44 鶴
イタチは呼吸を殺した。
姿も霊能力も消しているが、身を低くして鶴に接近する。
鶴は、気高く立っている。
イタチは、一気に鶴に接近し、あの長い首をひと噛みして殺す計算だ。
鶴はまるで造形のように動かない。
『吾輩に、殺されたいのではないか』
そう思えるほど、鶴は無防備に見えた。
鶴の霊能力は、かなり高い。
吾輩に気づかないとは、面白いな。吾輩の方が、上であるのだろう。
イタチは泉の淵までやってきた。
泉はそれほど大きくなく、真ん中のあたりがこんもり盛り上がって、そこから水が湧き出ているらしい。
鶴は、泉の淵に近い場所に立っていた。
造形のように動かない。
イタチはワクワクした。
透明のまま、舌なめずりする。
このまま、一気に首に噛みついてやる。
飛びつくために四肢に力をこめた。
『遠いところから、ようこそおいでくださいました』
鶴がしゃべった。
イタチは、緊張で固まる。
『私を殺しに来たのですね。隠れているようですが、丸見えですよ』
鶴は、優雅に長い首を動かした。
イタチの体が急速に空へ持ち上がり、すぐに地面に叩きつけられる。
イタチの隠れていた姿が現れる。
イタチは、甲高い叫び声を上げる。
鶴はかまわず、もう一度イタチを空高く浮かび上がらせ、地面に叩きつける。
何度も繰り返した。
イタチはそのたびに、悲痛な叫び声を上げた。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』
イタチはさも、痛そうに足を引きずる。
鶴がイタチを空中に浮かび上がらせると、イタチは耳をつんざくような甲高い悲鳴をあげた。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』
鶴は、何度かイタチを地面に叩きつけた。
イタチは反撃する様子なく、哀れっぽく謝罪を繰り返す。
『なんですか、遠いところからやってきたのに、戦うことなく謝ってばかりですね』
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
『戦う気がないのですか』
『ありません、…始めはあったのですが、あなた様があまりにも強いので、降参します』
鶴は、あきれた。
『何も反撃せずに降参ですか。あなたのような者は初めて見ましたよ。みんな、それなりに誇りを持って私に挑んできました。あなたには誇りはないのですか』
『それを言われると、大変お恥ずかしいです。吾輩、故郷では一番強かったのです。旅に出て修行しているのですが、あなた様のようにお強い方はめったにお見かけしませんでした』
『修行をしているのですか……。それなら、私もお手伝いさせていただきましょう』
優しい鶴は、イタチを修行させることにしたようだ。
夕方まで、鶴はイタチを何度も空中にあげては地面に叩きつけた。
イタチは叫び声ばかりあげる。
『それでは修行になりませんよ。……休憩にしますか』
鶴とイタチは並んで座った。
『以前、あなたと同じように、ここに修行しにきた者がいます。その者はまだ子どもだったけれど、勇敢に戦いました。今では立派にご主人様と一緒に戦っていますよ……。あなたもそうなってくださいね』
鶴は優しい目をイタチに向けた。
イタチは思わず目をそむけた。
『もう少し、叫ぶのをやめる努力をした方がよさそうですよ。この世の中には強い者がたくさんいます。堂々と戦ってください』
イタチは黙っている。
鶴は、すっかり闘争心が消え、イタチを弟子だと思っているようだ。
泉がぽこぽこ湧き出す音、山の木々の葉が風に吹かれて優雅な音を奏でている。
眠たくなるような安らかな空間。
イタチは、鶴の首に噛みついていた。
鶴は、驚いたように目を見開き、長い首がゆっくり地面に落ちていく。
鶴の首に穴が開いていた。
『吾輩は、強いのだ』
イタチがぎゃはは、と笑った。
『鶴は強かった。しかし、優しすぎた。吾輩を弟子にしたと思い込み、心に隙ができた。どんなに強い相手でも、一撃で殺せばいいのだ!!』
イタチは転がって笑った。
『これで、ご主人様にほめてもらえる!鶴の内臓のおこぼれをもらうことができる!』
イタチは術を使い、そばの岩に穴を開けた。イタチと鶴がやっと通れるほどの大きさだ。
イタチは、鶴の首から漏れ出る血をなめた。
『うんまい!!さすが霊能力者の血はうまい!!これだけでも吾輩、強くなった気がするよ』
イタチは夢中で血をなめる。
『おっと、いい加減にしとかないと。ご主人様にばれると大変だ』
イタチは鶴の首を咥えると、岩に開けた穴に向かった。
『思ったより重いな……』
ずるずる、地面の上で鶴を引っ張った。
『穴はもうちょっとだ。あれを通ればご主人様のところに直通だ』
ずるずる、ずるずる、引っ張る。
穴が目の前に来たとき、イタチはとてつもなく強い霊能力を感じた。
『!!!』
振り向くと、金色の虎がものすごい形相で見ている。
『何をした』虎がしゃべった。
『鶴に、何をした』
イタチは雷に打たれて死ぬような予感がした。
急いで鶴を咥えて穴に飛び込む。
尻に強い衝撃を感じたが、かまっていられなかった。




