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王都攻略

 セレスはかねてより別働隊五万を率いてトゥーラ王国に攻め込み、手当たり次第に城を落とすだけでなく、征服地の民にバルミスの敗北と軍の壊滅を吹聴し、反乱を起こさせた。トゥーラの民といってもバルミスの征服を受け、国を滅ぼされた者たちが多くいる土地であり、バルミスに反感を持っていた者は多く、叛乱はヒューベル軍が煽るまでもなく広がっていった。

 バルミスはこれ以上の戦闘は不可能と判断した。ここで勝ったところで次がないのだ。同盟軍を撃滅し、王都スディンを落としたとしても本国からの補給を受けられない。王都を落とす方法が兵糧攻め以外にない以上、占領した頃には大軍を養うだけの食糧は残っていない。逆にスディンに閉じ込められる可能性もあるのだ。

 掌に爪を食い込ませ、バルミスは全軍に退却を命じた。トゥーラ王国軍は退却を開始した。エクレン・ロックス・ヒューベル軍は追撃を開始した。トゥーラ軍はあまり守勢に強くない。バルミスが即位してから五年間、彼らが経験したのは侵略戦争のみ。加えて不敗であったため、敗走して追撃されることなどなかった。

 唯夜は最前線で追撃隊を指揮した。トゥーラ軍は小細工を弄して追撃を食い止めようとしたがヒューベル軍はそれを踏み潰し、トゥーラ軍を削った。

六日間ほど逃げ続けてトゥーラ軍の先頭部隊はようやくトゥーラ領に戻ることができた。しかし彼らを待ち受けていたのはセレス率いる五万の騎兵と二万の歩兵だった。彼らは準備万端であった。

「かかれ!」

 セレスの号令で彼らは哀れな敗軍に襲い掛かった。トゥーラ軍は散々に突き崩され、逃げ惑った。追いついてきた同盟軍もトゥーラ軍の後背に襲い掛かった。バルミスは騎乗していた白象を捨てて馬に乗って逃げなければならないほどだった。トゥーラ軍はそこで二万の兵が討ち取られ、一万が捕虜となり、残りは何とか挟撃から逃れることができた。遠征に参加した将軍八名のうち、大将軍ドーラをはじめ四人の将軍が戦死した。今回の遠征によって六万の兵を失った。その数はトゥーラ王国軍総兵力の二割に上る。

 同盟軍はトゥーラ王国への侵攻を行った。トゥーラ王国に征服され、仕方なく服従していた者たちはバルミスを見限って同盟軍に味方した。トゥーラ王国恩顧の貴族たちも次々と離反し、同盟軍に降る。先代王の時代まで他国からの征服を受けることが多かったトゥーラ王国の貴族たちは王家に対する忠誠はそこまで強くなかった。バルミスに対して忠誠心を持っていた者も多かったが

 王国北部は完全に同盟軍の支配下に置かれた。バルミスの支持基盤は代々受け継いできた領土のみ。一代で急速に領土を拡大し、内政を疎かにしてきた結果である。バルミスは八万の兵で王都ガルメスに立て籠もった。その表情にかつての威厳はなく、覇気はどこかへ消え失せた。王宮の自室に引きこもり、軍議にも姿を見せなくなった。その間に同盟軍は王国全土を掌握し、王都に進軍した。

 同盟軍は大量の投石車を用意し、腐りかけたトゥーラ兵や家畜の死体を投げ込んだ。そして昼夜を問わず鬨の声をあげさせてトゥーラ軍の休眠を妨げる。ある時は降伏を呼びかける。守備隊は徐々に戦意を失っていった。

 包囲は一か月も続き、城内では反乱が発生した。その一派が城門を開き、同盟軍を招き入れた。

 バルミスは今にも突入を開始しそうな同盟軍に恐れ戦いた。どう足掻いても国は滅ぶ。王は殺される。逆転の一手などありはしない。逆転の可能性を全て潰してから同盟軍は王都を囲んだのだ。包囲前には王都内部の貴族や軍人への調略も済んでいる。

 それでも兵士たちは徹底抗戦を続けた。敗戦し、戦象部隊を失ってもなお優れた指揮官と強靭な兵が残っていたのだ。それだけでなく王都の民も農具や石を手に同盟軍に対して抵抗を行った。

「侵略者を殺せ!」

「王国を守れ!」

 唯夜は道を塞ぐ民衆への手出しを躊躇った。

 そもそもの話、トゥーラ王国が征服国家になったのは四方を囲む近隣諸国の侵略から身を守るためだ。長年にわたって彼らは侵略を受け、その度に虐殺と略奪を受けた。民衆が抵抗するのは当然のことであった。

「ひ…退くぞ。民間人に手を出すな」

 唯夜の命令で本隊が後退する。だが唯夜本隊の動きに倣わず、前進する部隊があった。アリクブケの軍である。彼らは一斉射撃を行い、王都の民衆に矢を浴びせた。民衆は倒れ、鮮血が石畳を塗装した。

