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戦象部隊

 シャボー・ハン王国南東部から侵略を開始したトゥーラ王国軍十万七千は国境警備隊を破竹の勢いで蹴散らし、快進撃を続けていた。シャボー・ハン王国は事前の備えをしていたがトゥーラ王国のそれは彼らの想定を上回った。

 トゥーラ王国軍は軍を三つに分け、王国内を蹂躙させた。大将軍ガイウス・オードルトン侯は八万七千の兵を率いてシャボー・ハン王国本軍七万六千をノルフェン平原で迎え撃った。

 兵力はシャボー・ハン軍が優勢であったがトゥーラ軍には千頭の象がいた。トゥーラ軍は最初から象を出すつもりはなく、後方に置いていたがそれでもその威圧感は凄まじく、徴兵されたシャボー軍民兵は浮き足立っていた。

「あれが象か…。聞いてはいたが想像よりも大きい…」

 オードルトンは額に浮かび上がる汗を拭った。彼らは象に対する有効な迎撃手段を知らない。知っていたとしてもあの怪物の群れと正面から戦う気にはならないだろう。守勢に回っては士気の維持ができないと悟ったオードルトンは攻勢に出ることを決めた。

「トゥーラめ…我らの侵略に頭を垂れて国家存続を願うしかできぬ小国めが…」

 文句を垂れた老将は祖国の空気を大いに吸い込み、胸を膨らませた。

「シャボー・ハン王国の勇敢なる子らよ! 我は国軍の総指揮を預かるオードルトン! 敵軍は我らより数が少なく、地の利は我らにある! 兵士たちよ。お前たちが勇敢に戦うのならば私はお前たちに勝利を約束しよう!」

 老将とは思えぬほどの芯の通った声であった。その声は拡声魔術で戦場全体に響き渡り、未知の生物にたじろぐ兵たちを勇気づけた。

「敵は野蛮で無慈悲だ。ここで我らが敗退すればお前たちの家族は略奪され、凌辱され、虐殺され、奴隷として売り飛ばされる! 戦象部隊がなにするものぞ! 侵略者に死を。我らの誇りと意地を侵略者に思い知らせてやるのだ!」

「「侵略者に死を! 侵略者に死を!」」

 兵士たちは武器を振り上げて叫んだ。

「中央軍突撃!」

 音に聞こえしシャボー・ハン王国重装騎兵の突撃が開始される。兵馬は重装鎧に身を包み、槍の穂先を並べて一糸乱れぬ突撃を行った。その後方では弓兵が短弓を狙いもつけずに連射する。重装騎兵のその突撃力は騎馬民族のヒューベル軍を上回るほどであった。

 対してトゥーラ軍は重装歩兵を何列にも並べ、槍を突き出してて突撃を迎え撃つ。馬は鋭く尖ったものを避ける習性をしており、槍衾による防御陣は騎馬隊の突撃に対して有効な防御方法だった。しかし重装騎兵隊は速度を落とさず、跳躍して槍を避けるとそのまま重装歩兵を踏み潰した。

「殺せ殺せ! 侵略者に死を! 血祭りだ!」

 また、オードルトンは歩兵にも突撃を命じた。軽装歩兵が投石やロングボウで突撃を支援する。

 両軍は正面からぶつかり合う様相となった。激戦は一時間ほど続き、シャボー・ハン王国軍が優位に立っていた。特に左翼が奮戦し、戦線を押し上げていた。

「左翼に予備戦力二千騎を送り、側面を突かせよ。奴らが戦象を出す前に終わらせる」

「ハッ!」

 オードルトンの命令通り、騎兵が左翼の増援に到着した。しかし彼らを待ち受けていたのは恐るべき動物兵器、戦象部隊であった。チェーンメイルで武装した象の群れが砂塵を巻き上げて彼らに突進する。騎馬の突撃など比較にならないほど地面が揺れる。加えて聞いたこともない象の叫び声が響き渡る。

「うっ…」

 騎兵たちの突撃が止まる。馬が象への接近を拒んだのだ。象や駱駝といった生物は馬が嫌がる異臭を放つのだ。

「撃て!」

 象の背に乗る弓兵たちが敵兵に矢を射掛ける。騎兵たちはなす術なく倒れていった。しかし高所からの矢に対して怯まず突撃を行う部隊もあった。

「突撃! 奴らの側面を強引に擦り抜ける!」

 数百のシャボー・ハン騎兵が馬を宥め、突撃を再開する。

「祖国に栄光あれ!」

 先陣を切って駆ける兵士を象の長い鼻が馬体ごと巻き上げて空高く放り投げた。数秒後に地面に叩きつけられた兵馬は潰れて死んだ。

「何だと⁉︎」

 あまりの衝撃に足を止めた兵士は踏み潰されて即死した。

 騎兵たちは象に槍を投げつけた。しかし鎧がその大部分を防いだ。一部の槍は象の体表に直撃したものの、分厚い皮に阻まれて虚しく地面に転がった。

「ば、化け物…!」

 戦象部隊による一方的な殺戮が始まった。象は逃げ惑うシャボー・ハン軍を追い回し、蹂躙した。そのまま左翼部隊に突撃し、歩兵たちを蹴散らす。戦線は一気に崩れ、脱走兵が続出した。逃げる者は矢を射られ、立ち向かう者は踏み潰された。全軍に動揺が広がり、収拾は困難なものとなった。

