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潮流

 山の麓から火の手が上がった。その火は山を囲むように燃え上がり、木々をあっという間に焼き尽くす。象や兵士たちは浮き足だった。山頂は野営を敷くために木々を刈ってあるが天幕など燃える物はいくらでもある。

「ホーストン王国軍の攻撃です!」

 伝令が叫ぶ。

 援軍に駆け付けたホーストン王国ヒューベル地方軍は夜に紛れて山麓に布陣する歩兵部隊に突撃を仕掛け、強引に突破して火をつけたのである。

「大王様! 一体どうすれば…」

 火に囲まれた兵士たちが動揺して助けを求める。

「この斜面を駆け降りる。死にたくない者は一丸となり血路を開け!」

 兵士たちは燃え盛る山を駆け降りる。

「おい! そこは駄目だ! 火に囲まれるぞ!」

 バルミスは兵に指示を飛ばし、部隊を纏めながら進んだ。

 山頂に陣を敷いている以上、火攻めは覚悟していたため逃げ道などは当然に用意していたが火に怯えた象は正気を失って暴れ回る。それでも麓に辿り着くがそこで待ち受けていたのは救いではなかった。更なる絶望である。

「撃て!」

 号令を下したのはヒューベル軍総司令官夜渡祇唯夜だった。ヒューベルの兵士たちは弓矢による攻撃でトゥーラ兵を穿った。

 唯夜が用意したものはそれだけではない。ヒューベル軍は投石車を多数用意しており、火薬兵器を密集しているトゥーラ軍に投下した。象は完全に命令に従わなくなり、周囲にいた不幸な兵士たちは象たちに踏み潰されて絶命した。また象も投石車による攻撃で次々と倒れていく。

「同盟軍の動きは見張っていたのではなかったのか!」

 バルミスは顔を赤くして怒鳴った。

「そ、それが…ヒューベルの軍であるそうで…街道を高速で南下してきたものと思われます」

「おのれ…! 正面より突破せよ! 道は必ず開ける!」

 兵士たちは死兵となって突撃した。唯夜は無闇な衝突を避け、陣形を崩して彼らに逃げ道を与えた。トゥーラ兵はその穴から逃げ出したがヒューベル軍が側面や後方から攻撃してきたことによって大きな損害を受けた。

 その他の同盟軍も攻撃を仕掛けた、トゥーラ軍はさらなる被害を受けた。戦象部隊は二割を失い、戦闘は終了した。

 翌朝、両軍は王都付近の平原で向かい合った。トゥーラ軍は二万。ヒューベル、エクレン、ロックス軍は四万。数の差は圧倒的であった。しかしバルミスは戦いを諦めていなかった。数を減らしたとはいえ象は多く残っている。戦況の逆転は不可能ではなかった。それに彼は理解していたのだ。将兵や民が彼を王と崇めているのは戦争において一度も負けたことがないからだ。負ければその支持は揺らぎ、国内の内乱を招くことになる。だから彼はここで敵を討って常勝不敗の伝説を更に強固なものとせねばならなかったのだ。

 両軍共に攻撃態勢を整える。攻撃を仕掛けたのはトゥーラ軍だ。最初から戦象部隊の七割をロックス軍にぶつけた。数の少ない部隊を主力で潰してから残りを全軍で叩くという戦術だった。

「やはり来たな! 歩兵は中央軍に合流! 騎兵は戦象部隊を引きつけろ!」

 ロックス軍主将バイエルが部下に指示を出した。足の遅い歩兵は元々中央軍寄りに配置されており、予定通りバイエルの指揮を外れてすぐに中央のエクレン軍に合流した。騎兵は戦象部隊と付かず離れずの距離を保って逃げ回った。

「決して落馬するなよ。追いつかれるぞ!」

 背後から地面を揺らす足音と鳴き声が響く。

 ロックス軍の騎兵たちは冷や汗を流して逃げ惑う。戦象部隊の恐ろしさは昨日の戦いで嫌というほど味わった。本音を言うならば視界に収めたくないほどである。だが異界から来た青年の策に従って命懸けの逃走を続けたのである。

