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戦死者


 唯夜らは王宮の包囲を完成させ、突入の準備を整えさせた。だがその必要はなかった。王宮から現れたのは千名ほどの兵士たち。重装鎧を身につけて隊列を乱さず、しかし戦闘に臨むわけでもない様子であった。彼らは同盟軍からある程度の距離を保って停止した。

「トゥーラ王国第三十七代国王バルミス大王陛下の御出陣!」

 優雅さと荒々しさを帯びた笛と太鼓の音が燃える王都に響いた。

 兵士たちは左右に分かれて道を開けた。その間をバルミスが歩く。唯夜は初めてバルミス王の姿を見た。聞きしに勝る勇壮な出立ちであった。大陸東部の小国に過ぎなかったトゥーラ王国の版図をたった五年で八倍にまで拡大してのけた覇王に相応しい偉容。兵士たちは息を呑んだ。

「ヒューベル軍総司令夜渡祇唯夜はいるか!」

 バルミスが叫んだ。

「余は卿との一騎打ちを望む! 王の中の王たる余と剣を交える勇気があるなら前に出よ!」

 ヒューベル兵の視線が唯夜に集中する。彼らは唯夜の号令があればいつでも突進するつもりでいた。

「君が出る必要はないよ。私が倒してくるから」

 セディアが剣を抜いた。

「いや、俺が出る」

 唯夜はセディアの肩に手を置いて止めると馬を走らせた。

「お、おい待てよ! 何も馬鹿正直に一騎打ちを受ける必要はねえだろ!」

 悠一郎が唯夜を呼び止める。彼の言うことは最もだった。しかしここで申し出を足蹴にすれば臆病者のレッテルを貼られる可能性がある。勇敢さを好むヒューベルの民の支持を今一度強めるためには申し出を受けて勝利する必要があった。

「貴様が夜渡祇唯夜か。なるほどな。余の国は若造に負けたのか。戦場を知らぬ老人に滅ぼされるよりは幾許かマシというものだが」

 バルミスは笑った。そして片刃の剣を構える。

「感謝しよう」

「売られた喧嘩は買う主義だ。本気でいかせてもらう」

 両者は馬の背に乗って同時に走り出す。剣が激突する。まずは互いに相手の実力を探る。数度剣を打ち合って凡その実力差が掴めた。剣の腕と速度、馬術は唯夜が上。逆に膂力と体力はバルミスの方が上回っていた。

 長期戦に勝機はないと踏んだ唯夜は短期決戦を挑むことにした。絶えず馬を走らせて一箇所に留まらず、隙を伺う。

 両陣営は有らん限りの声を張り上げて声援を飛ばした。どちらも必死だった。トゥーラ王国の兵士たちは主君の最後の戦いのために、ヒューベル兵は共に苦難に立ち向かう戦友でもあり主君でもある青年のために声を枯らして叫んだ。

「うおおおおお!」

 バルミスの剣が振り下ろされる。唯夜はそれを受け止めきれず、肩を切り裂かれる。バルミスは攻撃を続けた。唯夜は馬から叩き落とされそうになったが気力で耐えた。しかし反撃に転じる隙を相手は与えてくれなかった。凄まじい猛攻が加えられ、唯夜は想定外の苦戦を強いられるどころか敵の刃が翻るごとに死を覚悟しなければならなかった。

「唯夜様! お退きください!」

 ヘスティアが叫ぶ。しかしその声は聞こえていなかった。出血により唯夜の意識は薄れていたからだ。彼の体を動かしていたのは狂気とも呼ぶべき無意識下の執念であった。


 唯夜はかつて浮浪者として生きていた。物心ついた頃から家族はおらず、幸運と生存本能のみが幼い彼を生き永らえさせていた。彼がいた場所は人があまり訪れない山岳地帯だったことから彼は言語も知らず野生児のような生き方をしていた。それまでどうやって生きていたのかわからない。ただ自分が生きていることだけはわかった。