 トゥーラ軍をを率いていたバルミス王はこれを絶好の好機と捉え、全軍に反撃を命じた。

「余も前へ出る!」

 バルミス王直下の戦象部隊二百騎が奮戦する重装騎兵を正面から粉砕した。バルミスは最前線で象の背から弓矢をもって戦った。

「ははははは! 殺せ殺せ! 地を這う虫どもを一匹残らず皆殺しにせよ!」

 王の突撃に部下たちは狂喜して続いた。

「トゥーラ王国に栄光あれ!」

「王の敵に死を!」

 シャボー・ハン王国が誇る重装騎兵隊は瞬きのうちに壊滅し、残余の者は敗走した。戦局の不利を悟ったオードルトンは全軍に撤退命令を出した。しかし極度の混乱状態に陥った兵士たちは組織的な行動を行うことができず、戦象部隊や騎兵の突撃によって撃滅された。

「何をしておるか! 隊伍を整えよ!」

 オードルトンは後方から前線にまで本陣を押し上げ、兵を叱咤して正気に戻して撤退の指揮を執った。約三割の兵が彼と共に戦場を脱することができた。その他二割の兵が脱走し、一割が捕虜となり、残りは戦死した。

 一方のトゥーラ王国軍の損害は千名に満たず、生き残った者たちは勝利の美酒に酔いしれた。

「ははははは! 王に逆らう蛮族めが! 余に勝てると思うてか!」

 トゥーラは捕虜の斬首を命じ、処刑の様を見ながら酒盃を呷る。彼は幼少から好戦的で殺人を好む性分だった。捕虜は必ず処刑し、占領した都市や村は老若男女問わず半数を殺した。生き残った男は徴兵されて最前線に送られる。

「これにてシャボー・ハン王国軍の主力は壊滅しました。王国の滅亡は成ったも同然かと」

 老臣のドゥームールが控えめに言った。彼は二代前の国王の時代から王国に仕える忠臣であり、優れた統治能力を有し、急速に拡大を続ける王国の運営を一手に引き受けていた。

「そうかそうか。重装騎兵の突撃において近隣諸国に並ぶ者なしと聞いていたが口ほどにない。抵抗せず余の軍門に降ればよいのだ」

 愉快そうに笑い、バルミスは次の酒を要求する。

「兵に休息を与えよ。一日の休息の後、王都スディンに進撃し、別働隊と合流して一挙に攻め落とす!」

「はっ!」

 トゥーラ軍は王国内を進軍して地方貴族を平定し、王都スディンを包囲した。王都に篭るのはオードルトンが総司令官を務める七万の兵。軍人でもある王太子は包囲前に王都を脱し、同盟諸国に救援を求めるため国外に出ていた。

 トゥーラ王国軍は攻城兵器を大量に揃え、攻撃を仕掛けた。スディンは高い城壁を有しているがとりわけ守備に強い城塞ではない。また他国から攻められた経験はなく、守備隊の質はあまり高くない。それでもトゥーラ王国の残虐さを伝え聞く兵士たちは必死に戦った。兵士ではない王都の民も後方支援などに従事して軍を支えた。トゥーラ王国は苦戦を強いられたが力攻めを避け、城兵の疲労を待つ長期戦に切り替えた。王都内は食糧の供給は限られ、長期戦が不可能な一方でトゥーラ王国軍は安定した兵站を確保しており、半年程度なら包囲の継続が可能であった。バルミスら軍上層部は毎日にように宴会を開き、そう遠くないうちに訪れる虐殺の光景を思い描きながら酒を飲む。