 一方で戦場に残ったエクレン・ヒューベル軍は猛攻を仕掛けていた。トゥーラ軍は残った戦象を手前に並べて防御壁を築いた。

「象に弓矢は効かない。御者と弓兵を狙え!」

 唯夜は最前線に立って象に対して怖気づく部下たちを鼓舞した。兵士たちは勇敢なその指揮官を見て勇気を取り戻した。

「唯夜様!」

 ヘスティアが叫ぶ。唯夜が振り向くと象の長い鼻が迫ってきていた。

「!」

 唯夜は顔を伏せ、すんでのところで死神の鎌にも等しいその一撃を回避した。

「あっぶねえ…」

「唯夜様、お下がりください。ここは危険です!」

 攻撃の成果はあまり得られなかったものの、バルミスの注意を引き付けることに成功した。その間にロックス軍は象の大部分をトゥーラ軍本隊から引き離すことに成功した。

 その時、エクレン・ヒューベル軍の騎兵たちは陣形を崩して全速力で走り出し、トゥーラ軍の左右に回り込んだ。

「何をしている! 戦象を左右に回せ!」

 バルミスが叫ぶ。だが時すでに遅く、重装騎兵はトゥーラ軍の陣に突入してしまっていた。また、障壁がなくなった同盟軍の歩兵が突撃を開始した

 トゥーラ軍は奮戦し、三方向からの攻撃を何度もはね返した。しかし象の背中に乗っている象使いや弓兵に攻撃を集中させることによって象たちは統制を失い、逃げ去った。

 バルミスは退却を命じた。兵たちは初めての後退に絶望を覚えながらも兵力の八割を温存したまま戦場を離れることに成功した。

「おのれ蛮族どもめ…!」

 怒りで顔を赤く染めながら若きトゥーラ王は敵軍を睨みつけた。

 一方、ロックス軍を追った戦象部隊は森林近くまで誘い込まれた。

「今だ!」

 木々の中から無数の何かが放たれ、象たちに降り注いだ。

 森の中には投石車が隠されていたのだ。投石車が射出したのは石だけではない。油が詰まった麻袋も発射されていた。象たちは油まみれになり、火矢の攻撃を受けて人間諸共生きたまま焼き殺された。逃げて本陣と合流できたのは三百二十九頭と五百二十三名だけだった。

 苦戦を喫したトゥーラ軍だったがまだ八万の兵を残していた。王都には七万のシャボー・ハン軍が残っていたがトゥーラ軍は城門の前に無数の岩を積んで封鎖してしまった。内側から石を取り除くこともできるがすぐに城外に出ることはできない。バルミス軍は包囲を解いて四万の同盟軍と戦うことを決めた。

 唯夜は馬上からじっとトゥーラ軍の陣を見ていた。

「どうかなさいましたか?」

 シーナが尋ねる。

「上手くいかないもんだなーって。バルミス王はこれまで負けたことがないらしい。だから敗勢に回ればボロを出すかと思えば上手く立ち回って被害を減らしてる。戦象部隊は九割が死滅したけどまだまだ脅威だ」

 勝敗は決していない。同盟軍が優勢であり、王国軍が劣勢にあるというだけのことだ。ここから勝敗はいくらでもひっくり返る。僅かたりとも油断は許されないのである。

「そうですね。上手くいけば先日の戦いで兵力の半数を削る算段でしたから。ですがこちらにも手は残っています」

 唯夜は本軍同士での戦いで敗れた場合もしくは決定的な損害を与えることができなかった場合のために策を打っていた。

 翌日、両軍は睨み合っていた。互いに動いて隙を突かれることを嫌がったのである。シェルイとしても想像以上の戦象部隊の強固さに攻め手を欠いていた。トゥーラ国王バルミスは戦術家としても優れている。同じ手は食わないだろう。

 両軍はそれから二日間にわたって投石や弓矢による攻撃を続けて相手の隙を待ち続けた。



 トゥーラ軍の野営地に何人もの急使が駆けつけた。彼らが告げたのはトゥーラ軍将兵の戦意を喪失させるのに充分な報せだった。

「ヒューベル軍の別働隊が我が国を攻めているだと⁉︎」

「はい。チャドー城、メルツ城、ハーヴァラーディ城、クユル城が落とされました!」

「ヘテン城、ムーユール城もです」

「クユルターラ城が現在攻撃を受け、救援要請を出しております」

 バルミスは酒盃を投げ捨てた。宝石を帯びたガラス製の盃が砕け、上等なワインが大地を濡らした。

「奴らは攻城を不得意としているのではなかったか!」

「どうやら奴ら、金品と武具をを農民に供与して雇い、傭兵も雇用しているようです。加えて落とした城の貴族から財産を奪い、民に分け与えて解放者を名乗っているらしく義勇兵が集まっております」

 本陣の兵は浮足立った。これではたとえシャボー・ハン王国を陥落させたとしても国に帰ることができなくなってしまう。兵のほとんどが国に家族がおり、それを心配して戦意を大きく減退させた。



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