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ヒューベル銃騎兵

 気づけば朝になっていた。唯夜はベッドで目を覚ました。体を起こすと酒のせいか疲れがかなり残っていた。そこで気付く。自分が全裸であることに。全身に電流が走った。右から若い女の呻き声が聞こえた。

 酒とは別の意味で吐きそうな思いで右を見る。そこには同じく一糸纏わぬ姿のセレスがいた。ちょうど彼女は目を開いた。

「唯夜様…。昨晩のことは…」

 セレスは頬を赤くして毛布に顔を埋めた。

「…マジかよ…。やっちまった…」

 唯夜は頭を抱えた。イリアスの時と違って本当に一晩を過ごしてしまったようだ。鏡を見る。彼の首にはいくつもの噛み傷やキスマークがついていた。イリアスの首にも噛み傷がついている。

 イリアスにどんな言葉をかけるべきか悩んでいると部屋の扉が開いた。そこに立っていたのはアルムだった。唯夜が呼びとめるまでもなく少年は走り出し、自分が見た光景をありのまま館の者たちに伝えた。噂はあっという間に広まり、子供たちからは何をしていたのか尋ねられ、大人たちからは遠巻きに生暖かい笑みを向けられることとなった。居心地の悪さで言えばイリアス王女のハニートラップの時以上であった。

 食堂で朝食を摂っているとセディアが隣に座った。

「聞いたよ。君たち交尾したんだって?」

 悪意の全くない笑みだった。あちこちで食事を噴き出す音が聞こえる。唯夜はすんでのところで耐えた。

「すげえ言い方するな…。そんなんいちいち言うなよ。みんなやってるだろ。俺たちだって父さんと母さんが交尾したから生まれたんだろ」

「不潔です!」

「朝から気持ち悪い話するなよ…」

「チッ」

 周囲から溜め息が漏れる。

「そういうだらしないところをゴエティアのような男に突かれたのではないですか?」

 シーナが言った。

「だらしねえのは王宮の警備態勢だったんだよ。結局俺は無実だったの」

 周囲から疑わしい視線が唯夜に集まる。唯夜を信じていない顔である。最初期から唯夜を支えてくれたヘスティアでさえも不浄な物を見るような目つきをしていた。

「信じてくれよ俺をよ!」

「ではお聞きしますが…昨晩の行為に愛はあったということでしょうか?」

 エイレーネーが尋ねた。あまりにも鋭い、剃刀のような問いである。唯夜はすぐには返答できなかった。唯夜の脳が軍略を講じる時以上の速さで回転する。

 酒の勢いでやってしまい、記憶がないことを正直に言うのも手ではあるがそれではセレスを傷つけることになってしまう。彼女の内心はわからないが勢いのせいにしてしまうのは彼女にとって侮辱以外ではないだろう。

 セレスは唯夜がまだヒューベル領主に就任していない時からの付き合いである。何度も彼女には助けられた。彼女がいなければ実行できなかった作戦も多かった。他の将軍たちと違って性格に難があるわけでもなく、公私を問わず彼女に相談をすることも少なくない。

「あります…。ありました…愛。とります…責任」

 誰かが口笛を吹いた。

 セレスは始終、顔を赤くして伏せたままだった。



 唯夜らはヒューベル領に戻った。そこでも祝勝会を開き、将兵の奮戦を称えた。帝国から奪った財宝を分け与え、武勲を挙げた者には更なる恩賞を与えた。戦死した兵の遺族にも年金の定期支給を約束した。唯夜は戦争に強い王であると同時に民の生活を守る者、そして兵士の勇敢さには実益をもって報いるという気前の良い王であると民は彼を褒め称えた。

 ひとまずの平穏を手に入れた唯夜は文官たちと財政改革を行った。これまで東側大陸の南北の行き来を遮っていたネルブリンゲンを解放し、商人や旅行者を積極的に誘致した。加えてネルブリンゲン南東には海に面している部分がある。かつては貿易港として栄えていたが騎馬民族に占領されて以降、商船が行き交うこともできず、海路はあまり使われなくなっていた。そこを再整備し、開放することによって通行税を得ることができる。また、商人たちが遠回りをする必要がなくなったため、物価も下がることが予想される。

 そういった改革を進める一方で領民たちの生活に手を出すことはしなかった。人道上問題のある慣習はやめさせたが可能な限り彼らの慣習を尊重した。そういった文化を否定すれば反乱が起きるのは目に見えていたからだ。

