47 逃がす
蓬野姫は上機嫌だ。
「姫がそれほど機嫌よく勉学に励んでいる姿は見たことがありません」
山吹も驚いている。が、蓬野姫が比都と接触できる方法をつかんだことは知っている。
「しかし、姫様、あのようなけものを屋敷にまだ置いておくのですか」
「もうちょっとよ。今、イタチに術を染み込ませている最中だから」
「術を……。染み込ませるなど、初めて聞きました」
山吹は怪訝な表情。
蓬野はいたずらの表情で笑う。
「そう、なんと言っても相手は比都だからね」
山吹は首をかしげる。
「一番重要なのは、イタチから私たちの記憶を消すこと。そして、私たちに接触して得た私たちの霊能力のにおいを消すこと。これを徹底的にしておかないと、イタチが比津のもとに帰ったとたん、私たちのことがばれてまた逃げられてしまうもの」
「においですか」
「山吹は霊能力のにおいがわからないって言ってたでしょ」
「はい」
「言葉でうまく説明できないけど、まあ、花のにおいみたいに、いろんなにおいがするの。慣れた人なら、誰の霊能力のにおいか、わかるのよ」
「はい」
イタチは蓬野の屋敷の近くにある物置小屋の中に吊るしておいた。
イタチは蓬野の術がかかっていて、ずっと静かに眠っている。
同時に、記憶消滅、接触消滅の術もかけられている。
それから数日後、山吹が血相を変えてやってきた。
「……姫様……大変なことをしてしまいました……お許しください……」
山吹は、わんわんと泣き始めた。
蓬野姫はビックリしたが、だんだんにんまり笑う。
「イタチが逃げた?」
「はい……え?」
山吹が泣いている顔を上げた。
「そろそろ術が熟成したころ。イタチは目が覚めて、勝手に逃げたのでしょ」
「いえ、それが……。物置小屋に物を取りに行くとがさがさ音がしたのです。見に行くと、イタチが寝ていて。縛っていた縄が緩んでいたようなので、さわるとイタチが吠えたのです。私が驚いているうちに、縄がするすると解けてイタチが走っていってしまいました」
「山吹、イタチにだまされたのね。イタチはすでに起きていたはず」
蓬野はけらけら笑った。
山吹は、ぽかんとしていたが、いつもの表情に戻った。
「姫様にしてやられたようです」
イタチは一目散に自分のすみかに戻った。
「今までどこにいた」
比都の声がした。イタチは飛び上がる。
『山にいました。霊能力を持ったけものを探していました』
「見つかったのか」
『弱小は見つかるのですが、ご主人様に差し上げるような物は見当たらず』
「まあ、よい。この間の鶴はよくやった。かなり高い霊能力を持っていた。あのような物をお前が捕えるなど、考えられないぞ」
『ご主人様が、吾輩に霊能力をくださるおかげです』
「うむ。お前の霊能力も上がっているようだな。引き続き、けものを探せ」
『御意』
イタチは会話がすんでホッとした。いつご主人様の怒りを買って虐待されるかわからないからだ。
ご主人様は、吾輩を痛めつけることなど何とも思っておられない。
だからこそ、お強いのだ。
吾輩もご主人様のように、冷酷で強くならなければ。
比都。
比都の手元には、無数の式神の紙がある。
比都は自分で動かない。
用事がある者には、式神を送れば用が済む。
イタチのところから式神が戻ってきた。
比都は、式神を紙に戻し手の中に握った。
式神が見聞きしたものが全て映像となって頭の中に流れ込んでくる。
イタチが鶴を捕まえてからしばらく消息を絶っていた。
山に入り込んでいたのか。
うむ、次のけものの内臓を食べて霊能力を上げなければ。
もともと普通の人間だった私が霊能力を得るには、その方法しかない。
イタチをうまく使って、どんどん霊能力を持った者たちを捕獲しなければ。
イタチ自身も霊能力があがっているな。
あいつもいつか、食べてやろう。
そのためには、どんどん霊能力を上げさせなければ。
比都は、式神を片付けようとしてふと手を止めた。
ん、なんだ、この映像は?
イタチは山にいたと言っていたが。
人間の、どこかの物置小屋の映像。
イタチのやつは、貪欲な食欲だから、何かあるかとさまよったか。
比都は、式神を置こうとした。
が、どうしても何かが引っかかる。
もう一度、式神の記憶を見直した。
イタチは寝ている……目が覚めた……縛られている……??
いや、すぐに逃げている……。
周りにいるのは普通の人間だ。家人しかいない……。
誰がイタチを縛った?
イタチは人間どもに縛られるほど、うっかりしていたのか……?
比都はイライラした。
解せぬ。
比都は複数の式神を一斉に放った。
数日後、式神が次々帰ってくる。
全て調べると、イタチが捕まっていた物置小屋は、蓬野姫の屋敷の近くにある別の貴族の屋敷だった。
蓬野姫の近くの屋敷……?
比都は直接イタチに接触することにした。