 そこに伝令兵が駆けつける。

「恐れながら申し上げます! 北よりシャボー・ハン軍一万、エクレン軍二万、ロックス軍一万がスディンを解放すべく南下しております!」

 バルミスの緑の瞳が猛獣のようにぎらりと輝く。彼は立ち上がった。

「三万の兵で迎え撃つ。すぐに用意をせよ」

「はっ!」

 バルミスは戦象部隊を中核とした騎兵中心の軍を編成すると残りの兵に包囲を継続させ、自らは迎撃部隊を率いて北上した。

 王都救援軍はエクレン軍を中央にシャボー・ハン軍が左翼、ロックス軍が右翼を構成していた。

「オルへ! 貴様は六千の兵でロックス軍を足止めせよ。戦象部隊を百貸し与える」

「はっ! お任せください!」

「ボルドールは一万の兵でエクレン軍を押し留めろ。戦象部隊を九百くれてやる」

「ははーっ!」

 バルミスは麾下の将軍に指示を飛ばすと自らは残りの一万四千の兵を率いて左翼軍に攻撃をしかけた。中央軍と左翼軍の間に戦象部隊六百を割り込ませて両軍を引き離すと軽装騎兵に敵の側面を突かせた。そして戦象部隊と重装騎兵を突撃させてシャボー・ハン軍を六つに分断すると戦力を集中させて各個撃破して壊滅させた。

 トゥーラ王国軍中央は敵の半分の兵力でエクレン軍の突撃を食い止めなければならなかった。しかし彼らにとって難しい仕事ではなかった。戦象部隊を前面に並べて立たせ、盾とした。近づいたエクレン兵は象や射手に追い返された。

「これなら投石車でも持ってくるべきでした」

 エクレン軍の副司令官のナナミは戦象部隊の脅威を思い知ることになった。彼女も祖国で象を見たことはある。しかしここまで頑丈で荒々しい動物だとは知らなかった。

「総司令に上申。集中攻撃を受けている友軍を救出して後退し、援軍を待つのが最善である、と」

 その時、それまで沈黙していた前面の戦象部隊が走り出した。同時にシャボー・ハン軍を撃破したトゥーラ軍右翼がエクレン軍の側面に攻撃を仕掛けた。敗北を悟ったナナミは部隊を率いて左から来たトゥーラ軍本隊を迎え撃った。

「た、大変です! 総司令官アルマカトラ侯が逃亡なさいました!」

 もちろんそれは流言であり、総司令官は後方にいた。しかし挟撃による混乱状態にあったエクレン軍は敵が流した総司令官の逃亡の流言によって更なる混乱に陥り、脱走兵が相次いだ。それでもナナミの部隊は秩序を保ち、彼女の指揮のもと勇敢に戦った。

「象を狙う必要はありません。象に乗る射手と御者を始末しなさい」

 象使いや射手を集中的に狙うことで象のコントロールを失わせた。だが敵は象だけではない。歩兵や騎兵の苛烈な攻撃が続く。同盟軍は必死に戦ったものの全体的な劣勢は覆らず、将兵は次々と討たれていった。

「将軍! お逃げください! ここはもう駄目です!」

「まだ味方の撤退が終わっていません。一人でも多くの兵の撤退を支援します」

 ナナミは弓矢を構え、象の射手に狙いを定め、放った。しかし彼女の射撃は上手ではなかった。その一矢は外れ、目標を射抜くことはなかった。代わりに象の目に突き刺さった。片目の視力を失った象は痛みでパニック状態に陥り悲鳴を上げて暴れ、隣の象を鼻で叩き、トゥーラ軍の歩兵や騎兵を踏み潰して倒れた。

「さすがナナミ将軍! お見事です!」

「…はい」

 兵士たちはたった一矢で象を打ち倒した美しき自分たちの将軍の武功を見て戦意を高揚させた。兵たちの士気を思えばまぐれとは口が裂けても言えない状況だった。

 それでも陣形は崩されていく。時間稼ぎにも限界が近づいてきていた。

「総員撤退! 殿は私が務めます。落ち着いて後退しなさい」

 同盟軍は後退していった。バルミスは追撃を命じ、同盟軍は兵力を六割程度に減らすことになった。夕焼けが地上を染める頃、戦場には夥しい数の戦死者が倒れていた。その多くが同盟軍の兵士であった。血は付近の河川に流れ込み、下流を赤く塗装した。

 その結果に敗者である同盟軍はもちろん、勝者となったバルミスも舌打ちを漏らした。

「小癪な同盟軍め。半数以下に減らしてやる予定だったが…仕方あるまい」

 バルミスは苛立ちで歯ぎしりした。

 彼が怒りを落ち着けるのに、同盟軍の捕虜百人の斬首を必要とした。

 夕方が近づき、バルミスの本陣は付近の山に本陣を移した。木々が生い茂っている。見通しが悪い地形ではあるものの、二千頭の象を養うには大量の木が必要になる。多少の不利を受け入れてでも山岳に陣を張るしかないのだ。当然、同盟軍の陣地の監視を行い警戒を続ける。

「同盟軍の身の程知らずに動きはないな?」

「はい。怯えた亀の如く縮こまっております」

 バルミスは勝利を確信した。彼にとって当然の勝利である。しかし勝利の美酒の盃は彼の手から離れてしまうことになる。


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