59 襲撃
それは突然だった。
空はよく晴れていた。鳥がさえずり、心地よい風がゆっくり吹いていた。
寝殿の大きな庭は、砂利がびっしり敷き詰められ、侍従たちが順序よくほうきを使って美しい波模様を描き終わったところだった。
「今日も美しい仕上がりだ」
「おれも技術が上達しただろう」
「そうだな。あと、あそこのところの波をもう少し緩やかに描けたらもっとよくなるさ」
などと言いながら、木陰に座って休憩を取っていた。
ゴロロロロ……。
「雷か?」
侍従たちは空を見上げるが、空はどこまでも青い。
どーーーーーん!!!
侍従たちは、轟音に驚いてひっくり返ったり、急に立ち上がったりした。
「なんだ、なんだ……!」
「一体、何が起こった?」
侍従たちは、おっかなびっくり慌てた。
「うわああああああ!!!!!」
誰かが大きな声を出す。
その声にみんな驚く。
「あれを見ろ!」
指さす方にみんなは注目する。
寝殿の広い庭は、さっき自分たちが砂利を美しく整えたところだ。
そこに、巨大な穴があいている。
寝殿は大パニックに陥った。それは、庭だけでなく、寝殿の中から庭を見た者にも起こっている。
「見たか!我が力を!!」
寝殿の中央、入り口の階段の上に立って大きな声を出す者がいる。両手をあげ、不吉な笑顔を浮かべている。
庭にいる侍従たちは、恐怖の表情でその人物を見ている。
寝殿内にいる者たちは、目を見開き、真っ青な顔をして口をぽかんと開けている。
寝殿の中央に立っている人物、それは朽無大臣だった。
近くにいた検非違使が朽無大臣にかけよる。
「大臣様、いったい、どうされましたか」
検非違使たちは、しゃがんで敬礼している。
「ついに、私の力をみなに披露するときが来たのだ。どうぞ、ゆっくり御覧いただきたい」
よく通る声で、朽無大臣が言った。
まるで、寝殿を舞台とした演劇を見ているのかのようだ。
朽無大臣は、優雅に両手を振った。
検非違使たちの体が、ふわりと宙に浮かぶ。
「わわわ……!!」
検非違使たちは、驚き、宙で手足をばたつかせる。
「これは、一体……??」
そう言っているうちに、検非違使たちの体はどんどん空高く昇っていく。
寝殿の屋根のてっぺんの高さまで上ると、ピタリと止まる。
「どうなっている?誰か、降ろしてくれ!!」
手足をジタバタ動かしているそれは、空高くホバリングしているヒバリのようだ。
大勢の人々が見ている前で、人間が空に浮かんでいた。これほど異様な光景はほかになかった。
「どうだ、高い所は。いい景色だろう」朽無大臣のうれしそうな声。
大勢の人々は、上を見て指さしながら心配そうに見ている。
誰か降ろしてくれ、怖い、と検非違使たち。
下から見ている人々も、だんだん恐怖を感じてきた。
「誰か、降ろしてやってくれ」
「どうやってあそこまで行ったんだ」
人々の不安と恐怖が寝殿を包み始めた。
「それでは、みなさん。お待たせしました」朽無大臣。
宙に浮いた検非違使たちの体が、すう、と降り始めた。
人々の間に、ホッとした声や、応援する声が起こる。
が、それは悲鳴に変わった。
検非違使たちの体は、始めはゆっくり降りてきていた。が、スピードが急速にあがる。
地面から強い力で引っ張られているかのように、ものすごい速さ。
検非違使たちは、庭にあいた大穴の中に落ちた。
人々の耳に、地面に物体が衝突した不気味な音が響く。
寝殿には大勢の人がいた。すべての人が凍りつく。
寝殿に不気味な沈黙が襲う。
しかし、それは一瞬のことだった。
寝殿が、阿鼻叫喚になる。
貴族たちが、寝殿の奥へ向かって逃げ始める。
庭にいた侍従や侍女たちは、泣き叫びながら寝殿の外へ向かう。
逃げようとする人同士がぶつかり、転がる。逃げて走っている人が転がった人につまずき、また転がる。あちこちでこういった事故が増えていく。
朽無大臣は、寝殿の中央に立ち、人々が逃げ惑う様子を楽しそうに眺めていた。
満足そうにゆっくり歩く。
「動くな!!そこまでだ!!!」
新たな検非違使たちがやってきた。奥には陰陽師たちが見える。
「ああ、やっと来られましたか」
朽無大臣はにこやか。むしろ、彼らを手招きしている。
大勢で走ってくる検非違使たちが、強い風に吹き飛ばされる木の葉のように宙を横跳びに飛んだ。
「わああああああ!!!!」
検非違使たちの叫び。
朽無大臣は愉快そうに笑う。
陰陽師たちが術を使っている。朽無大臣を捕まえる縄が宙を飛んでくる。
朽無大臣は笑顔のまま手を動かす。縄が消えた。
「こしゃくな!!」陰陽師たちは、寝殿の奥から大蛇を出してきた。
大蛇は舌をチロチロだしながら、朽無大臣へ近づいていく。
「やあ、これは、これは。すばらしい術ですね」
朽無大臣は余裕の笑み。
手をゆっくり動かす。
寝殿の中央階段の上に、大蛇よりも大きなカエルが現れた。
カエルは、余裕の目つきで腹を膨らませたり、しぼませたりを繰り返す。
大蛇はしっかり巨大カエルに標準を合わせた。




