を使う。


 「寝殿を破壊できなくとも、都は破壊できると思ったが……。小童め!!私の邪魔をするとは……許せぬ!!」


 比都は、屋根に刺さっている刀に式神の矢を飛ばした。矢を飛ばすのに弓はいらなかった。矢は比都の手を離れると、すさまじい速さで飛ぶ。


 「そんな刀など、折ってくれるわ」


 矢はまっすぐ刀に向かって飛んだ。蓬野姫は矢が燃える術をかける。が、速く飛ぶため、なかなか当たらない。


 矢が刀に到達してしまう……。


 刀に手をかけた人物がいた。刀の柄を握ると、すっと屋根から抜く。


 噴き出ていた水も一瞬で止まる。刀を手にしたのは、可武斗。


 可武斗は、矢が刀に到達するまでに刀を振った。矢は、縦に真っ二つに割れた。


 怒った比都が手を一振りする。比都の体からクジャクの尾羽根が広がったかのように無数の矢が飛ばされた。


 蓬野姫が空を埋めつくすように飛ばされた矢を燃やす。


 多くの矢は空で燃え尽きる。


 いくつかの矢は、火がついたまま屋敷の屋根に到達する。


 鍬形が水の術を放ち、すべての火を消す。


 比都は、無数の式神の紙を放った。すべて兵士となり、逃げ遅れている人々を襲う。


 蓬野姫も、比都の式神よりも多くの式神の兵士を出し、防衛する。


 寝殿は、まさに戦場となった。


 比都は、兵士を操りながら式神の侍女も繰り出す。侍女には、貴族たちが逃げて行ったあとを追わせる。


 当然、貴族が逃げた廊下は途中で行き止まりの術が施してある。


 比都の式神たちは、その術を突破できず廊下を通ろうとして体当たりしている。


 式神たちは、巨大化し、行き止まりの術に体当たりを繰り返す。


 中にはうまく術の壁を打ち破り突入していく式神もあった。


 「私の術の方が、強いのだ!!」


 比都は、不吉な笑みを浮かべて無数の式神を操っている。しかも、調子が上がってきているようだ。


霊能力の強い可武斗や鍬形の動きはしっかり把握されており、攻撃をふさがれていた。


 『姫、助けにいかないと……』黄金が気をもむ。


 「いいえ。私はここから動いてはいけないの」


 蓬野姫は最小限の動きしかしなかった。


 「可武斗、鍬形。……頼んだわよ」


 『姫?』黄金が蓬野姫を見る。


 蓬野姫の瞳は、しっかり比都をとらえている。

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