「アリクブケ!」

 唯夜は馬を走らせてアリクブケを非難した。

「あれは民間人だぞ。なんで攻撃した!」

「上級王は見えませぬか。奴らの手に握られている武器が。その心に握られている剣がお見えになりませんか」

 アリクブケは部下に前進を命じる。道を埋め尽くす民衆の死体を避けることはできず、数百の馬蹄が屍を踏み潰す。

「聞けば王都全域で民衆の一部が武装している様子。その鎮圧を建前に非武装の民衆を虐殺し、略奪している部隊があるそうな」

「知ってる! 何が言いたい!?」

「早う王城を陥落させ、戦いを終結させるべきと言っているのです。王城を占拠し、貴方が狼藉を禁止すれば各軍は従わざるをえんでしょう。ですから王城までの最短距離を駆け抜けなさい。それとも己の手を汚したくないと? お言葉ですが貴方の手はもう真っ赤に染まり、その汚れが落ちることはない。その手でなさるべきことを!」

 言葉を返せなかった。唯夜は自分の膝を殴りつけた。

「全軍に通達! 武装した民衆に対して武力の行使を許可する。ただし王城までの最短ルートを塞いでいた場合と、自分の命に危機が迫った時だけだ。間違っても非武装の民衆を傷つけるなよ。背いた奴には相応の報いをくれてやるからな!」

 同盟軍と王国軍の熾烈な攻防は三日間に及んだ。王都のあちこちから火の手が上がり、両軍の兵士と民衆の死体が積み上げられた。侵攻を受けたシャボー・ハン王国兵は応報とばかりに非武装の民衆に暴力を振るった。

 それでも各地の組織的抵抗を打ち破ってヒューベル軍が王城を包囲することに成功した。トゥーラ王国の命運は今まさに尽きようとしていた。王城に篭る兵士たちは幾度にもわたる降伏勧告を突っぱねて抗戦することを選んだ。

 対して国王バルミスは王城の中で震えていた。

「おのれおのれおのれ。おのれ同盟軍! 全ては奴ら、いや、あの男だ。夜渡祇唯夜! あの異世界人がいなければ全て上手く運んだのだ!」

 頭を掻きむしり、バルミスは半狂乱になって叫ぶ。

「認めぬ。余は大王バルミス! 護国の英雄だ! 雑兵の寄せ集めなどに敗北してたまるか!」

 剣を抜き、室内のあらゆる物を切り捨てる。しかし叫んでも暴れても現実は変わらない。滅びは既に定まっている。和平交渉など申し出ることができる立場ではない。鼻で笑われて終わりだ。

「陛下」

 そこに残った家臣や兵士たちが押し寄せた。バルミスは剣を抜いて彼らを睨みつけた。彼らを裏切り者だと思ったのだ。

「貴様ら、余を売り渡して安寧を得るつもりだな!」

せめてもの抵抗をしようと剣を構えた。血走った眼で家臣たちを睨みつける。

しかし敗北によって失われていたはずの王の矜持がその動きを止めた。随分と見苦しいものを見せた。これ以上、歴史に汚点を残すことはない。バルミスは剣を鞘に納め、老宰相ドゥームールに放り投げた。

「よかろう。この首をくれてやる。これ以上醜態は見せられぬ」

 剣を受け取った宰相はバルミスの前に歩み出る。だが彼を害することはなかった。受け取った剣を王の手に再び握らせた。

「我々は王宮を包囲する同盟軍に対して打って出て最後の抵抗を試みる次第であります。つきましては大王様には脱出のご準備と戦闘の御許可を。地下道から脱出ください」

 バルミスは目を見開いた。彼らを疑った自分を恥じた。

「戦ってはならぬ。夜渡祇は無闇に人を殺さず、才ある者は出自を問わず用いると聞く。貴様らの才覚であれば重用されよう。近衛らも精鋭揃い。死なせるには惜しい。降伏し、次の支配者に尽くせ」

「我々は国を守れませんでした。陛下をお支え奉り、トゥーラ王国の夢を叶える責務を負いながらも果たすこと叶わず。単に不肖たる我らの咎。その上、敵に寝返れば夜渡祇は笑わずとも世が我らを指差して笑うでしょう」

 ドゥームールが白髭を撫でながら言った。

「無能な臣下として歴史に刻まれることはもはや避けられぬこと。ここで我ら一千名揃って討ち死にすれば同盟軍将兵は我らを気骨ある軍人として記憶するでしょう」

 バルミスは沈黙した。外から響く音が大きくなっていく。終わりの時は着実に近づいてきていた。

「そうか。では王も参ろう。大国トゥーラの終焉に相応しき戦いを!」

「ははっ!」

 兵士たちは誇りを胸に、生来の覇気を取り戻した王の背中を追った。

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