38 侵入者
青葉の君からの文を受け取ったのは、掛け軸の天女だ。
『おもしろいことを考えたわね』
掛け軸の天女は、早速、蓬野姫に報告する。
蓬野姫は、文をじっくり読む。
「なになに、……先日、雷が落ちた木があります……その木に雷避けのまじないの書を鈴蘭様に書いていただきたい……それを木のよく見える場所に貼って、都の人々に見てもらう……鈴蘭様の美文字が本物だと、世間に知らしめたい……のです。なにとぞ、ご協力いただきたいです。……これを、泣き虫わかばが考えたっていうの?」
文を運んだ鍬形にたずねる。
「そのようです、文は北山が持ってきました」
鍬形が答えると、蓬野姫はうれしそうに笑った。
「……。あの、泣き虫わかばが、……人のために考えたですって?北山もうまく使えているようだし……」
蓬野姫が目に袖をあてた。
鍬形は驚いて瞬きを二度した。
「何を驚いているの」蓬野姫が鍬形を見る。
「いえ……姫が泣いているなんて、見たことなく……」鍬形はニヤッと笑った。
蓬野姫は、にっこり笑う。
「それくらい、貴重な出来事だってことよ。当然、実行するわよ」
蓬野姫の実行力はすごい。その日の昼さがりには、落雷にあった木にまじないの書としめ縄が施された。
都の門のすぐそばということがあり、平民たちが集まってきて騒ぎ立てる。
平民たちは、字が読める者が少ないため、近くの下級貴族の家人を呼んできて読んでもらう。
「雷避けの、ありがたい書だ。鈴蘭様が書かれたとのこと」
家人が読んで聞かせると、平民たちは感嘆の声をあげる。
「怖かったもんなあ。ありがたい」
「さすが、鈴蘭様。おれは字が読めないが、美文字に間違いない」
こうして、都の外側から鈴蘭の名声が飛び込んできた。
鈴蘭の悪口を言っていた貴族たちは、急にもぞもぞと口をつぐむ。
「ま、まあ、天皇様の御前で書を書かれるほどの鈴蘭様だ。このようなことだって、おできになるはずだよ」
「うちの愚息たちは、鈴蘭様に美文字を習い、美文字とは程遠いが、読める字を書くようになった」
「都の宝だよ、鈴蘭様は」
こうして、徐々に鈴蘭の人気が上がっていく。
後宮はうわさが流れるのが早い。あっと言う間に都中のうわさになっていた。
鈴蘭の部屋に異変が起きたのは、ちょうどそんな時だった。
鈴蘭の部屋。
掛け軸の天女は、いい気持ちで掛け軸の中を飛んでいた。
『やっと、鈴蘭の人気が戻ってきたわ』
紙の式神たちも、心なしか元気だ。
薄暗い部屋の中で機嫌よく式神たちを部屋から出し入れしていた。姫が住んでいるとは思えない生活感の全くない部屋。
実際、姫は済んでいない。掛け軸の天女がかけられているだけ。天女は掛け軸の中を優雅に飛んでいた。
『……!』
急に、部屋の入口に誰かがいる気配がした。
『また黄金かしら?』
懐かしくて、たくさんおしゃべりをしたわ。黄金も元気だったし、霊能力が上がっていた。
すごいわね、山で霊能力を持った者たちと交流して鍛錬しているなんて。
私もどこかに行けたらいいのに……。
しかし、今回は黄金の時よりわずかに扉が動いただけだ。
『違う……誰?』
掛け軸の天女は、目を光らす。薄暗い部屋を真っ暗闇にする。
細く、扉が開いた。
誰かの手だけが入室する。手は、小さな火のついた紙を持っていた。
手は、火のついた紙をぽい、と投げると、扉の向こうに消えようとした。
式神の侍女が、その手頸をがっちりつかむ。
一瞬、手は驚いたように跳ねる。次の瞬間に真っ暗な部屋に引きずり込まれた。
扉は硬く閉まる。
手の持ち主は、一瞬、身を固くしたが、すぐに扉に飛びつく。開けようともがくが、扉はビクとも動かない。
「……どなた?」
式神の侍女が暗闇から話しかける。
ふ、と鼻で笑うような音。侵入者がふてぶてしく笑っているのか。
次の瞬間、直射日光が当たったかのように部屋が明るくなる。
侵入者は、慌てて袖で顔を隠す。侍女のようだ。
式神の侍女が、あっと言う間に侵入者を縄でしばりあげた。
別の式神の侍女が、侵入者に質問する。
「誰の使いで来られたのですか」式神の侍女はにっこり笑う。
侵入者は侍女をにらみつける。ふてぶてしく笑い、何も言わない。
「あら、答えられませんか。では、質問を変えますね。あなたは、どうしてこの部屋にいるのですか」
侵入者は、ペッと床に唾を吐いた。
式神の侍女は、にこにこ笑った。侵入者の顔がゆがむ。
「この部屋に、何をしにいらっしゃったの」式神の侍女はにこにこ笑う。
侵入者がう、うう、と苦しそうな声を出す。
「あら、早く答えないとその縄が骨を砕きますよ」侍女がにこにこ笑っている。
縄が侵入者の体に食い込んで締め上げている。ぎし、ぎし、と嫌な音がしている。
侵入者の顔が赤黒くなる。苦しそうに顔をゆがめている。
「ううう、言うから緩めて……」本当に苦しそう。
「そのまま、おっしゃって」式神の侍女はにこにこ笑っている。
「言うから……!」
「言ったら緩めますよ」
「知らない女だ………侍女だ………ここを燃やせば、もっといい屋敷に紹介してやると言われた……」
「どこの屋敷へ紹介してくれるのですか」
「それは、知らない……」
「では、あなたが不満に思っている今の屋敷はどこですか」
侵入者は一瞬笑った。
「!!」部屋に緊張が走る。
掛け軸の天女が叫んだ。
『黄金!誰か連れてきて!!』
侵入者の顔から、体から、毛が生えてくる。人間の形から何かに変わっていく…。




