実は私は
「じゃあ私の手番でいいかしら。そっちの目的は? ただの里帰りというならおかえりなさい、おかえりくださいという所だけれど」
「こっちの連中がな、木星のヘリウム3に目をつけた。交渉で買い取ってこいって話だ。そのための手土産だけで宇宙規模の国家数年分かかってる。一応外交官も連れてきたが、勝手知ったるなんとやら。俺が出向くのが一番手っ取り早かった」
「なるほどね。正直手の届かない資源に意味はないわ。だからと言ってただでくれてやる理由も無し、交渉しに来たってことは理由があるんでしょ」
その言葉に懐から水晶のキューブを取り出す。
記録媒体であり再生機具、こいつをテーブルに置いて軽く操作するだけで空中に映像が映し出される仕組みだ。
HDD付のテレビみたいなもんだな。
「これは……地球? 宇宙からの観測結果……それにこの数字……」
「最初の二つに答えよう、こいつはうちで言うところの宇宙怪獣、アトランティクスってのが持ち帰った情報だ。基本的に人間の操作は聞かないが、一部はこの手の観測機器として利用される事がある。今回のはこっちの言葉で言うならハレー彗星だ」
「ハレーが怪獣……B級映画みたいね」
「俺もそう思う。で、数字の話だがおおよその人口と生物の生息数。それから今後宇宙に進出するまでにかかる年月だ。秒単位で刻まれている」
順番に指差していくと納得したようにうなずいてくれる。
いいね、頭の柔らかい交渉役はやりやすくて助かる。
「問題はこのままだと宇宙進出まで300年はかかるが、その後は指数関数的に進出距離が伸びるという結果だ。俺達が拠点としている宇宙国家までたどり着くまで、およそ10年」
「300と10年……確かに揉めそうな時間ね」
「あぁ、だから喧嘩になる前に俺達が来た」
ちなみにこの映像は何度か見て、説明もされた。
ぶっちゃけ半分以上頭に入ってなかったが、ハレー彗星言われた瞬間理解したわ。
これ、超面倒な案件だけど放置したらヤバいって。
少なくとも現地に送り込んだ連中が返り討ちにあって、その上で技術だけ奪われてケツを追いかけまわされるパターン。
俺だって同郷の相手とは殺し合いしたくないし、かといって国家裏切るのもちょっと違うじゃん。
だから引き受けるきっかけになったともいえるんだけどな。
そういう意味じゃアトランティクス撃破の糞依頼は受けてよかったと言える。
「流石にその買い物に関しては即答は無理ね。少なくとも代表国家を集めた会議だけじゃ無理。下手すれば国境線がいくつか消えるかも」
「それは本当にすまないと思う。だからこその手土産なんだ」
国境線が消えるってのは戦争で負けた方が取り込まれるという話だ。
それが下手に広がって世界大戦にでもなったらと考えるとな……だからこその核分裂抑止は俺ができる最大の土産だった。
「だんだん読めてきたわ」
「そりゃよかった。じゃあ俺の次の質問だが……」
その言葉に冷や汗が見えた。
ははっ、あの伊皿木でも緊張はするんだな。
「この羊羹と玉露美味いな、持って帰りたいんだがどこの商品だ?」
「お望みならt単位であげるけど……そんな質問でいいの?」
「他に聞くことがなくなった。神様連中が出てくるのはいつか、とか聞いてもわからないだろ?」
「まぁね、気まぐれだから。あの人達」
互いにお茶を飲んで一服したところで背後に気配。
伊皿木の視線が鋭くなり、俺もこぶしを握るがメリナは気付いていない様子……この馬鹿弟子め。
「僕にもお茶を貰えないかな? 伊皿木君」
「お呼び立てした覚えはないはずですよ、ニーアさん」
「そう硬い事は言わないで、女子会といこうじゃないか」
異様に黒い服を身にまとった女性がストンと俺の隣に腰を下ろした。
その存在に気付いてなかったメリナが目を見開く。
「ニーア……あぁ、あった。人型完了形怪獣、ニャルラトホテプ。その本体がまさか地球に落ちて神様気取ってるとは思わなかったよ」
「んんー、懐かしい響きだ。僕を作った連中はどうなった? 皆殺しにしたと思ったんだけど」
「大正解だ。生存者は無し、記録とデータ照合でようやく見つかった国家機密だ」
「……待って、その、神様って呼んでる人たちの何割がその怪獣ってやつなの?」
「クトゥルフ神話と言われているのは基本的に宇宙怪獣だぞ。ただその性質は作った時から随分進化して本物の神様にも負けないレベルになってると予測されてる」
