26 鈴蘭
鍬形から報告を得た蓬野姫は変な声を出した。
「ううう……わあ………」
「姫、……おやめください」山吹が眉をひそめる。
「私が行きたい!私がやりたい!!!」蓬野は大きな声を出す。
「おやめください。姫がかろやかに外に出てはいけません。まして、危険がわかっている場所に行くなんて、私が許しません!!!」山吹が強い口調で言い切る。
「行きたいよう……」蓬野は泣いてみせる。
「ウソ泣きは通用しません」山吹は一歩もゆずらない。
「はっ……、黄金に乗り移っていけばいいんでしょ?」名案を思いついたかのように目を輝かせる。
「ダメです。どうやって青葉の君の屋敷に、虎の黄金が入るんです。それこそ、大騒動になります」
「わかった、猫で行こう」
「ダメです。小さな体では毒がすぐにまわります」
「僕が一緒についていくのでしたら?」
可武斗が口をはさむ。が、山吹にぎろり、とにらまれて一瞬でしぼむ。
「あの、僕に案があるのですが」鍬形が悪い笑顔で提案した。
鍬形の案は通った。
鍬形は、こぎれいな化粧をして参内することとなった。
青葉の君の薬部屋の仕事は、薬でやけどしたとウソを言った。術で自分の腕を水ぶくれにすることなど、鍬形にとって朝飯前だ。
鍬形が変装した野菊は、薬師にも気に入られていたこともあり、快く長期休暇をもらった。
蓬野姫の屋敷。
鍬形は、山吹に化粧をしてもらっている。蓬野姫は、鈴蘭を迎えにきたという名目で後宮から屋敷に戻ってきている。
「鍬形、どこから見てもきれいね」蓬野が感心する。
長い髪の横顔から、ふと気づいてこちらを見る視線など、鍬形に見られた者は胸を打ち砕かれてしまう。
「姫様の着物をお借りしているからです」鍬形は長い髪をゆったり十二単の上に流してにっこりほほえむ。長い髪はかつらだ。
「ばっちり、天女みたいよ。ね、可武斗」
「………」少年可武斗は複雑な表情。
「確認するよ。あなたは、誰?」改めて蓬野がたずねる。
「鈴蘭です」鍬形が答える。
「どこから来たの?」
「都のはずれです。蓬野姫の遠い親戚で、蓬野姫とはほとんど面識がありません」
「どうして参内することになったの?」
「鈴蘭が書いた歌が、蓬野姫の目に止まり、宮中でお披露目されたからです」
「そうよ、宮中で姫どうしのおしゃべりは嫌いな私が。私の遠い親戚が書いた歌が偶然すばらしくて、……て感激の涙でみんなに紹介したのよ。術を使って書いた美文字よ。おかげでうわさは天皇様のところまで届いたわ。もちろん、毒使いにも届いているはずよ」
「はい」
「天皇様の御前で、披露してきなさい」
「はい」
鍬形の顔がいつになく引き締まった。緊張しているのだろう。
天皇の前でのお披露目とは、つまり、天皇がいつも開催している歌合せの会での余興で、鈴蘭が歌を詠み、書くのだ。
蓬野姫と鈴蘭は、一緒に牛車に乗った。牛車の外に可武斗が付いている。
天皇のお住まいである寝殿に近づくにつれ、華やかな牛車が多くなってきた。
「あの牛車は、ひなたの君ね。彼女はめざといから気をつけるのよ」
「あれは、みどり姫よ。お優しそうに見えて、厳しい評価をなさる方よ。気をつけなさい」
蓬野姫は、牛車の中でコソコソと鈴蘭に入れ知恵する。
宮中で、おつきあいが少ないと思っていた蓬野姫がたくさんの姫のことをよく知っていて、鈴蘭は感心した。
「蓬野姫のお車だとお見受けいたしました」
外から大きな声で呼びかける者がいる。
「私は、春の風殿下の使いです。春の風殿下からの文をどうか、お受け取りいただきたい」
「蓬野姫は、ただいま急用のため寝殿に向かっているところです。文は、いずれお読みになられるかと思われます」可武斗がまわりくどいお断りをする。
「今、お読みいただかなくてもいずれで結構でございます。なにとぞ、お受け取りのほどを」
使いの者は、なかなかしぶとい。
蓬野は、面倒だから受け取るな、と可武斗に指示をする。
「大変申し訳ありません。天皇様の使いのため、今回はご容赦願います」
可武斗が牛車を前に進めようとする。
春の風殿下の使いが、蓬野姫の牛車を引く牛の鼻をムチで叩いた。
牛は驚いて走り出す。慌てて可武斗が牛を押さえようとするが、牛の体重は大きく、可武斗の手に負えない。
周囲は騒然となる。
すぐに蓬野が牛に術をかけて止める。牛車は十メートルほど走ったのみで止まった。
鈴蘭が春風の殿下の使いに術を使い、動きを止めようとした。が、使いの男は突然、地面に転がり、痙攣を起こす。
周囲にいた人々から悲鳴があがり、男から離れていく。
可武斗が男に近寄り、調べる。蓬野姫に男が死んでいることを伝えた。
騒ぎを聞きつけた検非違使たちがやってきて、男の死体を持ち帰る。
「なんか、面白そうね!!!」蓬野姫は、ささやいた。牛車の中で、蓬野姫は目をきらきら光らせていた。
「見た?鈴蘭、殺されないように気を付けてね」蓬野姫は、にっこり笑った。
「はい、わかりました」鈴蘭は余裕の笑顔で答える。