 そんなある冬の日、一人の女が彼の人生に現れた。彼女は呻き声をあげながら倒れていた。服や肌は汚れ、腹を空かせて死にかけていた。名もなき少年は彼女に近づき、意識があることを確かめた。そして手に持っていたなけなしの木の実を食べさせようとした。しかし彼女はそれを拒んだ。何かよくわからない言葉で話していた。人間社会で活動したことのない彼にとって彼女の放った言葉を聞き取ることはできなかった。だが彼は強引だった。無理矢理口を開かせて木の実を押し込む。彼が持っていた最後の食料だったがどうでもよかった。どうせ自分が長くは生きられないことを彼は知っていた。

 女は木の実をゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。そして起き上がり、少年に向かって一言二言話した。だが敵意がないことはすぐにわかった。女は言葉が通じていないことを悟ると少年に手を差し出した。少年は警戒しながらもその手を握った。握手という概念を知らない彼であったが何故か彼女の手を握ってしまったのである。

 彼女は唯夜に名前と衣食住、そして教育を与えた。時に厳しく、時に優しく教え導いた。いつしか彼は誓った。自分を人間にしてくれた彼女を守ると。そのために誰よりも強くなると。しかし結果、彼女は殺された。彼の不甲斐なさ故に殺された。彼は誓いを守れなかった。だが彼女は彼に遺した。これから出会う大切な人たちを守るために戦えと。

そして彼は新しい世界で守るべき人々に出会った。彼は再び誓った。どんな手を使ってでも彼らを守ると。


 体が悲鳴を上げる。本能が逃走を命じる。理性が警告を下す。それでも魂が叫んでいた。戦って勝て。勝って生きろと。

「おおおおおおおおおお!」

 銀色の剣を振り上げる。バルミスの剣を跳ね返し、胸を切り裂く。

「まだ死ねるかよ。こんなところで死んだらがっかりされる。もう、約束を破るわけにはいかねえ」

 バルミスが突きを繰り出す。唯夜は鞍を蹴って飛び上がり、強烈な斬撃を叩きつける。その一撃はすんでのところで防がれた。だが唯夜は止まらない。蹴りを繰り出してバルミスを馬上から蹴落とす。唯夜も続いて着地すると同時に剣を振り下ろす。バルミスは剣でそれを受け止めた。反撃に出ようとするバルミスに対し、剣を投げつける。辛うじて弾いた彼だったがその隙を突いて飛び込んできた唯夜の蹴りを受け、その手から剣をもぎ取られた。次の瞬間、剣がバルミスの胸を貫いた。その切先は真っ赤に濡れて背中から飛び出していた。吹き出す鮮血が青年の体を赤く濡らす。

 唯夜が剣を抜くとバルミスはその場に倒れ込んだ。トゥーラ王国兵は悲鳴をあげた。

「余の…負けか…」

 血を吐きながらバルミスは笑う。

「王国最後の王が戦って死ねた。これに勝る幕引きはあるまい。余に勝利した異界の勇者よ。感謝する。願わくば余の名と我らの戦いをその身が尽きるまで頭の片隅に留めておいてくれ」

 唯夜は彼の傍に腰を下ろした。

「忘れたくても忘れられねえよ。殺し合いでこんなになったの初めてだ。できれば最後であってほしいぜ」

 青年は笑った。彼もまた大量の血を流しており、早急な治療を必要としていた。茜ら軍医が駆けつけてくる。唯夜はトゥーラ王国軍残党を指した。

「あ、そうだ。今にも突っ込んできそうなこいつらを止めてくれ。丁重に扱うことを約束する」

 バルミスは灰色の瞳を臣下たちに向けた。

「同盟諸国とトゥーラ王国の戦いは余の死にて終結する。ここから先、流れるトゥーラ人の血があってはならぬ。最後の王命である。武器を捨てて降伏せよ。誰一人死んではならぬ。残された民のために生きて、そして役目を果たせ」

