52 生い立ち
可武斗は比都に向かって走る。
比都は朽無大臣の姿をしている。変装ではなく変化だ。
朽無大臣は余裕の表情で、手のひらを上に向けた。手のひらから刀の切っ先が出てきた。まるで急速に草が生えるがごとく、手のひらから刀が伸びてきた。
可武斗は朽無大臣の頭めがけて刀を振り下ろす。
朽無大臣は無表情でそれを受け止め、すうっと刀を振る。
可武斗はびゅーん、と体ごと飛ばされる。
鍬形がすかさず朽無大臣に切りかかる。
朽無大臣は刀を振るわず、手をかざし鍬形も遠くへ飛ばした。
「うっとうしい」朽無大臣はペッと唾を吐いた。
眉をひそめた朽無大臣は、ハッとした表情をした。手の甲に、指ほどの大きさの刀が刺さり、手のひらまで突き通していた。
引き抜こうとすると、小さな刀は炎を吹き出して燃え上がり、消えた。
「これで私を殺せるとでも?」
朽無大臣は不気味に笑う。が、刀が刺さっていた手の傷が紫色に変色し、それが手に急速に広がっていくのを見て顔色を変えた。
背後に気配を感じた。
可武斗がすでに戻ってきていて、朽無大臣に刀を振り下ろそうとしている。
朽無大臣は無表情で手をかざす。
どーーーーん!!!
雷のような轟音とともに可武斗と鍬形がいた場所の地面に大きな穴があく。
二人は間一髪よけていた。
「比都は!」可武斗がすばやく周囲を見回す。
見ると、どこにも朽無大臣の姿がない。
鍬形がすぐに虫を飛ばして探すが、朽無大臣の姿はこの近くにいなかった。
「うわあああ、一体、何が起こったんだ?」
遠くから見ていた人々は、目にも止まらない速さで動いた鍬形、可武斗、そして朽無大臣についていけない様子。
「百鬼夜行か?」
「百鬼夜行だ!!!」
「それで、百鬼夜行は去ったのか?」
人々はざわつく。
「去りました」
可武斗が大きな声でみんなに報告すると、人々から歓声があがった。
大臣の侍従たちは、目を丸くしている。
「一体、何が起こったんだ」
「夢を見たのか」
「大臣様が鬼????」
「そんなはずはない!!」
「大臣様は?ご無事か!!」
慌てて侍従が牛車にかけよる。
「大臣様、ご無事ですか……!!!」
侍従が牛車の中に声をかける。
「うむ」
中から返事があった。侍従たちは、ホッとした表情。
「少年の言うように、本日は方違えした方がよさそうです。屋敷に戻りましょう」
「うむ」
侍従が言うと、牛車の中から返事があった。
立派な牛車は、回れ右をして来た方へ帰っていく。
人々は興奮冷めやらぬようで、いつまでも牛車が去った方を見ていた。
蓬野姫の屋敷。
沖の中将、可武斗、鍬形、山吹がいる。
「上出来よ。二人とも」
蓬野姫は機嫌がいい。
「よく比都から髪が取れたわね。本人に気づかれないように取るのは至難のわざだったでしょう……。本人はどこに行ったかわからないけれど」
「はい」可武斗と鍬形。
「今は私の式神が朽無様ね。屋敷の中をじっくり観察させていただきましょう」
蓬野姫は、機嫌よく自分の髪を数本取った。比都の髪とより合わせる。
「みんなにも見えるようにするね。こうしないといけないのよ。私が黄金に乗りうつるみたいにすると、比都と私が合体しちゃうから」
みんなはキョトンとしている。
黄金だけは、うなずいている。
より合わせた髪を床に置き、蓬野姫は術をかけた。
髪から煙のような物が立ち上る。
その煙は、つながれた風船のようにそれ以上は上に上がって行かない。
その煙の塊に、ぼんやり映像が映し出された。
美しい姫が屋敷の中を歩いている。
うれしそうに頬を赤らめている。
殿君が屋敷に来てくれたようだ。
姫は、殿君と楽しそうに過ごした。
しかし、それは長く続かなかったようだ。
殿君は屋敷から離れてしまった。
映像が消え、煙になる。煙が渦を巻いて次の映像を浮かび上がらせた。
美しい姫は、さっきとは別の殿君と仲良くしていた。
しかし、また殿君は屋敷に来なくなったらしい。
また姫は悲しみの日々を送る……。
気づくと、姫君は身ごもっていた。
映像は消え、煙になる。煙が渦を巻き、新しい映像を浮かび上がらせる。
屋敷には何人かの子どもたちが遊んでいた。
家人たちも忙しそうだ。
しかし、母姫はおちくぼんだ目でうつろに子どもたちを見ている。
子どもたちが母姫に甘えにいくと、母姫は子どもを思い切り叩いた。
子どもたちは泣いて、母姫から逃げる。
家人たちは、暗い表情。
やがて屋敷に家人はいなくなった。家人たち全員暇を出したのか。
子どもたちは、食べる物がなく、どんどん痩せていく。
着物も与えてもらえなく、どの子どもも擦り切れた小さい着物を着ている。
庭に数人の子どもが転がっていた。
どの子どももピクリとも動かない。
女の子の子どもが、母姫にひどくぶたれていた。
煙が渦を巻く。
女の子は少し大きくなっていた。
がりがりに痩せている。
女の子は家にいなかった。夜になっても外をさまよっている。
昼間は、田んぼの地神を祭る石碑に書かれた文字を地面に書き写して遊んでいた。
疲れると石碑の元で丸くなって寝ている。
夜は、動物に襲われないようずっと歩き続けていた。
石碑の字をまねていると、優しそうな男が女の子に話しかけてきた。
男は女の子に字を教えてくれた。
男は筆を女の子に渡し、水をつけて黒い石に字を書かせた。
女の子の字はすぐに上達する。
男は喜んでいる女の子を抱きしめた。
女の子は、父親の愛を受けるかのように男の抱擁を受け入れた。
男は、女の子に接吻した。




