39 百鬼夜行
可武斗は帰ってきた煤色の虫たちから情報を収集し終えたところだ。
「情報って、ありそうでないものだな……」
もう一度、煤色の虫たちを空に飛ばした。小さな虫たちは、ふわっと舞い上がると空に溶け込むように見えなくなった。
と、大きな金色の虎が目の前に急に現れた。
可武斗は、後ろに飛びのき、刀を抜く。
「黄金…?」
黄金は一瞬、何かを訴えるかのように可武斗をじっと見ると背を向けた。
「乗れ……?」
可武斗はすぐに黄金の背に飛び乗る。黄金は空に駆けあがる。可武斗でさえ息ができないほどのスピードで黄金が走る。
あっと言う間に屋敷に飛び込む。
『これを……!』
掛け軸の天女が叫ぶ。
理由を聞く必要はなかった。掛け軸の天女の前で、ぐるぐるに縛り上げられた人間がもののけに変化している最中だ。
掛け軸の天女は縛り上げる縄をきつくする。が、人間よりも小さなもののけに変化しているので一瞬、縄と体の間にすきまができる。
もののけは、その一瞬を見逃さない。するり、と縄を抜け出し走る。
が、黄金が速い。太い両手でもののけを床に押し付ける。
可武斗がもののけに術をかけ、動けなくした。すぐに手をかざし、もののけを浄化する。
もののけは悔しそうな目で睨むが、すぐに穏やかな表情になり動かなくなった。
「これは死んだ。死骸はただのキツネだ」
可武斗は黄金に乗り、人間の目を持ったキツネを山奥に埋めた。ホッとする間もなく、黄金が可武斗を咥え背に乗せた。
青葉の君の屋敷。
元気になった青葉の君は、久しぶりの参内の準備をしていた。
萌黄が涙目で化粧をしてくれている。
「萌黄……顔がべしゃべしゃよ……」
「すみません、感激しまして……参内なさるのはいつぶりか…」
青葉の君の出発準備は整った。萌黄はやり直しをしてから出発することになった。
「北山がついていますからご安心ください……私もすぐに参りますので」
こうして青葉の君は侍女とともに牛車に向かった。
本当は萌黄と乗るはずだったが、ひとりで牛車に乗る。牛車の外には複数の侍従とともに北山がついている。
ごとごと、牛車は進む。
「はあ……」
後宮の部屋を思い出す。緊張する。
いつも萌黄がそばにいてくれて、耳元でアドバイスをくれる。
ひとりで、たくさんの姫たちに挨拶ができるかしら。みなさん、私を受け入れてくれるかしら。
ごと、ごと、ごとん。
牛車が止まった。
あら、どうしたのかしら。
青葉の君は、牛車のすだれの奥から外を見ようとした。
「姫、のぞいてはいけません。声を出さず、呼吸もかすかにしてください……百鬼夜行が来ました」北山がささやく。
青葉の君は、袖で口を押えた。胸がどきどきする。呼吸が荒くなる。
緊張すればするほど、静かにできない……。ああ、困った……。
どうして朝なのに百鬼夜行が?こんなときに萌黄がいないなんて。
牛車の外にいる侍従たちは、百鬼夜行にあったときの訓練を受けているため、みんなジッと動かず、息もかすかにやり過ごそうとしている。
チリーン……チリーン……チリーン……。
不気味な鈴の音。ずるずる、足を引きずるような地面の音。
人間の話し声にしては高すぎる声。低すぎる声。カツン、カツン、歯を鳴らす音。
腐った肉のにおい。
とん、とん、とん……。
牛車が鳴る。びくっと青葉の君は体を震わせ、強く袖で口を押えた。目は音がする方にくぎ付けになる。
とん、とん、とん、とん……。
何か、爪のようなもので牛車の柱を突いている。
北山、北山、北山……!!
青葉の君は生きた心地がしない。
牛車のすだれが、ゆっくりゆっくり、めくりあげられる。
………!!!!
青葉の君は、気絶寸前。だが、本能で気絶してはいけない、となんとか座っている。
めくりあげられたすだれの向こうには、大きな鬼姫の顔があった。
「ああ、いたいた。お前だね、私になっていたのは」
鬼姫は大きな牙をのそかせて、にたあ、と笑う。
青葉の君は恐ろしすぎて、震えることさえできずに座っている。
北山は、初めての参内で緊張していた。
勉達師匠に宮中のことはしっかり教わった。だが、実際に参内するのは初めてだ。
青葉の君様のために、失敗はできない。
牛車について歩く。周りの侍従たちが笑う。
「北山、手足が左右同時に出ているぞ」
「そんなに緊張していたら、姫様をお守りできないぞ」
北山はハッとした。そのとおりだ。
深呼吸をし、勉達、剣達の教えを思い出す。
よし。
牛車が出発する。牛車の中に青葉の君が乗っているような気配がしないほど、姫はおとなしい。
姫様も久しぶりの参内。きっと緊張しておられるに違いない。僕がしっかりしなければ。
北山は歩いているうちに、だんだん自分を取り戻す。
先頭に歩いている侍従が全員に止まれ、の合図をした。
「百鬼夜行」
先頭から波のように伝達が走る。一瞬で牛車は緊張に包まれる。
北山はよし、と余裕の笑顔を浮かべた。




