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19 見学

 沖の中将は蓬野よもぎのの屋敷を訪れた。


 「先日は助けてくれてありがとう。これはお礼の品だ」


 「そんなもの、いらないわ」


 「姫!」山吹やまぶきが代わりに品を受け取ってお礼を言った。


 「鬼姫はまた来る。蓬野姫はそうおっしゃった。僕はそれが気になってしかたないんだ。どうやったら、鬼姫が来なくなるだろうか」


 沖の中将は、蓬野にすがるような目で懇願した。


 「知らないわよ」


 蓬野はバッサリ切って捨てる。


 「そう言わずに、教えてさしあげたら。姫様」山吹がハラハラする。


 蓬野は黄金こがねのお腹にもたれて座っている。黄金は満足そうな顔で寝ている。


 「実は、鬼姫にまとわりつかれるような記憶がないんだ」


 沖の中将は困った顔をする。


 「まあ、勝手にまとわりついてくると言うことですか」山吹が驚く。


 「そうなんだ。会った記憶も、鬼姫の顔も覚えていない」


 「それは、災難ですね。……沖の中将様は、美男子でいらっしゃるので、どこかの姫が勝手に思い込んでいるのでしょう」山吹は沖の中将が気の毒そうだという表情。


 沖の中将は、困った表情。


 「鬼姫に食べられてしまいなさい」蓬野が冷たく言う。


 「それは困る。どうか、助けてくれないか」沖の中将が平伏する。


 「いやよ」はっきり断る蓬野。山吹が慌てて間を取り持つ。


 「姫!!……ああ、沖の中将様、ご安心ください。私の方からも姫にお願いしておきますから」


 「絶対、嫌。もう帰って」蓬野は沖の中将をにらむ。


 しかたなく、沖の中将は屋敷を出ようとした。山吹が心配そうに沖の中将を見送る。


 「沖の中将様、姫はああ言っておられますが、きっと助けてくださるはずです。もっと鬼姫様の情報を、蓬野姫にお渡しになられてくださいまし」山吹が優しく言って見送ってくれた。


 沖の中将は、帰りながら考えた。


 情報か。たしかに、情報がなさすぎる。


 沖の中将は、すぐに侍従じじゅうに情報を集めさせた。


 


 侍従が持ち帰った情報をすべてつなぎあわせ、考えた。


 参内の際、廊下に広がる着物をよけたこと。


 沖の中将は、言葉がでなかった。文机の前で頭を抱えた。


 「こんなことがあるだろうか……こんな、ささいなことが……」


 青葉の君。よくある家人の失敗の延長じゃないか。廊下に着物の端が出すぎることは、沖の中将にとっては日常茶飯事すぎて、どれのことかさえ心当たりがなかった。


 青葉の君の屋敷はわかった。姫が今、起きれずにいることもわかった。


 僕はどうすれば?僕は姫を知らないんだ。


 沖の中将は頭を抱えた。


 ……言いたくはないが、勝手に姫が僕のことを慕ってしまったんだ……


 …………僕が姫の着物をよけたから………?


 ………待てよ………。僕が着物をよけずに誰かがよけたら、僕はこんな目にあわなかった。


 他の誰かが、着物をよけたとする。すると、その誰かを姫は恋しいと思うだろうか。寝込むほどに……


 沖の中将は、黙って宙を眺めた。




 沖の中将は、参内するたびに、かすかに微笑みながら控えめに誰かの後ろについて行くことにした。


 誰か、とは誰でもよかった。


 他の誰かは、どうやって振舞っているのだろうか。


 知りたかった。




 楠大臣くすのきのおとどについて歩いた。楠大臣は、丸く見えるほどによく太った中年貴族だ。位は高いので、大臣が歩くと周囲がよけていく。


 沖の中将が参内するうわさは伝わっているので、そこここの廊下には姫たちの着物の裾は出ている。


 が、楠大臣が通るとわかると、大臣に失礼のないよう、家人たちが出すぎた裾は引っ込めている。


 おかげで、大臣一行は難なく廊下を通行できた。


 沖の中将は、位の重要さに改めて気づかされた。




 桂少将かつらのしょうしょうについて歩いた。桂少将は、最近やっと参内できるようになった若い貴族だ。


 幼さの残る細い顔を緊張させて廊下を歩いて行く。やはり、着物の裾が出すぎた廊下を歩くのには苦労している様子で、時々おろおろ立ち尽くす。


 姫たちの意地悪な家人たちが、桂少将をかすかな声で笑うのが聞こえてくる。


 すると、桂少将は細い顔を赤くしたり青くしたりしたあと、「えい」と着物を飛び越えていった。


 桂少将が通り過ぎてしまうと、姫たちの部屋から爆笑が聞こえてきた。


 「姫の着物を飛び越えて行ったわよ」


 「ぜんぜん風流じゃないわね」


 「あれじゃあ、宮中でやっていけないわね」


 沖の中将は、桂少将が少し気の毒だと思った。




 典侍ないしのじょうについて歩くことができた。典侍は後宮の女官長の一人である。めったにお会いできない人の後ろから、沖の中将は興味深くついていく。


 廊下には、全く裾が出ていなかった。


 広い廊下は、もしかすると、いつも以上に磨き上げられて光っているようにも見えた。


 家人はもちろん、姫は呼吸さえしているのか、というほど音もしない。


 御簾の下からは、人形のように動かずに座っている姫たちの十二単が見える。


 ……すごいな!!


 沖の中将は、感服した。


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