43 朽ちた屋敷
朽ちた屋敷。
壁の土は剥がれ落ち、床はところどころ腐って穴が開いている。
見上げると天井は重たそうに垂れ下がり、水分を多く含んで真っ黒にカビが生えている。ひどい雨漏りをしているようだ。
かつては栄えていたのだろうと推測できるような調度品はすべて色が剥げおち、室内でありながら風雨にさらされたように痛んでいる。
雨戸はすべて閉められ、昼間でも薄暗い。
カビのにおい、そして何かが腐ったにおい。
迷い込んだネズミでさえ逃げ出したくなるようなこの場所で、かすかな話し声が聞こえてくる。
『……申し訳ありません……!』
「……そんな言葉は聞き飽きている……」
『……もう一歩だったのです……、邪魔が入ったのです……』震える声。
「邪魔……?お前は邪魔より弱いのか……」怒りを含む声。
『……!!いいえ、決して弱くありません……』
「……お前より邪魔の方が強かったのだろう……」強く押さえつける言い方。
動物の切り裂くような叫び声が響く。
その声は猫がケンカしているような声とも、犬が争いあうけたたましい声とも違った。
強すぎる相手に降参を訴えるような、甲高く癇に障る声。
しかもその声は長い時間続いた。
いずれその声は止んだが、その声を聞いた者がいたとしたら、ずっと耳に残り続けて耳鳴りのように響く声だった。
朽ちた屋敷は静寂に包まれた。
時間が止まったかのようだ。
かすかに、何かをこするような音がする。
耳をすまさないと聞こえないくらいの音。
その音は、ぴたりと止む。
静寂が重い。
と、さっきとは別の場所でこするような音。
しばらく音が続いて、また止む。
また別の場所でこする音がした。
何度かかすかな音と静寂をくりかえし、音は屋敷の外へ向かっていた。
屋敷の破れた御簾の間から、日光があたる廊下に黒い生き物がぬるりと姿を現した。
イタチだ。
イタチは、廊下に出ると、キョロキョロと周囲を見回す。
何もないと確認できると、くるっと体を丸め、足をしきりになめる。
なめている足からは血がにじんでいる。
イタチは一心不乱に足をなめ、ふとなめるのを止める。
腐った板が張られた廊下から、草がぼうぼうに伸びた庭を眺める。
『強い霊能力を持ったけもの……』
イタチは鼻を空に向けた。
ひくひく、においを嗅ぐ。
『強い霊能力を持ったけものをとらえなければ……吾輩が殺されてしまう……』
イタチはにおいを探る。
『……あの虎を食べることができたなら……!!吾輩、もしかするとご主人様よりも強くなれるかもしれない……』
イタチの目が恍惚とした。
『そうなれば、ご主人様だけでなく都中を支配できる……』
イタチは大きな夢を見ているようだ。
『ご主人様にひれ伏して霊能力をもらう必要もなくなる……』
イタチはうっとりした。
『あの虎の内臓を食べたい……』
イタチは鼻を空に向けた。
『うむ、早くこの出血をとめなければ。吾輩の出血のおかげで鼻が利きづらい』
イタチはくるりと体を丸めると、足をなめ始めた。
しばらく一心不乱になめる。
ふと、顔を足から離した。
『やっと、出血が止まったか』
イタチは空に鼻を突きあげる。
しばらく、じっと動かない。
ふと、山の方向を見た。
屋敷の高い廊下から雑草がぼうぼうに伸びた庭に飛び降りた。
あっという間にイタチの姿は草にもぐりこんで見えなくなった。
イタチは屋敷の塀の破れたところから外に出た。
通りに出ると、すう、と姿が消えた。
姿を消すことができるらしい。
走る速さは速いが、普通のイタチが走るのと遜色ない。
イタチは、山に入っていく。
途中で見つけたネズミやカエルなどの小動物を食べる。
イタチはもともと食欲旺盛な生き物だ。
霊能力があがるにつれて、その食欲はどんどん増しており、自分の体重の何倍でも食べることができるようになっていた。
イタチは時々立ち止まり、空気のにおいを探る。
『こっちだな』
かすかな霊能力のにおいをたどり、イタチは山をかけていく。
『強い霊能力のようだな』
イタチはどんどん山をかけていった。
三日目、イタチはかなり強い霊能力のにおいを近くに感じるようになった。
ここからは、視覚的に消えるだけでなく、霊能力も消して進む。
ご主人様からもらっている霊能力は弱くない。
相手に気づかれると、接触できなくなることがあるし、先に攻撃をしかけてくるかもしれない。
イタチは慎重に前進していく。
『どんなけものがいるのだろう』
イタチはワクワクした。
強い霊能力を持ったけものをご主人様に持って帰るのだ。
そうすれば、ご主人様から褒めてもらえる。
内臓のおこぼれをもらえる。
吾輩がもっと強くなることができる……。
いた!!
強い霊能力を持ったけものを見つけた……!
山の中に湧いている泉の中に立っていた。
それは、長い首と長い足をピンと伸ばし、堂々と立っていた。
美しい鶴だ。