 兵士たちは槍や剣を捨てた。しかしドゥームールだけは剣を捨てなかった。王に殉じて死ぬつもりなのだ。

「王よ。最後までお供致します。老骨の身ではありますがどうかお許しを」

「宰相ドゥームール」

 唯夜が声を上げた。

「俺はトゥーラのしきたりに従ってお前の王を葬るつもりだ。でも俺たちはトゥーラの文化を知らない。だからお前が準備して執り行え。お前がトゥーラ王国最後の王の尊厳を守れ」

「!」

 ドゥームールは手を震わせ、そして剣を投げ捨てた。両目からは大粒の涙が零れ落ちて地面を濡らした。

「バルミス、この先この国がどういう扱いを受けるかはわからない。けど俺はこの国の人たちの生活が守られるように努力するつもりだ」

「そうか。では思い残すことは何もない。後は万事よろしく頼む」

 そう残してバルミスは永遠の眠りに着いた。唯夜はマントを彼の遺体にかけ、軽く頭を下げた。そして立ち上がり、両軍の兵士に向かって叫ぶ。

「戦いは終わった! 両軍剣を納めて負傷者の手当てに移れ! ここから先、剣を抜いての戦闘を禁止する! 殺しも暴行も略奪も禁止だ。破った奴は車裂きの刑にしてやるからな! 一般兵から将軍までだ! 容赦を期待するなよ!」

 兵士たちは心情はどうあれ従った。従うしかなかった。彼は一週間前、これまで占領した都市で略奪を行った百人隊長とその部下三十名を公開処刑したのである。また、他軍の兵に対しても容赦を知らず、娼婦を殺したエクレン軍の将校を自ら斬首した。ナナミのとりなしがあってエクレン王国との問題に発展することはなかったが、その容赦のなさは事実として将兵らの胸に刻まれていたのである。

 こうしてトゥーラ王国は滅亡した。トゥーラは小国ながら大陸随一の穀倉地帯であったために近隣諸国の侵略を受けることが多かった。敵が侵攻する度に畑は荒らされ、民は犯され殺され売り飛ばされた。歴代の王たちは土下座による外交でこれまで国を守ってきた。そのため国民は常に飢えていた。領内では大量の作物を収穫できるというのにそれを食べることもできない。バルミス王とその侵略戦争は数世紀に渡って積み重ねられた憎悪が生み出した呪いの子であった。

 同盟軍は兵の半数を国に返し、唯夜、七海、バイエルの三将軍とその軍が駐留した。本国では占領地をどうすべきかで議論が起こった。まずは占領地を返還して引き揚げるか、それとも恒久的な支配を行うかであったが今回の戦役に参加したホーストン、エクレン、ロックス、シャボー・ハンは全会一致で後者を選択した。トゥーラ王国は穀倉地帯であったし、国内に抵抗勢力はほとんど残っていない。支配は容易く、利益も大きい。また、放棄すれば周辺諸国が我先にと攻め込むことが予想されたことからも放棄は論外であった。

 では支配を続ける場合、国土をどう分割するかが問題であった。トゥーラ王国はバルミス王が征服した地域も含めればかなり広大であったが豊かな大地は本国のみ。その他は元々あまり豊かではない上にバルミスによって蹂躙されたためにあまり価値のない土地ばかりである。ちょうど国王トナル四世が病死したため撤退したロックス王国を除く三カ国はトゥーラ本国の統治権を巡って交渉を続けた。他の同盟国は勢力を拡大しつつあるホーストンを警戒してエクレンとシャボー・ハンを支持した。とはいえ今回の勝利にヒューベル軍は大きな功績を挙げ、司令官の夜渡祇唯夜は国王バルミスを一騎打ちで討ち取った。言ってしまえば他の軍は数合わせに過ぎなかった。ヒューベルの援軍がなければトゥーラ王国を滅ぼすどころかシャボー・ハン王国は滅びていただろう。ヒューベル軍は同盟の切り札とも呼ぶべき存在である。ホーストンが穀倉地帯の支配を断じて譲らない場合、他の加盟国は譲歩せざるを得なかった。


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