51 接近戦
御簾の奥で、朽無大臣は足を投げ出していた。
ふと、気づいてもう一度、散らばった式神の紙を見る。
「……矢よ、どこだ」
紙はしん、と静まっている。
「……まだ帰らない……??結婚式からだいぶ日は経つが」
他の式神の紙に問う。
「お前たち、あの式神はどうしたか知らないか」
式神の紙が一枚、すっと立ち上がった。
小さな人形の姿になり、ひれ伏して言う。
「あの者が矢になり、まっすぐ飛んで行ったのは見ました」
「その後は」
「行方はわかりません」
「うむ……矢がはずすわけがないのだ……私の術そのものなのだから。命中したとして、ヤツの体から抜けずにいるのか……?」
朽無大臣は手をすっと動かした。
すべての式神が静かになる。
「……青葉の君が死んだとか、怪我をしたとかのうわさを聞かない……あれほど派手に結婚式を行ったはずだ……なんらかのうわさはあるかと思うが……」
朽無大臣がつぶやくと、式神の紙が一枚動いた。
小さな人形の姿になってひれ伏している。
「恐れながら」
「なんだ」朽無大臣はイライラしている。
「青葉の君様、結婚式の後、元気に北山様との夫婦生活を満喫している様子」
「なんだと……!!」
「都中のうわさになっております」
「……なんだと……!!」
朽無大臣は拳でひれ伏している小さな人形を叩き潰した。
人形は、式神の紙に戻る。紙は折れてくしゃくしゃになっている。
「……なんだと……なんだと……この私が、失敗した……?」
朽無大臣の目がギラギラ光る。怒りが噴出している。
「お前たちにまかせてはおけない。直接私が姫の息の根を止めてくれるわ」
式神の紙たちは、小さく震えていた。
牛車が都大路を進んでいる。
立派な牛車だ。侍従たちもたくさんついている。
「あれは、どこの牛車だ?」
「見たこともない立派な牛車だ」
「あれは、都の牛車だ!!おれは大臣様が乗る牛車を見たことがある!」
「大臣?」
「大臣様が、こんな場所に?」
家人たちが大騒ぎしている。
中級貴族の屋敷が立ち並ぶ場所。
ここには上級貴族はおろか、宮中の大臣の牛車など来ることはない。
家人たちが大騒ぎするのは当然だった。通りには野次馬が集まる。
牛車が前進の速度を緩めた。
牛車の前に、頭を低く垂れて座っている少年が現れた。
「何やつ!」
牛車の先頭の侍従が怒鳴る。
「方違えでございます」
少年は、頭を下げたまま透きとおるような声。
「なんだと!」侍従はすごむ。
「お前などに言われなくとも、我らは準備して通っている!どけ!!邪魔だ!!」
牛車はゆっくり前進する。
少年はじっとしている。このまま牛車が進めば、少年はただではすまない。
牛車に引き殺されるか、侍従たちに暴行にあうか。
周囲にいる家人たちは、どうなることかとハラハラして見守る。
「ん?おかしいぞ」野次馬がつぶやく。
晴れているのに、空からゴロゴロと雷鳴が響いて来た。周囲にいる家人たちは、空を見上げて不思議そうに雨雲を探す。が、空はどこまでも青い。
カカカッ!!!
どーーーん!!!
耳をつんざくような轟音とともに、少年が座っているすぐ横の地面に大きな穴があく。
「うわああああ!!!」
周囲にいた人々は、われ先に逃げていく。
侍従たちは驚いて青い顔をしているが、大臣が乗った牛車を離れないところはさすがだ。
「ですから、方違えをおすすめします」
少年は、まるで大穴に気づかないかのよう。まだ頭を垂れて申し上げる。
牛車の近くから、一人の侍従がやってきた。
少年は上目遣いで侍従を見ると、にやっと笑った。
少年は、牛車の周りにいる侍従に手をかざす。
全員動けなくなる。
ただひとり、牛車の方からやってきた侍従だけが動いている。
「比都の式神だな」
ひれ伏している少年は、可武斗。
「比都、そこにいるのだな。覚悟!!」少年が刀を抜き、叫ぶ。
可武斗はふわり、飛び上がり、刀を牛車に向けた。
式神の侍従は、ハッとして頭上を飛んでいく可武斗を目で追う。
可武斗の襲撃に備えるかのように、牛車の中から無数の侍従たちが出てきた。次々に可武斗に襲いかかる。
人間の侍従たちは、何が起こっているのかわからず、逃げることもできず、目だけキョロキョロさせている。
可武斗が式神の侍従たちを刀で切り倒していく。
「侍従のみなさん、危険なので離れてください!牛車の中にいるのは鬼です!その証拠に、牛車からあれほど侍従が飛び出してくるのはおかしいでしょう!」
鍬形が侍従たちの動けない術を解いた。
「……全員、退避!!」
一瞬、牛車の先頭にいる侍従は主のことを思ったのだろう。動きが止まったが異様な牛車の光景を目の当たりにし、みなに命令する。
すべての人間の侍従は牛車から離れた。
その間にも、牛車から無数に侍従たちが湧き出てくる。
可武斗は、侍従たちが避難すると思い切り刀を振った。刀の先から火を放つ。
式神の侍従たちは、炎に燃えて消えていく。
鍬形がまっすぐ牛車に向かう。御簾をめくりあげる。
「中に誰もいない!」
鍬形は懐から紙を出すと、無数の式神の虫を飛ばした。
虫は一斉に飛び立つ。
遠くに逃げていた人ごみの中に比都を見つけたようだ。
虫たちが空中で無数に飛びまわり、一人の人間を取り囲んでいる。
「わあああああ……」
人々は虫に取り囲まれた人から逃げていく。
「よし!比都がひとりになったぞ!!」