 また、クニトモ一族の尽力によって火縄銃が完成した。とはいえまだプロトタイプであり、改良の余地はまだ多い。それでも帝国に対する切り札を手に入れたのだ。

「おー、これこれ! ほんとにやってのけるとは!」

「お褒めに預かり光栄です」

 唯夜は子供のようにはしゃいだ。

「ていうかネジの作り方なんてよくわかったな…」

 火縄銃が伝来した頃の日本はネジを作る技術がなく、ある鍛治職人は娘をポルトガル人の嫁に出してその製法を手に入れた。この世界にもまだ金属製のネジは存在していない。唯夜はネジの存在を知っているがその作り方までは知らなかったので火縄銃が完成するのはもう少し後になると思っていた。

「我が一族にはネジの作り方も伝わっております。形にするのはあまり難しくはありませんでした」

 唯夜は手にある火縄銃をまじまじと見つめてしばらく考え込んだ。

「…君たちの祖先って異世界から来た人だったりする?」

「真偽の程は確かではありませんが異世界のしがない鍛治職人で、一族全員でこの世界に呼ばれたと伝え聞いております」

 彼らの姓はクニトモ。日本の戦国時代には複数の火縄銃の名産地があった。堺、根来そして国友。彼らの祖先はそこから訪れたのかもしれない。

「全員? そんなことができるのか?」

 唯夜は眉根を寄せる。複数人での召喚事例があることは七海・悠一郎から聞いている。しかし一族すべてが召喚されるなど聞いたこともない。部下に命じて勇者召喚の儀について調査させているものの手がかりはつかめていない。

「それとお館様のご命令通り、この兵器が鹵獲された場合の対応策も講じてあります」

「さすが。どんな感じ?」

「修理やメンテナンスなどを行う際には専用の器具を用いて解体するのですがそれを使わずに無理に解体すると爆発します。威力はまあ手の指が吹き飛ぶくらいですが兵器は修復・解析不能なほどに損壊するので」

「えっ」

 兵器は威力が高ければ高いほど良いがそれで兵器の評価が決定するわけではない。いくら高威力の兵器であっても運用するのが人間である以上、敵に鹵獲されてしまうこともある。敵に複製されてしまえば戦いは泥沼になる。再現のされにくさも兵器の評価に大きく影響する。

「ところでこれはどう使う武器なのですか?」

 兵士が尋ねる。

 唯夜は火縄銃とそれに付随する装備を持って外に出た。軍の幹部たちが彼に続く。銃身を立てて銃口に火薬と弾丸を注入し、棒で銃身の奥に押し込む。その後、引き金の傍にある火蓋を開き、火薬を入れ、火蓋を閉じる。火が付いた縄を装着し、火ばさみを上げる。銃を構え、十メートル先の木の的に照準を合わせる。火蓋を開き、そして引き金を引く。瞬間、火薬が炸裂する音が響き、銃口から鉛玉が高速で飛び出し、木の板を打ち砕いた。

「あ、当たった…」

 まさか初めての射撃で的中するとは思っていなかった唯夜は半信半疑で砕けた木の板を見た。

周囲から驚きの声が聞こえた。

「これが…上級王のいた世界の兵器…!」

「まあ五百年くらい前のだけど。俺がいた時代の武器はとんでもないぞ。一発で何十万人も殺せる兵器だってある。作り方は知らないけど」

 できれば拳銃を作りたかった。仕組みなどはある程度分かっているがこの世界の技術レベルではどうしても再現できない。問題は重さだ。軽くて頑丈で熱にも強い金属はあるにはあるが希少性が高く、兵器には利用できない。また技術的な問題で薬莢なども作成できないだろう。

 火縄銃の性能は想像以上だった。本体の威力もさることながら火薬の調合も完璧だ。兵器の作成に対して異様なほどの適性を見せている。

「にしてもすげえな。さすがだ。これからよろしく頼む!」

 唯夜はゼンヨら職人たちに握手を求めた。彼らは握手に応じ、さらなる協力を約束した。それ以降、国友衆と呼ばれ、上級王お抱えの鍛治職人集団となった。試行錯誤を繰り返し、完成形を一ヶ月ほどで作り上げた。

 まずは親衛隊三百騎に火縄銃を配備し、訓練させた。最初は新兵器の導入に難色を示していた彼らもその威力を知ると積極的に訓練に取り組んだ。中でも悠一郎や茜、シーナの上達が早かった。唯夜の方はというと初めて撃って以来、全く的に当てることができず、悠一郎から指導を受けていた。

「お前…最初はかっこよく決めてたじゃん…」

「あれで運使い果たしたかも…」

「運任せで撃つもんじゃねえよ」

 ようやく銃を開発することに成功した。帝国を倒すための切り札の一つが揃ったのだ。唯夜がこの世界に召喚されてから一年半が経過していた。

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