57 水晶の数珠
蓬野姫の屋敷。
沖の中将、可武斗、鍬形、山吹、そして黄金がいる。
「これが、黄金が持って帰ってきてくれた物よ。汚れていたので、式神にきれいに磨かせたの」
文机の上に、わずかな光でもきらきらと輝いている水晶の数珠が乗せられている。
「川の中にあったの。始めは人間の手首についていたそうよ。遺体は損傷が激しく、すぐに骨になったけど、骨にしっかりこれがついていたそうなの。輝く水晶の数珠に目がくらんだ魚たちが、骨をつついて数珠を取ったらしいわ」
「よく現状維持されていましたね」鍬形が感心して水晶の数珠を見つめる。
「そうなの。なんでも、欲張りなナマズが、首にかけると言ってかけたのはいいけど、のどが詰まってエサを食べることができなくて困っていたそうよ。エサが食べられなくなって、痩せたものだから、黄金が行ったころにちょうどすーっと首から抜けたそうよ」
蓬野姫がけらけら笑った。
「これを陰陽師様に見ていただければ、朽無様が本物ではないと証言してくださるでしょうか」鍬形。
「……僕は、天皇様にご覧いただきたい。……この品物は、天皇様のお言いつけにより、陰陽師が朽無様にお与えになった物。もともとは天皇様の配下にあった物……。それに、朽無様は天皇様の配下である」
沖の中将がつぶやいた。
「その通りね」蓬野姫。
「僕が、天皇様にお願いしてくる」沖の中将が立ち上がった。
みんな驚く。
「いくら沖の中将といえども、天皇様にお目見えいただくのは難しいのでは?」
蓬野姫がはっきり言う。ほかのみんなは決して口に出せないが、同じことを思っている様子。
「想定内だ」沖の中将は、にやっと笑った。
沖の中将は宮中に段階を踏んで文を送っていた。
が、沖の中将が天皇の外御子だとは言え、なかなか天皇にお目通りが許されなかった。
二十日、三十日と日々だけが過ぎていく。
「ああ、急ぐのにな」沖の中将が焦った。
「蓬野姫、これを僕に託してくれないか」
そんなある日、沖の中将は水晶の数珠を欲した。
「いいわ」
沖の中将は、きれいな布で水晶の数珠を包んで懐に入れ、寝殿に向かった。
「ここは通れぬ」
寝殿前の門で、門番が沖の中将を止めた。
「僕は沖の中将。天皇様の御子だ。急用があって、どうしてもここを通してほしいんだ」
「通行許可証はお持ちか」門番が決まり文句を言う。
「持って……いない。が、通してほしい」
「通せぬ」
「僕のこと、知ってるんだろ?僕は、ここでは有名人なんだ。僕の顔は派手なんだ。僕の顔を知らないわけないだろう?」泣きべそをかきそうになりながら沖の中将は懇願する。
門番は、見てみないふりをしている。
「……ようし、そっちがそうなら」
沖の中将は、懐から紙と筆を取りだした。門番の目の前でさらさらと書く。
「僕は沖の中将。天皇の御子だ。門番に無理を言って門を通してもらった。文句があれば全て沖の中将に言うべし……と。受け取ってくれ」
沖の中将は門番に文を押し付ける。門番は、じっと動かない。
「では、先に君たちに謝るよ。すまない」
沖の中将は、深くお辞儀した。起き上がりざま、門番たちをなぐりつける。門番たちは気絶する。倒れた門番の胸の上にそっと文を置いた。
沖の中将は、門から少し離れた。助走をつけて門に向かって走る。
門まで到達すると、軽やかに門を蹴る。猫のように門の表面を駆けのぼる。
門のひさしに手をかけ、くるり、回転する。門のひさしの上に乗った。門の中を見回す。門の中は、ちょうど人がいなかった。
ひょい、と門の内側へ飛び降りた。
沖の中将は、注意深く物陰や木々に隠れながら天皇のお住まいの寝殿を目指す。
奥へ進むと、女官がたくさんいた。
もっと奥へ進むと、やんごとない姫君や殿君があちこちにいる。
後宮とは別格の世界が広がっていた。
沖の中将は、緊張し、腰が引けた。
………いや、僕は大きな使命があって、ここに来たんだ。ただのコソ泥とは違うんだ!!
自分がヒーローであることを、何度も自分に言い聞かせた。
木の上に登る。姿を隠して天皇を探す……。いた。
大勢の人々に囲まれてすごしておられる。
深呼吸をして、天皇様がおひとりになるのをじっと待った。
日は落ち、あたりは真っ暗になる。
天皇様は、寝る前にひとりになりたい、と宣った。家人たちは御意と下がる。
天皇様は、ひとりになると縁に出て座った。夜空を眺めておられる。
まるで、僕が春道と酒を飲み交わしているような、親近感を感じた。
沖の中将は、不思議と勇気が出た。誰かに手を引かれているように自然と天皇様が座っておられる縁の下に近づいた。
「恐れながら申し上げます」
沖の中将は、小さな声で天皇様に語りかけた。
天皇様は少し驚かれた様子でぴくり、と動いた。が、言葉は発せられない。
「私は沖の中将と申す者。天皇様とお見受けいたしました。どうか、我が願いをかなえ給え」
沖の中将が申し上げると、天皇様は沈黙を守った。
沖の中将は、永遠を感じたが、じっと天皇様のお言葉を待った。