「……これは本気の質問なんだけど、他の神様は?」
「天然ポップじゃね? 俺自身が不思議体験真っ只中だからそうとしか思えない。他の星系連合とかあるなら知らんが、それこそ本物の神様でも異世界人でも驚かないぞ」
「……そう」
マジで神様に関するデータはない。
それこそクトゥルフ神話と呼ばれている神話の神様は基本的に宇宙怪獣だという情報しかないが、目の前にいるニャルラトホテプすら俺の手に余る。
だってこいつ、本体から枝分かれした分体だぞ。
その首へし折るのにもホワイトロマノフとルディで特攻してサンドイッチにしてようやくレベルだ。
本体なんてどんだけ厄介か……反物質砲で惑星ごとふっ飛ばしたところで死なないかもしれん。
「ついでに聞いておきたいんだけど、あなたなら神様に勝てる?」
「高度に発展した化学は魔法と区別がつかない、というけど無理だ。これ一匹駆除するにも俺の手持ち戦艦2機、一応言っておくと俺が転移した先の国家群でもトップ規模の機体をぶつけてようやく首をへし折れるかどうかだな」
「いやだなあ、そんなのぶつけられたらバラバラになっちゃうよ」
「だが死なねえだろ」
「まぁね」
シレッと返すあたり、本当に脅威とも何とも思ってないんだな。
ゾッとするほどの美人が狂気に塗り固められた笑みで返してくるっていうのは精神的に悪い。
なるべく目を見ないようにする。
「他の神様が、それこそ信仰心を餌にしているなら惑星ごとふっ飛ばして餓死させる程度はできるかもしれねえけどさ。こいつら怪獣ベースの奴らは無理だよ。基本的に作ってた研究所ぶっ壊して、あらゆるセキュリティをなんらかの方法で出し抜いた化物しかいねえから」
文字通り出し抜いて、隠れたり逃げたりしてやり過ごしたか、はたまた破壊したか、それとも意にも介さなかったか。
どれかはわからないがこちらの技術力を完全に上回った存在である。
勝てるなんて微塵も思わない。
「……厄介ごとが無くなるのはいいけど、母星が吹っ飛ぶのはちょっとね……」
「俺もそんなことしたくないし、星系連合も含めてそれでいいなら俺に依頼は出さなかった。まぁ知ってるのはごく一部だが」
主にアルマ、ヘパイストスの一部というかアロアニマとマザー。
その経由で俺に話が来たと言ってもいい。
フィクサーってやつだよ、黒幕だ。
「なら今後の方針は?」
「ひたすら交渉。年単位かけてもいいと言われてるし、手土産に不足があるなら追加も持ってきていい」
「そう……ならまず核分裂抑止剤と、そうね……VR技術を貰えないかしら。それと戦闘力は無くていいから宇宙船の情報、可能なら設計図」
「そのくらいならすぐに用意しよう。使い道もわかる……が、VR?」
「端的に言えば終末医療とそれに紐づくものね。知ってる? 終末医療」
「知らん」
「治る見込みのない致死性の病気を発症した患者を看取る治療よ。無菌室とか、専門の場所で」
「そういうことか。ついでに戦争に巻き込まれそうな国家の人間をVR空間で眠らせてる間にシェルターにまとめて放り込むことも考えてたり?」
「むしろVRで戦争してもらうのも有りかと思ってるくらいよ。できるものなら、だけど」
「数が足りねえよ。往復したって無理だ」
「そうよねぇ……まったく、戦争の火種持ち込んでくれたわね? そんな手土産はごめん被るんだけど」
「俺だって嫌だったけど、惑星ごと吹っ飛ぶよりマシだと思ってくれ」
「はぁ……とりあえず最優先は核分裂抑止剤よ。次点で宇宙船、最悪人が乗れなくてもいいから人工衛星の高度なレベルの設計図、最後にVR機器の順番でお願い」
「了解した。明日には用意できる。場所はどこがいい」
「昭和記念公園を一時閉鎖させるからこちらで合図をするわ。どうする、泊っていく?」
「そうさせてもらおう。ついでに久しぶりの故郷の飯が食いたい、この辺りに美味い店はあるか? 高い店じゃなく美味い店」
海外旅行から帰ってすぐに高級料理店に行くのは一般的じゃないだろ。
俺も海外ツアーの帰りとかはラーメンとかだったし。
「そういう事なら美味しいお店があるわ。ちょっと量が多いけどね」
「そうか、食いきれなかったらすまんな」
「あまり気にしないでいいわ、とだけ言っておく」
要するに気をつけろよという事だな。
うん、まぁ、自分の限界は知ってるつもりだから……。




